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たとえばこんなディストピア  作者: おきをたしかに
*キスから始まる異世界転生*
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最後の標的

「夏生、まだ起きちゃダメよ!ベッドに戻って。さあ!」

「父さん、母さん……待ってて」

 息も絶え絶えに言葉を紡いだ俺に、両親は悲痛な表情を見せた。

 大丈夫だよ、すぐに終わる。

 美夕にキスをするだけだ。それで彼女が起こした一連の騒動は終息を迎える。

 彼女を生け贄に、この世界の均衡を取り戻すことが出来るんだ。

 そしたら俺ももう一度やり直すんだ。家族と一緒に。

 それが一番いいんだ。

 今度こそ上手くやれる。

 誰も傷付けずに、自分も傷付かずに生きていけるよう努力する。

 だから……だから美夕には死んでもらう。


◇◆◇


 周囲の制止を振り切って美夕の病室に入ると、そこにはベッドに横たわる美夕とその傍らで彼女の髪に櫛を入れている美夕の母親がいた。

「夏生君?」

「夏生っ。笠原さん、ごめんなさい。この子、急に目を覚まして……」

「さあ夏生、自分の病室に戻ろう……夏生?」

「うぅ……っ」

 傍目にはきっとゾンビみたいな動きに見えるだろう。うめき声を上げ、足を引きずりながら美夕に近付く俺を誰もが茫然と見ていた。

 霞む視界の中、最後の標的が横たわっている。

 美夕……。

 眠っている美夕は美しく、とてもこの事件の首謀者には見えなかった。

 無邪気で優しい、絵本が好きだった俺の幼なじみ。

 いつも笑顔だった、天使みたいな美夕……。

「……」

 一瞬躊躇したものの、俺は美夕に口づけようと身を屈めた。

「ぐっ……」

 限界だ。縫合された傷口が開いたようで、包帯には血が滲み、手足の感覚はほとんどない。

 そろそろ治療を受けないと、俺もヤバい。

 さらに身を屈めた時、肩に優しく触れる手があった。

「夏生君……美夕に会いに来てくれたのね」

「……」

「ありがとう」

 美夕の母親は、優しく微笑みかけた。自分の娘を殺そうとしているこの俺に。

 いつも優しくて料理上手だったおばさん。

 俺はおばさんのハンバーグが自分の母の作るそれよりも好きだった。

 あたたかい笑顔は美夕を、ルシフェルを連想させる。

「美夕はあなたにとても会いたがってたから……きっと喜んでるわ。本当にありがとう」

「……」

 ああ美夕――――美夕はこんなに愛されているんだ。

 この世界では、美夕は魔女なんかじゃない。

 何の罪も犯していない、美しい眠り姫――――目覚めのキスをくれる王子様が現れるのを待っている……。

 今までの出来事は、眠る彼女が見たただの夢なのかもしれない。

 フェアビューランドという異世界も、そこに住む人々も……生け贄を捧げれば、全て元通りになる。

 悪夢は終わる。

 夢の中で罪を犯した天使。

 彼女は罰されるべきなのか……。

 唇を重ねさえすれば、全ては終わる。だけど……。

 美夕……俺はどうすればいい?

「夏生……?」

 俺を呼ぶのは、俺を愛してくれた父と母。

 何故だろう、声を発することは叶わなくて、それでも伝えたくて、唇を動かした。


「     」

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