魔女と彼女の操り人形ー1
「久しぶり」
ソールと対面するつもりだった俺は、目の前に現れた人物に言葉が出てこなかった。
次元の異なる世界を行き来する時に通る、底なしの真っ暗闇と発狂する程白い世界――――今、俺は白い方に足を踏み入れていた。
そこに現れたのは、病院のベッドに横たわっている筈の笠原美夕――――長い黒髪が美しい成長した幼なじみの美夕だった。
「み、み……」
声が上ずり、上手く言えない俺に美夕はクスクスと笑った。
「久しぶりだね、なっちゃん」
優しく微笑む色白の細い美少女。俺の美夕――――。
「ああ、美夕……会いたかったよ、美夕!」
駆け寄って抱きしめた瞬間、腹部に違和感を感じた。
「……あ?」
血だ。
赤い液がトクトクと流れ出している――――刃物が突き刺さった俺の腹から。
ガクンと膝が地面に着く感触があった。
ここにも地面なんてもんが存在したのか……関係ないことをぼんやりと考えながら、俺は顔を上げた。
「み……ゆ……」
見上げた先にあった美夕の顔は、冷たく笑っていた。
◇◆◇
「会いたかった?笑わせないでよ、この大嘘つき」
冷たい声で美夕は俺を罵った。彼女がこんな声を出すなんて、俺は知らなかった。
――――何だ?何がどうなってる?
俺は彼女を救う為に躍起になって行動している最中だった。
それが何故、彼女に腹を刺され、嘘つき呼ばわりされてるんだ……?
腹を押さえ、オロオロしている俺を見下ろしながら美夕は笑った。
「ルシフェルを利用して私を出し抜いたつもりでしょうけど、そうはいかないわ」
美夕を出し抜く?俺が!?
「ち、違っ……美夕……ゴハァッ」
ボタボタと大量の血を吐きながら、俺は必死で美夕の足に縋った。
「聞いて、美夕……お、俺は……」
俺が出し抜いたのはあの狂った魔女のルシフェルだよ!そう言いたいのに溢れる血が邪魔して喋れない。
「み、み……ゆ」
「なっちゃんて、ああいう軽い女が好みなのね」
そう言いながら美夕はフウと息を吐いた。
彼女の吐いた息は光を放つ球体となり、その中央は水晶のように透明になっていった。
やがてそれは何かを映し出した。
ぼんやりとしていた輪郭がハッキリとしてきて、それが見慣れた場所と人物を映していることに俺は気付いた。
「ルシフェル……」
ルシフェルは城の寝室にいた。
あの後着替えたんだろう、見たことのない服を着ている。
今までと違い、リボンもフリルもついていないシンプルな白のシャツワンピース。
それは飾らない、彼女の素の魅力を引き出しているように見える。
なんだか……ほんの数分前に見た時とは別人みたいだ。
腹を刺されている状況も忘れてぼーっと見ていると、美夕の声がした。
「フン、何を見惚れてるの?」
その馬鹿にしたような言い方は美夕らしくなかった。
いや、言い方だけじゃない。外見は美夕だけど、その他の全てが俺の知る美夕じゃない。彼女は一体何者だ?
「ルシフェルが好き?なっちゃん。オシャレで自由で可愛い――――あの子は私が創ったのよ」
「お、俺が好きなのは君だよ、美夕……」
やっとの思いで声に出して伝えた言葉は軽く無視された。
球体の中に映るルシフェルを眺め、美夕は吐き捨てるように言った。
「どこが良いの?こんな子、ただの操り人形じゃない」




