雑踏の中で
ファミレスを出て、俺とルシフェルは人の行き交う街角に立っていた。
ルシフェルのフリフリのついた露出度の高い服は人目を引かないかと危惧したが、そうでもなかった。
今の時代、コスプレなのか流行りのスタイルなのかわからない出で立ちで歩く人間が多い。アニメの登場人物を思わせる格好、頭に花を乗っけた奴もいる。周囲を歩く人々は振り返りもせずに急ぎ足で駆け抜ける。そんな雑踏に俺とルシフェルは違和感なく溶け込んでいた。
一見若いカップルに見えるだろう俺達がやっているのは、人間観察。
異世界へ転生させる人間を選ぶ為に、行き交う人々をじっと見ていた。
ルシフェル曰く、転生=この世界での死を意味するそうだ。
そりゃそうだろうな。
ということは、俺達が今からやろうとしていることは、殺人……だよな?
この世に未練のなさそうな、死にたそうな奴……って昨日までの俺じゃないか。
あ、あの子カワイイ。
「ナ~ツ~キ~!」
「な、何だよ」
俺と腕を組んだルシフェルが左下から睨んでくる。
「さっきから女の子ばっかり見てるじゃない!イヤラシイ!!」
何、こいつ読心術が使えるのか?
「ち、違う違う。仕事だろ?フェアビューランドに送る奴を捜してるだけだってば」
転生させる手段は“キス“らしい。
一体全体どういう設定なんだ、それは。
異世界の創造主であるルシフェルに聞いても、彼女自身もわからないことが多いらしい。そんなんで大丈夫なんだろうか。
とにかくだ、どうせキスするなら女の子がいい。
そしてあっちの世界を俺好みの女の子で満たし、ハーレムを築いて……ウヒヒヒヒ。
「ナツキ……」
見透かしたようにルシフェルが睨んできた。
「あのね、男は男に、女は女になるわけじゃないのよ。男女の数はバランス良くしなきゃいけないし、動物になる人だっているんだし」
「げ、じゃあハーレムは却下か……」
「ハーレム?」
「ああ、いや……」
いかん、考えが口に出てしまった。
「でもさ、誰がどうやって決めるんだよ?女ばっか送っても、フェアビューランドではバランス良く調整されんの?」
「ううん、キスした人がフェアビューランドで何になるかは、あなたが決めるの」
「マジ!?」
「そう。キスする時に念じるの。例えば……蝶々になあれ、とか」
「ほうほう」
じゃ、じゃあやっぱりハーレム築く……。
「ダメだからね!!ハーレム却下!」
すかさずルシフェルから怒られる。
「なんでわかった!?今のは声に出してない筈……」
「顔見てりゃわかるわよ!このスケベっ」
心の声がだだ漏れのようだ……俺ってそんなに思ったことが顔に出るのかな。
ため息をついていると、さっさと誰か転生させろとルシフェルに急かされる。
とりあえず辺りを見渡してみた
人、人、人……いっぱいいるな。
誰でもいいだろ、本人が望む望まざる関係なく送っても。
一人くらい消えたって、誰も気付きゃしないだろ。
……そう、俺もその中の一人だ。
この雑踏の中で、いったいどれくらいの人間が俺の存在を認識しているだろうか。
外見は普通の高校生。いや、今日は私服だから学生には見えないかもしれないけど。
きっとどこにでもいる普通の若者にしか見えない筈だ。
皆さーん、俺、イジメを苦に飛び降り自殺を図ろうとしたんです。だけど突然現れた正体不明のこの女の子にキスされて不思議な場所に飛ばされて、そこで新しい人生を貰えるのかと思いきや、主従関係を主張されてまたこの世界に戻ってきたんです。
もしそう叫んだとしても、一体何人が振り返る?
誰が俺を、気にかける……?
誰も、俺のことなんか…………。
「ナツキ?どうしたの?」
闇に呑まれていく思考をすくい上げてくれたのはルシフェルだった。
「あ、いや……」
「大丈夫?」
彼女は心配そうに俺の顔をみつめている。くりくりした大きな赤い瞳のルシフェル……小悪魔の要素を兼ね備えた天使。ああ、お前って可愛いな。
「ナツキ……どうかしたの?大丈夫?」
また頭をヨシヨシと撫でると彼女は頬を赤く染めながらも、まだ心配そうに俺をみつめた。
「いや、やるよ、仕事。誰を送るかはお前が決めてくれよ。俺、別に誰でもいいわ」
そしてその後、ヤラせてくれよ。
下衆な一言は心の中で呟いた。




