愚か者は密かに誓う
「どうしたの?ナツキ。フェアビューランドに行くんじゃなかったの?」
ルシフェルは不思議そうな顔をして俺を見上げた。
「あ、ああ……」
フェアビューランドを今よりももっと美夕が喜ぶような所にしようと考えた俺は、ルシフェルに向こうへ連れていってくれと頼んだ。
ルシフェルは美夕の空想の産物だ。フェアビューランドを改造するなら、美夕の好みを把握している彼女にアドバイスを貰うのが一番いいだろう。
が、しかし。さあ行こうという時になって俺は少し躊躇した。
向こうに行くにはルシフェルとキスを交わさなくてはならない。
どうってことないだろ、キスどころかもっといろんなことしたんだ。
美夕の空想から生まれたこの少女と。
……引っ掛かったのはそこだった。
「なあルシフェル、変なこと聞いてもいいか?」
「何?」
きょとんと首を傾げる可愛い仕草。美夕がなりたかった元気で自由奔放な女の子……。
「その……お前、自分は美夕の空想の産物だと言ってたよな?眠ってる美夕と、今も話したり出来るのか?」
「“話す“のとは少し違うけど……意思の疎通はあるわよ。こないだナツキがお父さんと話したって言ってた日、私は美夕に呼ばれて美夕の意識の中に戻ってた」
マジか。良くない。これは大変、よろしくないぞ。
「てことはその、ナンダ……アレか……」
「ナンダアレ?」
ごにょごにょ言い出した俺に怪訝な顔を向け、ルシフェルはさらに首を傾げた。
「いや、だから、そのぅ……俺とお前がそういう関係だってこと、美夕は知って……?」
頼む、違うと言ってくれ。
「知ってるよ」
ピシッ……石化した自分にピシッと亀裂が入り、がらがらと音を立てて崩れる。そんな表現の少年漫画を思い出しながら、俺はその主人公になった気分だった。
「サイアクじゃ……」
美夕をフェアビューランドに転生させたら、清廉潔白な自分を前面にアピールするつもりだったんだが、どうもそれは無理なようだ。
『なっちゃん、私が考えた理想の女の子によくもアンナコト……不潔!大っ嫌い!』
美夕が怒って俺を軽蔑の眼差しで見るのが目に浮かぶ。
「……何を考えているの?またエッチなこと?」
両手で顔を覆って悶絶している俺をルシフェルがジト目で見ていた。
……可愛い。
指の間から彼女を盗み見しながら考える。
美夕とルシフェルではあまりにタイプが違う。
美夕も昔は活発だった。
木に登ったものの降りられなくなり鳴いている子猫を救出したり、女とばっかり遊んでるオカマ野郎~!と俺に罵声を飛ばした同級生に飛び掛かり怪我を負わせたり……かなりおてんばだった。
だが、今ベッドに横たわる美夕は清楚可憐な黒髪の美少女――――大和撫子といった感じだ。
一方ルシフェルは、元気溌剌、愛くるしい西洋風な顔立ちにふんわり波打つ明るい色の髪、フリフリリボンの露出度の高い服がトレードマークだ。
美夕もフリルやリボンが付いた服を好んで着ていたけれど、それはあくまで子供服。ルシフェルのようにエロくはない。当然だが。
「どっちも捨て難いな。いや、てか……元はどっちも美夕なのか?ん?姉妹?いや、それは……」
「ナツキ……キモチワルイ」
一人でゴチャゴチャと心の声を垂れ流していたら、グサリとくる一言を浴びせられた。
弁解の余地もない俺は、次の衝撃に備え身構えた。
もう何とでも言ってくれ。俺はエロいしサイテーな奴です。
「安心してよね。美夕が転生して、ナツキと結ばれたいと望んだら……私は別のヒトを探すから。ナツキを取り合ったりしないからご安心を」
「……」
拍子抜けした。てっきり最低男呼ばわりされると思っていたのに。
べ、と舌を出したルシフェルは小悪魔的でとても魅力的だった。
美夕はきっと自分と違う魅力を持った女の子をスケッチブックに描いたんだろうな……。
美夕への想いは自分でも驚く程純粋で、初恋のような甘酸っぱさを感じさせる。
このルシフェルには……今はもう、感謝しかない。
そうだ。彼女との今のこの関係を清算するにはいい時期かもしれない。
この世界では俺は昏睡状態のままいつ息を引き取るかわからない。こちらで両親と共に生きられないのなら、せめて異世界フェアビューランドでは今度こそ誠実に生きたい。
俺はフェアビューランドへ転移する為のキスを交わしながら密かに誓った。
ルシフェルに対して、もう二度と性欲のはけ口にするような行為はしないと。
生まれ変わって、人生やり直すんだ。




