魔女と彼女の操り人形ー2
操り人形……?
美夕の空想から生まれ出たルシフェルは、たしかにそんな存在だったのかもしれない。
だがルシフェルは今や人喰らう凶悪な魔女と化してしまっている――――そうだよな?
「あの子、何でも言うことを聞くでしょ?何も知らない馬鹿だから」
美夕の言い方には棘があった。
「それがいつの間にか自我に目覚めて恋までするようになって――――生意気だと思わない?人間でもないクセに。身の程知らずにも程があるわ」
「美夕……」
思いもよらず美夕と会えて俺は嬉しかった。しかし今目の前にいる彼女は明らかに俺の知る無邪気で優しい幼なじみとは違う。
ルシフェルから聞いた話によると美夕はルシフェルの恋を応援すると言ったそうだが、どうも違うようだ。
光る球体の中に映るルシフェルを見る美夕の瞳には蔑みと憎しみが滲んでいるように思えた。
「可愛いルシフェル……皆に愛される、明るくて元気で優しいお姫様――――でもね知ってた?私あんたが大嫌いなの」
「……」
次の言葉は震えていた。
「だって私はあんたみたいになれない。なりたかったのに――――」
「美夕……?」
ポタポタと涙が零れ落ち、美夕は両手で顔を覆った。
「み……ゆ、泣かないで美夕……」
痛みは感じないが身体が重くて立ち上がれない。
俺は立ち尽くしたまま泣く幼なじみを何とか落ち着かせたくて、彼女の細い足に縋った。
「触らないでっ!」
ガツンと顔を蹴られた俺はいとも容易く地に突っ伏した。
「うっ……美夕……」
「あんたなんか大嫌い!自分のことばっかで!私が病気で苦しんでる間、あんたは楽しい学校生活を送ってた!!中学に行きだしてからは一度も見舞いに来なかったじゃない」
「美夕……ごめん。俺、俺――――」
謝るしかなかった。薄情な俺は彼女のことをすっかり忘れて勉強や部活、友達との遊びや恋愛を楽しんでいた。それ自体は罪じゃないけれど、彼女は取り残されたように感じたに違いない。
「私が健康で自由な人達を妬まなかったと思う?そんなわけないじゃない!悔しかった。なんで、なんで自分だけって――――」
堰を切って溢れ出した感情に、彼女自身戸惑っているようだった。
涙を流し、大声で怒鳴り……きっとこんなことは初めてなんだろう。
全部聞こう。そう思った。俺を責め立てることで鬱積したどす黒い感情を吐き出せるなら、いくらでも付き合おうと。
「足があるのに歩けないのがどれだけ腹立たしいかあんたにわかる!?窓の外を見ればそこには行きたい場所があるのに、私は行けなかった……!治療は痛いし苦しいし、死んだ方がマシだったわ。自由に動ける自分を想像して、現実逃避するしかなかった……」
それでルシフェルが生まれた。
美夕が生んだ空想の少女ルシフェル……彼女に自分を投影して、自由に歩き回り、好きな服を着て――――俺をみつけた。
「ルシフェルがあんたをみつけて、イジメに遭って苦しんでると聞いて思ったの。ああ、なっちゃんも苦しんでるのか……って」
ふいに美夕は俺と目を合わせた。
そして、笑った。
「ざまあみろって思った!アハハハハ……!」
「美夕……」
歪んだ笑顔が哀れだった。
彼女は何も悪くない。ただ思っただけなんだから。
起き上がることすらままならなかった彼女が俺に妬みや憎しみを抱いたとしても、それは罪じゃない。
「フェアビューランドへ行こう、美夕。今度は元気な肉体に生まれ変わって俺と一緒に……あの世界で二人で生きていこう?」
下から差し伸べた手を、美夕はしゃがんで握ってくれた。
「ダメよ。なっちゃんはこのまま百人の人間をあの世界に送ってくれなくちゃ」
妙なことを言う。もうあの世界に他人を送る意味なんてないのに……。
「え……?でも美夕、ルシフェルは届いた人間を喰ってたんだぜ?人間なれると信じて……あんな魔女は追い出して俺達で――――」
俺に最後まで言わせずに美夕は言った。
「そうさせたのは私よ。百人まであと少し、ルシフェルに食べてもらわなくちゃ」
人喰いの、魔女の顔で……。




