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イナイチ  作者: タイヨウノトウ
4/12

6月3日 金曜日

梅雨を目前にして、空が低くなってきた。天気予報によると、来週末には梅雨入りするとのことだ。学食で食べ終わった食器を片付けもせずにだらだらしていると、前原が親に借金をして中古の原付を購入した旨を一同に報告した。

 「入校証にロクセンエンも取られたけ、予算オーバーじゃ」

嬉しそうに嘆いていた。そのとき、松下のスマホがブブブと振動した。

 「ミヤから、明日の19時坂下の焼き鳥屋で、やって。あっちは宮本さんと外国語学部の子が二人とゆうことですわ」

松下がスマホの画面をこちらに見せて言った。

 「ならこっちも三人じゃなあ、どうする?」

 「まっちと前原でいいんやない?」

僕が提案すると、腕を組んだまま南が頷いた。松下が返信して、彼らはめでたく合コンをすることになった。宮崎はこの一週間、主に性欲を満たすために策を練った結果、宮本さんとのコンタクトを図るために宮本さんの所属するよくわからないイベントサークルに入り、自己紹介をして、宮本さんの方から話しかけられるのをじっと待っていたのだ。新入生歓迎たこ焼きパーティの最中、社交的な宮本さんはすぐに「宮崎君だよね」と声をかけてくれた。その後どうやって彼が彼自身の中で膨れ上がった女性への偏見と恐怖に打ち勝ち合コンを取り付けるまでに至ったのかは知らないが、すぐに他学部の知り合いを引っ張ってこれるあたり宮本さんもやるなあと思った。

 「あいつ女怖いて言ってたやんな?展開が早い」

松下が言った。

 「楽しそうやな、俺はいいと思うで」

つぶやく南の言葉には、嫌味がなかった。

 

 講義を終えて、ギターを持った南と歩いていた。今まで知らなかったが、南がバンド練習をしているスタジオが僕の下宿のすぐそばにあるらしい。

 「お前、いつも家で何してんの?それとも家いないの?」

ギターケースについたキーホルダーをカチャカチャ鳴らしながら尋ねてきた。

 「なんで?」

 「実はお前のアパートも部屋も知ってる。何回かスタジオの帰りにピンポン鳴らしたのに、一回も出てきたことないから」

南にならば本当のことを話してもいいと思っていた。

 「平日はだいたい彼女の家に行ってる。神戸の。朝はそこから大学行ってる。高校の頃から友達だったんやけど、こっちに引っ越してすぐ付き合い始めた」

 「彼女おったんかい。なんで言わんかったん?」

 「聞かれんかったから」

 「なるほど、ちょっとコンビニ寄らん?」

南は果汁グミとサイダー、僕はカフェオレを買った。FMラジオの陽気な声が聞こえた。


    今日のキーワードは、ハンター?、ということで、なんでこんなキーワードに

なったんでしたっけ、ああ、ハンターブーツですね。ハンターブーツを履いて

梅雨を乗り切ろうということで、はい、リクエストが届いています。ラジオネ

ーム「ダンゴムシ好き」さんからスピッツの「日曜日」です。お天気は心配で

すが、皆さんよい週末を。


 夕飯をカップ焼きそばで済まそうと言う彼女を制して買い物に来たはいいが、サーロインステーキ肉だの冷凍水餃子だのキムチだの抹茶アイスだの生ハムだのを脈絡なくカゴに入れ始めたので、大人しくカップ焼きそばを食べることにして、きちんと商品をもとの場所に戻した。その日の彼女は部屋に帰るなり眠い眠いと言い出し、ドラマを見ながら眠ってしまった。少し早いけれど、僕も彼女の隣で寝ることにした。彼女が眠った部屋の中で明かりとテレビを消すと、ぴんと静寂が広がって、世界の動きが止まった。南は練習を終えて、仲間とラーメンでも食べているだろうか、松下は明日着ていく服を持っているのだろうか、前原は原付に乗ってイナイチを走ったのだろうか、宮崎は明日の決戦を前に武者震いをしているだろうか、明日は何をしようか。雨が降らなければ、洗濯と、それから。






 二両編成のモノレールは彼女と僕を乗せて走っている。窓から見下ろすと、モノレールの動線に沿って車の光の列が見える。西武庫が近づくと、光の列は何かを避けるように右に迂回して、再びモノレールの下に戻っていた。

「お待たせいたしました。次は、伊丹寺本、伊丹寺本。」

アナウンスが聞こえた。どどん、と空気が震えた一瞬、赤い光が車内をぱっと照らした。続いて音と共に黄、緑、紫と色とりどりの光が次々に煌いたので、驚いて音のするほうを見ると、巨大な花火がいくつも夜空に咲いては散り、咲いては散っていた。彼女は、花火に向かって携帯を構えて、写真を撮ろうとしているようだった。


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