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たとえばこんなディストピア  作者: おきをたしかに
*キスから始まる異世界転生*
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崩壊

「いってらっしゃーい。ハッピーなニューライフを~」

 街で見かけた男をフェアビューランドへ送り、空を見上げた。

 カラリと晴れて雲ひとつない青空。

 あの女は――――美夕はこんな風に街を歩きたいんだろうな。

 その為に、百人もの人間を犠牲にするんだな。

 やらなければ俺の両親の目の前でルシフェルに俺を喰らわせると美夕は言った。

 彼女は本気だ。

 言う通りにしなければ、俺の両親さえも命を奪われるかもしれない。

『今さら良心の呵責も何もあったもんじゃないでしょ』

 たしかにその通りだ。

 俺はとんでもない過ちを犯した。

 そしてそこにつけ込まれ、さらに罪を重ねていく俺を止める者はいない。

 止めて欲しいと願うのに。

 フェアビューランドにいるルシフェルは、届いた肉体(からだ)を見て何を思うだろうか。

 もう喰うなと俺は言った。

 しかしルシフェルはきっと美夕の命令には逆らえないだろう。俺の言うことになど耳を貸すなと言われているに違いない。

「あと、十八人……」

 次の標的ターゲットをみつける為、俺はまたふらふらと歩き出した。

 これは罰なんだろうか……?

 美夕の言いなりになって均衡を破る俺を、ソールは裁きに来ないのだろうか。

 こんなことになるのなら、ベランダから飛び降りたあの日、あのまま死んでいれば良かった。

 もしそうだったら、自分の惨めさや醜さに気付かず、美夕のことも忘れたままで、両親の愛も知らないまま……。

 ソール、早く俺を殺しに来てくれ――――本気でそう願った。


◇◆◇


「ナツキ」

 名前を呼ばれ振り返るとルシフェルが立っていた。

 俺はまず、彼女のその姿に驚いた。

 白いシャツワンピースを血で赤く染めている。

 一瞬、また人肉を喰ったのかと思ったが違う。彼女は幾つもの切り傷を負っていた。

「お前の血なのか?どうした、何があった……!?」

「助けてナツキ……!フェアビューランドが、私達の楽園が……」

 わあっと泣き出したルシフェルの肩を抱き、俺はフェアビューランドへと急行した。


◇◆◇


 街は阿鼻叫喚の巷と化していた。

 フェアビューランドの住人はそれぞれが殴り合い、刃物で傷つけ合い、殺し合っている。

 家畜は脱走し、あちこち走り回ったり、石の壁に自らの頭を打ちつけている。

「なんだ?皆どうし……うっ!?」

 足に誰かの腕が絡みつき、俺は立ち止まった。

「ナ……ツキ、さ……姫様……」

「あ、あなたは……!」 

「リリーナ!大丈夫!?」

 獣の耳を持つ少女の姿を手に入れた元中年男性だ。今はリリーナと名乗っているらしい。彼女はあちこちから出血していた。

「大丈夫ですか?」

 俺はルシフェルと共にリリーナを物陰に運び、目に見えて大きな傷をきつく縛って止血した。

「皆、知ってしまったんですよ……二度とここから出られないって。やがて家畜という役目が回ってきて食用に屠殺(とさつ)されることもね……死ぬ前の記憶を引きずっているから、こんな百人かそこらの小さなコミュニティーの中では、人間関係に支障を来たして――――」

 痛みは感じていないらしいが自分の容態を把握しようとリリーナは自身の身体をくまなくチェックし、現在ここで起きていることについて教えてくれた。

「姫様、ナツキさん、どうして私達はここで死を迎えた後、別の世界へ転生出来ないんですか?森の奥の沼地で魂を木に植え付けられ、またここに生まれるんでしょう?せめて記憶がなければそれでも何とかやっていけるんですが……」

「何故?どうして記憶を引き継いでいたら上手くやっていけないの!?ここに住んでるのは皆、前世で辛い思いをして死のうと考えていた人達でしょ?だからこそもう誰も傷つけ合うようなことをせず平和に暮らせる筈よ。他の世界じゃ、きっとまた――――」

「記憶がなくなれば、全く別の人格としてスタート出来るんですよ。前世の記憶なんか……最初はありがたいと思っていましたが、必要ないんです。むしろ邪魔なだけなんです」

 ルシフェルは絶句した。

 人間として社会の中で生きた経験のない彼女にはわからないんだろう。

 友人関係や恋人関係、様々な人付き合いを限られた数でぐるぐると狭いコミュニティーの中でやるとしたら……記憶はトラブルの元だろう。

 恋愛感情、怨恨、殺意――――そういった記憶は死んでも消えることなく姿形だけ新しい者となってまた街に戻ったなら……きっと復讐や騙し合いが横行するだろう。

「だからこんな世界おかしいって言っただろ、ルシフェル」

 俺とリリーナの説明を理解したらしいルシフェルは、膝から崩れ落ちて泣き出した。

「ナツキが、美夕が……皆が幸せになれると思って創ったのに……!」

 崩壊していく理想郷を嘆く姿に胸が痛んだ。

 こいつは魔女なんかじゃない。人間に恋をした、可哀相な操り人形。

 本当の魔女は、笠原美夕……。

「来い、ルシフェル。ここはもう……」

 俺はルシフェルを引き寄せた。

「もう、終わりなの?この世界は」

「……ああ、終わりだ」

 残酷だとは思いながらもそう言って、俺はルシフェルを伴い自分の世界へと移動した。

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