5月27日 金曜日(2)
彼女の下宿は御影から神社の脇の坂を下ったところの閑静な住宅街の中にある。僕らの田舎も閑静は閑静だけれど、人の気配がしないほどの閑静さで電車もバスもなかったので、この辺りも僕らにとっては都会に違いなかった。
「明日のバイト午後からだけん、いっぱい寝るばい」
彼女の家ですることといえば、テレビを見るか、本を読むか、寝るかくらいだった。ドラマを見て、シャワーを浴びて、枕とクッションがいくつも並んでいる小さなベッドに二人で入った。
暗い駅のホームで今日も僕はモノレールを待っていた。かかとをとんとんと踏み鳴らしていると、ぬるぬるとそれがホームに滑り混んできて、音もなく停止した。薄暗い車内に乗り込んで隣の車両を見ると、シートに膝立ちして子供のように窓の外を眺める彼女の姿があった。他には誰もいなかった。ひょっとすると、僕もいないのではないかと思い、手を見た。窓には見慣れた顔が浮かび上がっていた。シートに座って、静かに息をついた。首をひねって窓から見下ろすと、真っ暗闇の中に、自動車のヘッドライトとテールライトの列が隣り合って一本ずつ伸びているのが見えた。このまま彼女はどこへ行くのだろうか。僕に気が付いているだろうか。気が付いていないふりをしているのだろうか。僕はここにいていいのだろうか。このまま闇に溶けてしまっても、むしろそのほうがとも思われたが、それは明日でもいいじゃないかと、向き直って、天井を見た。
「お待たせいたしました。次は、芦屋坂、芦屋坂。」
無機質なアナウンスが聞こえて、ゆっくりゆっくり停止した後、ドアが開いた。闇に沈んだホームには誰も立っていない。ドアが閉まって、発車した。夙川町、西宮門戸を通過して、
「お待たせいたしました。次は、西武庫、西武庫。」
アナウンスが聞こえた後、窓の外が白い光に包まれていった。彼女はシートに座って、髪の毛をいじっているように見えた。




