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たとえばこんなディストピア  作者: おきをたしかに
*キスから始まる異世界転生*
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甘く優しい悪夢の中でー2

「嘘だろ……喰っちまったって、皆?美絵子の肉体(からだ)も全部……?」

 驚愕の表情をする俺を、ルシフェルは怪訝な顔つきで見た。

「皆自分から捨てたのよ。要らないモノなんだから、貰ったって構わないでしょう?」

 元々人間ではなく、空想から生まれたルシフェルには人間としての常識などないのかもしれない。

 しかし、その空想の持ち主が病床で一途に俺を待っていてくれた幼なじみの美夕だと思うと気が狂いそうだった。

「人間になる為か?人間になる為に人間を喰って、それで俺に愛されようと……?」

「……そうよ」

「ふざけるな!!俺が、俺がそんな化け物好きになると思うのか!?美夕に申し訳ないと思わないのか?お前を生み出した美夕は、美夕は――――」

 言葉を紡ぐことが出来ず、俺は膝からガクリと崩れ落ちた。

 何だ……?身体に力が入らない。これも、ルシフェルの魔法なのか……?

「狂ってる……お前は完全に狂ってるよルシフェル……」

 気を失う寸前、彼女の呟きが聞こえた。

「……そうね、きっと狂ってる」


◇◆◇


「う……」

 気が付くと俺はまた城のベッドに寝かされていた。

 さっきとの違いは、鎖で縛られていることだ。

「!」

 視線に気付きそちらを見ると、ベッドに腰掛けたルシフェルが俺を見下ろしていた。

「喰うんだろ、俺のことも。なら、さっさとやれよ」

 憎しみをこめて言うとルシフェルはため息をついた。

「ナツキを食べるわけないでしょ」

「喰おうとしてたじゃないか!あの地下室に俺を閉じ込めて」

「ああ、私があなたを黒の世界に置き去りにした後のことね。あの時は……地下室にあなたがいると知って咄嗟に鍵を掛けちゃったの。ごめんなさい。でもすぐに戻って扉を開けたわ。中には誰もいなかったけれど……」

「転移したんだよ。自分の世界に。ソールに――――あの黒づくめの男にお前と同じ能力(ちから)を授けられたんだ」

「そうだったの……だからあっちの世界にいたのね。フェアビューランド中を捜してもみつからないから、もしやと思って向こうに行ったらあなたと美絵子が話してた」

「……」

 落ち着いて話しているとルシフェルは恐ろしい魔女なんかにはとても見えない。華奢で可愛らしくて守ってやりたくなる美少女だ。

 空想が空想を生み、歪んだ童話の世界が生まれた。それがこのフェアビューランド。

 こんな世界、間違っていると思う。

 だけど俺はともかく美夕にはここしか逃げ場がない。今の世界では、近い将来死は確実に彼女に訪れる。彼女に残された時間は少ない。

 何とか美夕だけでも――――俺は上手いことルシフェルを出し抜けないかと考えを張り巡らせていた。

 それを知ってか知らずか、ルシフェルは遠い目をして語り出した。

「美夕の言った通りには、ならなかった……」

「え?」

「魔法をかければいいって美夕が言ったの。会った途端、あなたが私を好きになるように。だけどあなたは私を通して美夕のことを思い出し、彼女のことばかり考えるようになっていったのね……」

「ああ……そうだな」

 一目惚れの魔法――――そんなものが自分にかけられていたとは。

 だが俺はルシフェルではなくルシフェルを創った美夕――――その存在すら忘れていた幼なじみの女の子のことを思い出し、彼女のことが頭から離れなくなった……。

「美夕はいろいろ教えてくれた。人魚は人間になる為に魔女に薬を貰うの。そして声と引き換えに人間の姿を手に入れて、王子様に会いに行く……」

「その童話なら俺も知ってるぜ。アンデルセンだろ」

 昔、美夕と一緒に読んだ絵本だ。

 たしか海の魔女が調合した秘薬には血を混ぜる必要があるとか、人間の姿になれても歩く度に激痛が走るとか……そういう描写があった。そんなものを飲んでまで人間になりたいのかと、幼いながらに思った記憶がある。最後はたしか、王子は他の女と結ばれて、人魚姫は死ぬんじゃなかったっけ……?

「お前にとっては人間の肉体(からだ)が、人間の姿を手に入れる為の薬だって言うのか?飛躍し過ぎだろ」

「……」

 ルシフェルは黙りこくってしまった。

 ……今だ。今ならつけ入る隙間がある。

「なあルシフェル、お前が人間にならなくったって、俺はお前が好きだよ」

 甘く囁いた俺にルシフェルはぱっと顔を上げた。その瞳は不安げに揺れ、大粒の涙が浮かんでいる。

「本当に……?」

上手くやればこの魔女を騙してこの世界を手に入れられるかもしれない。

ルールを変えれば、きっとここを正常な世界に変えられる筈だ。

要らないものを排除して、俺と美夕の楽園を創る。

俺がこの世界を創り直してやればいいんだ。

「ああ、本当だよ」

口から出まかせを言いながら、俺は出来る限り優しく微笑んだ。最低な嘘つきの笑顔で……。

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