これから
雨が降っていた。
雨音を聞きながら、俺とルシフェルは言葉なくただ抱きしめ合っていた。
あの日――――イジメを苦に死のうとした俺の前に突然現れた彼女にキスをされ、異世界フェアビューランドの存在を知った。
そして……そこでの新しい人生を報酬に、他人を異世界へ送る仕事を請け負った。
彼女は最初俺のことを奴隷と呼んだ。
しかし主従関係はすぐに逆転した。
会ったその日の夜に肉体関係を持ち、仕事さえこなせば俺に何か求めることもなかった。
他人を異世界へと送る仕事――――この世に生きることに苦痛を感じ、死にたがって、でも踏み出せないでいる者に声をかけてキスをすることでフェアビューランドに送る。
それは転生だと思っていた。元々住んでいた世界と決別し、新たな姿でやり直すことが出来ると信じていた。
しかし事実は違っていた。
俺達がやっていたことは転移だったのだ。
元いた世界から消えた彼らは行方不明者として扱われ、大きなニュースになっている。
フェアビューランドに転移し、すぐに新しい姿を与えられた彼らは気付いていないが、魂を抜かれた肉体はルシフェルの住まう城の地下室に置かれた。
ルシフェルは、その人肉を喰っていた。
理由は二つあった。
人間になりたかったルシフェルは人間を喰えば願いが叶うと吹き込まれた。
ルシフェルに人喰いを命じたのは、彼女を創った笠原美夕――――俺の幼なじみだった。
美夕は生まれつき病弱で入退院を繰り返していた。
仲の良かった俺が見舞いに来なくなっても美夕はずっと俺を待ってくれていたが、三年前昏睡状態に陥り、今も病院のベッドに横たわっている。
美夕は言った。ルシフェルが人間を喰えば喰う程、自分の容態が回復へ向かうと。
ルシフェルは美夕の回復と自分が人間に生まれ変わることを願い、何十体も喰らってきた。
そして、ルシフェルにもう人肉を喰うことをやめさせた俺を美夕は許さなかった。
自分のことにかまけて美夕の存在を忘れていた薄情な俺を恨み、自由の利かない身体を嘆き……美夕は変わってしまった。
予定通り百人フェアビューランドへ送りルシフェルに人肉を喰わせなければ、美夕と同じ病院で眠っている俺の肉体を俺の両親の目の前でルシフェルに喰わせると脅してきた。
「……」
事後の余韻に浸る甘い時間の筈が、血生臭いことばかりが頭に浮かび、ため息が出る。
どうしろと言うんだ。
このまま俺に人殺しの手伝いをさせて、その後は?
腕の中で俺に縋りつくように腕を絡ませているルシフェルを愛しいと思うけれど、このまま……罪を重ねたまま、俺達は一体どこへ行けばいい?
フェアビューランドは暴動が起こっており、全員が死に絶えるまでは足を踏み入れることは難しそうだ。
かといってこの世界では俺は意識不明の重体で実体を持たない幽霊のようなもの。ルシフェルにいたっては、空想の産物だ。
そして――――死と再生を司る、神のような死に神のような存在のソール……彼はきっと俺達を許してはくれないだろう。
均衡を保つことに重きを置いているソールは、フェアビューランドへ送られた魂も肉体もこちら側の世界に送り返すと言っていた。しかし肉体は既に消滅してしまっている。
「私はきっと殺されるでしょうね。あの黒づくめのソールに」
腕の中のルシフェルは呟いた。
「……そうだな」
命を弄んだ俺達はどちらとも罪深い。
「たぶん俺も消される」
いっそ今ここで二人で心中でもするか……そう言おうとした時、声が聞こえた。
「助けてやらないでもない」
「え!?」
ソールの声だと思った瞬間、視界は闇に包まれた。




