生け贄
「生け贄……」
呆ける俺にソールは頷いた。
「不完全とはいえ一つの世界を消し去るのだ。それ相応の対価を払う必要がある」
「もしかして、俺とか……?」
俺に視線を送る意味は、そうなんだろう……?
「お前が立候補するならそれでもいい」
「え。それでもって……」
「待って!私が……」
口を挟んできたルシフェルにソールは冷やかに言った。
「先程も言っただろう。空想の産物に過ぎないお前では役不足だ」
「でも、それじゃナツキ……!」
顔を覆って泣き出したルシフェルを余所に、ソールはまた俺を見た。
「私は笠原美夕が適任だと思うが」
「美夕を生け贄に……!?」
「あの娘は昏睡状態にあるにも関わらず、自らの空想から様々なものを生み出した。憎しみにせよ呪いにせよ、凄まじいパワーだ。この案件においての責任もある。これ以上の適任者はいないだろう。今すぐにでもあの娘をフェアビューランドに転移させろ。彼女ごと、あの世界を消滅させる」
「いや、ちょっと待ってくれ。美夕は想像しただけだぜ?実際に罪を犯したのは俺達だ。眠ってる美夕がどんな夢を見たって、何を想像したって罪にはならないだろ!」
俺の言葉にソールは妙な顔をした。
「笠原美夕を憎いとは思わないのか?ルシフェルを操り、死のうとしたお前の魂をこのようにさ迷わせている張本人だぞ?おめでたい奴だな」
「うるせえな。あんたにゃわかんねえよ」
そうだ。俺は美夕を憎いとかそんなふうに考えてはいない。
幼なじみのことをすっかり忘れた俺は薄情だけどそれは罪じゃない。
だけど……それがあの優しかった美夕をあんなにまで歪めてしまったんだと思うと胸が痛い。
自由にならない身体を抱え、現実を呪い、苦しみながら眠り続ける美夕が不憫でならないのだ。
ルシフェルにしたってそうだ。
動けない美夕の代わりに外の世界を見て回り、夢を届ける為に生まれた筈なのに、こんな俺を好きになったばっかりに他人の命を弄ぶ人喰いの魔女に……。
「それで?お前が代わりを務めるのか?私はそれでも構わないぞ」
ソールの声からは何の感情も読み取れない。
今ここでイエスと言えば即俺の命を奪って生け贄にしそうだ。
彼は俺のように……人間のようには迷ったりしないんだろう。
そもそもそれだけの力を持っている彼が何故俺に選ばせるんだろう?俺の意見なんか必要なさそうに思えるんだが。
「俺は……」
決めきれないうちに俺は口を開いた。
しかし言葉が音として出ることはなかった。
突然何かに引っ張られるような感覚に襲われ、俺の視界からソールとルシフェルが消えた。
いや、違う。
消えたのは俺の方だ。
俺があいつらの前から消えたんだ。




