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2-5 板挟みの憂鬱

「もう本当にすいません~。この子ってば大事に大事にとぉっても過保護に育てられてきたせいか、ほんっと世間知らずなんですよ~。だから~、社会勉強っていうか~、クベラの本家の方で行儀見習いをすることになってですねー、はい。あ、すみませ~ん。もう一本お酒追加で~!」


 一瞬でも沈黙が生まれるのを恐れ、ジェイは流れる水のように延々と喋り続ける。

 夕食時の食堂は宿泊客で賑わっていたが、ジェイのいるテーブルだけは重苦しい空気が漂っていた。


(みんな俺に厄介ごと押しつけるんだもんな~。あー、もうやだやだ)


 ジェイは表面上は笑顔を振りまき、心の中でそっと涙を流す。

 近くの宿場まで気絶した二人を運んだ後、羅刹の隊士達は後片付けと警備があると言ってそそくさと出て行ってしまった。

 サヴィトリだけを連れてさっさとずらかる、ということも考えたが、そんなことをすればクベラでの安穏な生活は望めない。羅刹三番隊隊長のヴィクラムといえば、アースラ家に比肩する名門・キリーク家の嫡子。おもねるべき人種だ。

 それに、次の宿場までは距離がある。夜通し進むなどという無茶なことはしたくないし、野宿なんてまっぴらごめんだった。


 二人が目覚めると、ジェイは問答無用で食堂に連れこんだ。さすがに人目につくところで口論や暴力沙汰に及んだりはしないだろう、という希望的観測からだ。

 事実、二人はおとなしかった。

 相手の方をいっさい見ず、一言も喋ろうとはしない。ただしお腹はすいているのか、ジェイの注文した料理や飲み物には手をつけていた。


(あああ、沈黙が痛い沈黙が痛い沈黙が痛い)


 ジェイは胃のあたりをさすり、必死に話題を探す。


「ヴィクラムさんはこれからどうするんですか? 警護に戻るんですか?」


 からになったヴィクラムのグラスに酒を注ぎつつ、ジェイは尋ねた。


「いや、警護は隊士達だけで充分だろう。元々はランクァに帰還する途中だった。今回の件も含め、速やかに報告しなければならない」


 ようやくヴィクラムが口を開いた。無色透明の酒で満たされたグラスを一気に呷る。

 かなりの量の酒をヴィクラム一人で消費しているが、顔色が変わる気配はない。言動もしっかりとしている。


「ええと、確かリュなんとかっていう魔女のせいなんでしたっけ?」

「棘の魔女、リュミドラ」


 低い声でヴィクラムが訂正した。


「奴の目的は不明だ。魔物を作っては様々な場所で撒き散らしている、ということ以外わからない」


 ヴィクラムは目蓋を伏せ、静かにグラスを置く。


「はー、物騒な話ですねえ。俺、ずっと内勤だったから知らなかったなぁ」


 ジェイは相槌を打ち、キノコとベーコンのバターソテーを自分の取り皿に盛る。ついでに、物欲しそうに見ていたサヴィトリの皿の方にも取ってあげた。

 サヴィトリは軽く頭をさげると、好物を目の前にした子供のように一心不乱にバターソテーを食べる。


「二人の王子の崩御といい、最近本当に嫌なニュースばっかりだなぁ」


 ジェイはフォークをくわえたままため息をついた。


「……死んだの?」


 食堂に来て初めて、サヴィトリが声を発した。


「え、ああ、うん。言ってなかったっけ? 上の王子、クァルム様は落馬の怪我がたたって、弟のズィム様は元々病気がちな方でね。二人立て続けにだったから、かなりばたばたしたなぁ、あの時は」


 ジェイは話しながらサヴィトリの様子を窺う。一応は兄の存在を知っていたようだ。名前までは知らなかったようだが。もっとも、それを知ったところでサヴィトリには関係のないことだろう。もう二度と会うこともないのだから。


「……そう」


 短い相槌を打つと、サヴィトリはフォークを置いた。何か考え込むように腕組みをする。


「ああそうだ。ヴィクラムさん」


 暗い雰囲気を吹き飛ばすように、ジェイは大きな音を立てて手を叩いた。


「もしよかったらなんですけど、ランクァまで一緒に行ってもらえませんか? 目的地は同じですし、ヴィクラムさんみたいな強い方が一緒だと道中安心だなーなんて」

「断る」


 誰よりも早くジェイの提案を却下したのはサヴィトリだった。拳をテーブルに叩きつけ、ヴィクラムをにらみつける。

 その瞬間、食堂内の喧騒がぷっつりと途絶え、自然とサヴィトリの方に視線が集中した。

 ジェイは早まったと言いたげに頭を抱える。


「こんな不遜な男と数日だけでも一緒に行動するなんて冗談じゃない」


 サヴィトリは、握ったフォークでしっかりとヴィクラムの顔を指し示した。

 ヴィクラムには面とむかって「蛮勇」と言われただけだ。だが、そのたった一つの言葉だけでサヴィトリは、目の前で酒を際限なく飲む男を敵だと見なしたようだ。生理的に合わないタイプの人間なのだろう。幼い頃からそうだったが、サヴィトリは人の好き嫌いが激しく、その感情をあからさまに表に出す。


「どっちかっていうとサヴィトリのほうが不遜だと思うよー」


 他人の耳に入るか入らないかといった声の大きさでジェイは呟く。三秒後、ジェイの口の端に指が引っかけられ、人間の限界まで引き伸ばされた。


「つくづくあの家の者には嫌われる」


 ヴィクラムは細く息を吐き、自分のグラスに酒を注いだ。ふと思い出したかのように、赤く膨れた額に手をやる。


「だが、騒ぎに首を突っこみたがる性質の人間を野放しにしておくわけにはいかないな。なまじ力もあるようだし」


 ヴィクラムの視線や物言いに、サヴィトリはいちいち苛立ちを覚える。よく言えばクール、ぶっちゃけ仏頂面で必要以上にもったいぶった感じが鼻につく。ああ、もう一度頭突きを食らわせて地面に沈めてやりたい。


(……って思ってるんだろうなぁ、サヴィトリは)


 小動物以上の鋭い感度で剣呑な空気を察知したジェイは、席から腰を浮かせたサヴィトリを押しとどめ、「じゃあ同行してくれるんですね。ありがとうございます」と機先を制する。と同時に、あとでサヴィトリから数発もらうことを覚悟した。

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