操り人形の恋
ルシフェルは幼い美夕の空想から生まれた。
美夕という人格を受け継ぎながらも美夕から独立した意思となり――――たぶんきっと純粋に俺に安住の地を与えたいと願い、美夕にも新しい健康な肉体に生まれ変わって欲しいと考えたんだろう。
そこに成長した美夕がつけ込んだのか……。
苦しい闘病生活と孤独の中、美夕は黒い感情を持つようになってしまった。
自由奔放な分身ルシフェルが、俺をみつけて恋をして――――それを美夕に相談した。
人間になれると信じて、ルシフェルは美夕の言うがままに動いた。
死にたいと願う人間達を異世界フェアビューランドへ肉体ごと送り、魂を木に植え付け全く違う姿に生まれ変わらせる。
生まれ変わった者達は新しい人生を手に入れられたことを喜び、せっせとフェアビューランドに自分達の楽園を築く。
抜け殻となった肉体は、美夕に命令されたルシフェルが喰ったという。
ルシフェルに喰わせることにより、美夕の容態は回復へ向かう……。
悍ましいけれど、一見誰もが幸せになれる構造。
だが、問題がある。
住人達は皆前世の記憶を持ったままなのだ。
ここで命を落としても記憶はそのまま残る。そしてまた新しい姿を与えられ、永遠にこのフェアビューランドという鳥かごの中で生きることになる……。
痛みを感じない上に何度でも記憶を引き継いだまま生まれ変われるから、皆命を尊ぶことを忘れる。
騙し合い、殺し合い、魂に新しい肉体を与えるルシフェルもいない今、フェアビューランドは崩壊の一途をたどっていた。
元々幼い子供の想像の世界なんだ。上手くいく筈がない。
◇◆◇
涙が止まらないルシフェルを、俺はずっと腕の中に抱いていた。
自宅マンションの俺の部屋は未だにそのままにしてあった。
きっと両親は俺が目を覚ますことを信じて待ってくれているんだ……家族として新しくやり直す為に。
「フェアビューランドは美夕の理想の……夢の国だったのに。誰もが他人に優しく出来る、痛い思いをしないで済む場所だったのに……」
「最初から無理があったんだよ。全員が前世を捨てた奴で、過去を知られるのを恐れてて……皆一度死にたくなる程痛い目に遭ってるから、必要以上に疑心暗鬼になる。それに……美夕はもう昔の美夕じゃなくなった」
俺の言葉にルシフェルが表情を変える。
「美夕と……今の美夕と話したの、ナツキ」
「お前、知ってたのか?美夕の考えていることを」
「美夕から分かれて別人格になってからも、私は元々、彼女だから……」
ルシフェルは自分が人間になれるかどうかは半信半疑だったが、美夕が健康を取り戻していくのを見て、人肉を喰らい続けたという。
「ナツキ、美夕を悪く思わないで。あんなふうに変わったのは自由に動けなくて、寂しかったから……フェアビューランドに転生すれば、元の優しい彼女に戻ると思ったの。だけど、美夕はこの世界で生きていたいのね……」
「そうみたいだ。俺達には生きてて欲しくないみたいだけどな。あんたなんか大嫌いって言われちゃったぜ。俺の腹に包丁突き刺しやがった……幻覚だったみたいだけど」
「そんなことない。美夕は今でもナツキのことが好きなんだよ。だからきっとあんな魔法を……」
「ルシフェルを見たら、美夕を思い出す魔法か――――あの美夕が今でも俺を好きだっていうのか?信じられないな。それに……お前俺とくっつきたかったんだろう?だったら美夕が目覚めないままの方が……」
「そうね。このまま眠ってて欲しいって思ったことはある。でも……私なんかよりも美夕の方が大事。美夕が望むことは何でも叶えてあげたい。それが私が生まれた理由だから。でも……」
「でも?」
ばつが悪そうに、自分を恥じるようにルシフェルは言った。
「どうしようもないくらい、ナツキが好き」
涙を浮かべながら俺を好きだと言ったルシフェルが露となって消えそうなくらい儚げで、俺は怖くなった。
「……こっち来いよ」
俺が差し伸べた手をルシフェルはしばらく眺めていた。
拒むのが美夕の為だとでも思ってるんだろう。
躊躇している白い手を掴み、俺は彼女を引き寄せた。
ルシフェルに対する俺の気持ちは複雑だ。
人を喰っていたこいつを心底悍ましいとも思うし、どんなことがあっても変わらず俺を慕ってくれる健気さには愛おしさを感じてしまう。
この感情に名前を付けるとしたら、何がいいだろう。




