リセット
「ソール……!」
黒の世界に強制的に移動させられた俺とルシフェルは、前に見た時と同じ無表情で立つ黒づくめの男に思わず身構えた。
有無を言わさずいきなり殺されることも考えた。俺達はそれ相応のことをしでかしてきたから……。
だけど、さっきたしか……助けてやらないでもないとか言ってなかったっけ……?
「私を殺して」
ルシフェルは俺を庇うように立ち、ソールに言った。
「私は自分が人間になりたいという理由で人の弱みにつけ込んで彼らの人生を……肉体を奪った。知ってるでしょう?あの人達の魂の“入れ物“はもうないわ。全部私が食べてしまったから」
「ルシフェル……」
「悪いのは私なの。ナツキは何も知らずに手伝ってただけ。だから――――」
「まず、服を着たらどうなんだ?人間は服を着ないと恥ずかしいと感じる生き物なんだろう?知恵の実を食べた瞬間からそうなったと聞いているが……お前達は違うのか」
無表情のまま、ソールは俺の部屋に脱ぎ散らかしていた筈の俺とルシフェルの服を投げてよこした。
「あ、あんたがいきなりこっちに呼び出すから……」
文句を言いつつも服を着る。
「あの……私……」
「お前を消しても何の意味もない」
服を着たルシフェルにソールは切り捨てるように言った。
「お前は所詮、実体を持たない空想の産物に過ぎない。お前の考え、お前の行為……それは全て創造主である笠原美夕に起因する」
「美夕……?彼女をどうする気?」
ルシフェルの質問は無視してソールは俺に視線を送った。
「私はあのフェアビューランドとかいう不安定で秩序に欠けた世界を消滅させたい。あの世界の住人達を元の世界に戻すつもりだったが、彼奴の肉体は既にない。そこでだ」
ゴクリと無意識に喉が鳴った。何だ?俺に何をさせる気なんだ。
「あまり好ましくはないが……リセットをかけることにする」
「……リセット?」
俺とルシフェルは同時に聞き返した。
「そうだ。通常は禁忌とされているが……今回は良しとする。上の許可も取ってある」
「う、上?何だそれ……」
ソールは続けた。
「リセットをかければ転移した人間達は元の世界に以前と同じ姿で帰還することになる。何日か姿を消していても、人間共は昔から自分達で折り合いをつけてきた。今回もそれが適用されるだろう」
「折り合い?」
全く飲み込めないでいる俺にソールはやれやれとため息をついた。
「“神隠し“というやつだ」
「神隠し……」
たしかに、人間が一人もしくは大勢消えて、一時経って戻ってきた話、そのまま行方知れずになった話は世界中のあちこちに存在する。
妖怪の仕業、UFO……人間達は不可思議な事件に何とか折り合いをつけようと、みつからない理由に名前をつけた。
今回もそうするってことか……。
「わ、わかった。じゃあ美絵子達……俺の学校の連中も街で引っかけた奴らも皆いっぺんに元に戻せるんだな。一番いい方法じゃないか!なあルシフェル」
顔を輝かせる俺に、ソールは無表情のまま言った。
「それには生贄が要る」




