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イナイチ  作者: タイヨウノトウ
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5月28日 土曜日

 土曜日だからといって浮かれる必要はなくて、昼過ぎに駅へ向かう。快晴。御影には特急は止まらないから、優しい時間が流れている気がする。改札の10m手前で、このまま帰るのはもったいない気がして、振り返ったけれど、何がもったいないのかわからなかったから、やっぱり改札を通った。神戸線では勉強することに決めているので、本を開いた。十三まで特急に乗り換えなかった。


 夕方から松下の下宿にお邪魔した。今のところ大学の中で友人と呼べるのは松下、南、前原くらいだと思う。松下の部屋は大学に近く、洗面台つきの脱衣所がある10畳の部屋であったので、集まるなら彼の部屋と決まっていた。松下は福岡の有名私立高校出身で、字は汚く講義中は寝ていることが多いが、教官の意地の悪い質問にも答えられないことはなかった。図太い眉毛と角刈りの頭で、大阪で育ったのではないかと疑うほどの流暢な関西弁を喋った。仲間からは「まっち」と呼ばれていた。南は香川からやってきた孤高のバンドマンである。がりがりに痩せていて、全身の骨格に皮膚を張り付いているようだ。テレビゲームが好きで、松下の部屋にあるゲームは全て過去にやり込んだものばかりらしく、特にレーシングゲームに関しては抜群のテクニックと豊富な知識を持っていた。基本的には寡黙だけれど、ある特定の話題になると極端に饒舌になった。何を考えているかわからない面もあるが、気遣いのできる優しい男だ。前原は広島弁を駆使して様々な筋から雑多な情報を集めてきては僕たちに伝えてくれた。どの授業が楽だとか、どのサークルがいいだとか、誰に恋人ができたとか、あの先輩は尊敬すべきだとか、食堂ではどのメニューがおいしいだとか、聞いてもいないのにラジオのように喋ってくれた。処世術に長けていて、常に金がないと嘆いている。なぜ僕らが一緒にいるのかといえば、名簿順が近いので講義で座る席が近いからである。松下も、南も、前原も、既に大学の中のいくつかのコミュニティに属しており、それぞれ忙しい毎日を送っているようだった。こうして休日に集まることもだんだんなくなっていくだろうと思った。この日は、この3人に加えて、宮崎という男も部屋の中にいた。宮崎は男子校の出身であり、女性へのあこがれと恐怖の狭間でもがき苦しむかわいそうな男だ。

 「やっぱ宮本さんやろ?優しいし、可愛らしいし、巨乳やし」

宮崎は同じ学科の気になる女子の名前を挙げた。

 「最後のが重要なんじゃろう」

前原が笑った。

 「やっぱフィルターというか、補正はかかるやろ!それ抜きにしても顔はええと思うけど」

松下は宮崎を一部支持した。

 「あの子福岡出身らしいやん、まっち利用して距離詰めよ」

僕は現実的な策を練ろうと提案した。

 「ほなみんなで飲みいかん?女子は宮本さんと、宮本さんの友達呼んで」

宮崎は言った。うーん、そやなあ、まあ…、と一同から声が上がったところで、一人テレビを見つめていた南がつぶやいた。

 「みんな行ったらいいやん、俺はいいわあ」

彼は宮本さんがタイプではないのだ。

 「ほんまいいわ、宮本さん」

宮崎はかわいそうではあるが、前向きな男だ。


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