主従関係
情事の汗をシャワーで流した後、俺とルシフェルは街へ出た。
俺の住む街は日本の百万都市の一つで、人口の数では五位か六位にランクインしている。
高層ビルが建ち並び、ビルの谷間を行き交う人々は皆急ぎ足だ。
今は十五時を少し過ぎたくらいだが、平日とはいえ繁華街は賑わっていた。
「人がいっぱいいるね」
俺の横を歩くルシフェルは物珍しそうにキョロキョロと辺りを見ている。
「フェアビューランドと全然違う」
「あそこの方がよっぽどいいだろ。こんな汚れた街より」
「でも、お店がいっぱいあって…あ、アイスクリーム屋さん!あっ、あっちには可愛いお洋服屋さん!」
はしゃぐ様子は子供のような、いや……。
「田舎者」
そう、この言葉がピッタリだ。
「し、失礼なっ!私は東京出身だ!!」
その言葉に俺は吹き出した。
「嘘つけ。“都会は初めてです“って顔に書いてあるぜ」
にやにや笑いながらからかう俺に、彼女は顔を真っ赤にして怒った。
「嘘じゃない!街に出るのは大人になってからじゃないと危ないってママが……」
「ママぁ?」
「……」
歳はいくつだ?そう尋ねようかと思ったが、どうでもいいからやめた。
キスひとつで俺を異世界に飛ばせるくらいだからきっと人間じゃないんだろう。
年齢なんて、気にもならなかった。
「私は本当に東京で生まれたんだからね!」
しつこくまとわりついて東京、東京と繰り返す彼女を俺は適当にあしらった。
「はいはい」
「信じてないでしょ。本当に東京……」
ああ、めんどくさい。うるさい女の子は苦手だ。元気娘よりも従順でいつもニコニコしてる娘の方が絶対いい。
自分のことは棚に上げ、俺は自分勝手なことを考えていた。
「わかったわかった、信じるよ」
ポンと頭を撫でると、彼女は途端に口をつぐんだ。
お、照れた表情も非常に可愛い。
「で、ここで俺に何をさせようってんだ?」
「仕事よ。フェアビューランドへ送る人間を捜すの」
「は?」
ポカンと口を開けている俺にルシフェルはやれやれとため息をついた。
「まさかただで転生させてもらえると思ってないでしょうね?働くのよ!フェアビューランドへ送る人間を捜すの!」
「送る?あのメルヘンチックな所にか?」
「フェアビューランド!」
ビシッとポーズをキメてルシフェルが言う。
「はい、フェアビューランドね」
「そう。フェアビューランド。あの世界は私が創ったの。とても美しい場所だったでしょ?でも、まだ全然人が足りないの。パン屋さんに花屋さん、本屋さんに服屋さん、牛飼いに羊飼い……別の次元にここと違う世界を創ったのはいいけれど、住む人が足りないのよね」
異世界のこれからについてあれこれ語っているルシフェルを横目に、俺は小さくため息をついた。
……めんどくせえな。
そんなに人数増やさないでいいだろ。人間が増えるとトラブルも増えるぞ。
「なんで俺がそんなことしなきゃなんないんだよ?」
「なんででも!奴隷はお姫様の言うことを聞いていればいいのよ」
偉そうに両手を腰に当てて胸を張るルシフェルは、とても異世界の創造主とは思えなかった。
メルヘンチックなあの世界で、おとぎ話の登場人物として暮らしていそうだ。
それに……お姫様?なんだか、発想が幼稚というか……おもしろい。
まじまじと見る俺にルシフェルは少し不安げな顔をした。
「な……何よ?」
「いや、あの世界の創造主様だってのに“女王様“じゃなくて“お姫様“なのかって思って……」
「あ、ああ。えーと……女王様の方がいいかしら」
顔を赤らめてうろたえる彼女は子供のようで、新世界を築いた者というよりは……。
「別にいいよ、お姫様で」
世間知らずのお姫様。
「う、うん」
ポンポンと頭を撫でてやるとルシフェルは照れたように一度目を反らし、もう一度こちらを見て微笑んだ。
その顔を見て俺は――――何故だろう、何か懐かしいものを感じていたんだ。
こいつとなら主従関係も悪くないかもしれない。そう思った。




