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誰かの声が聞こえる。
「お前が、彼女を……」
彼女?誰のことだ?
「死ね、死ね、死ね……!!」
「う……あ、ぐぅ……!」
何だろう、何かがおかしい。
あの無重力感とGに身構えていたのに、それは襲ってこなかった。
代わりに全身に突き抜けるような痛みと違和感。
「うう……っ」
目を覚ました途端、理解した。
俺は、俺の肉体に戻っている。
そして……俺は今、めった刺しに遭い、死を迎えようとしていた。
◇◆◇
「きゃああああああーーーっ!誰か、誰か来て!!」
母さん……何をそんなに騒いでるんだ。
「この前の男がまた来たの。息子を包丁で刺して……」
息子を包丁で刺して……?
「ドクターを早く!」
「警察を呼んで!!」
「夏生、しっかりして!夏生……」
肉体に呼び戻されたと思ったら……俺は死ぬのか?
遠のく意識の中、俺は考えていた。
生きたい。
一度は死のうとした筈なのに。
この世界に未練などない筈だったのに。
今はとても、死ぬのが怖くて……生きて俺の為に泣き叫ぶ両親を安心させたいと思った。
◇◆◇
二つの世界の音を、俺は同時に聞いていた。
一つは俺の肉体がある世界。両親が手を握ってくれている。
聞こえるのは彼らの声とモニターが告げる不規則な俺の心音……。
「夏生、死ぬな夏生……!」
「お願いよ夏生……目を開けてえ……!」
父さん、母さん、俺だって目を開けて大丈夫だよって言いたいんだ。だけど……瞼が重くて目を開けられないんだ。
クソ、なんでこんな……。
ああ美夕。彼女もこんな悔しさを味わってきたんだろうか。
もう一つは、ルシフェルの泣き声。きっとソールと共に今の俺の状態を見ているんだろう。
ルシフェル……美夕のスケッチブックから飛び出してきた女の子。
人間を好きになり、自分も人間になりたいと願ってしまった人魚姫のように彼女は……。
美夕を生け贄に差し出せとソールは言った。
そうすれば一度は破られた均衡も元に戻り、全てをリセット出来ると。
そうすることが最善なのはわかってる。
こっちの世界ではただ眠っている美夕だけれど、彼女の念は凄まじく、妬みや憎しみで膨らんだ欲望は俺だけでなく多くの人間を巻き込み、人生を狂わせた。
だから……。
そうだ、だから……。
ゆっくりと、けれど確実に俺は覚醒を目指して全身に神経を集中させた。
ピクリ、まずは指先から。腕から肩へ……動け、動くんだ。
「な、夏生!?」
「看護師さん、早く来てください!息子が……」
むくりと上体を起こし、俺は邪魔な点滴を引きちぎった。
早くしなければ。そんなに長くは動けなさそうだ。
全部終わらせるんだ、この俺が……。
笠原美夕を生け贄に差し出し、均衡を取り戻す。
その暁にはきっと――――俺はこの世界で、自分の人生をやり直せる。
明日への希望、“生“への執着――――その思いに突き動かされて、俺は美夕の病室へと向かった。




