君を連れて異世界へー1
美夕を転生させる……?
彼女自身が思い描いた夢の国フェアビューランドへ……?
「そうすれば美夕は健康な肉体を手に入れて、ナツキのことも覚えたまま、新しいスタートを切ることが出来る」
ルシフェルは俺を諭すように言った。
「それが一番いいのよ、ナツキ。あなたはこの世界に見切りを付けて飛び降りた。美夕はこの世界で生きるには持って生まれた肉体が弱過ぎる。だから……」
「そっか……そうだよな」
眠る美夕は彼女の母親が熱心にケアをしているおかげでとても美しい。
だが近付いてよく見ると乾いた唇の端が切れて痛々しく、掛け布団をめくるとかわいそうなくらい痩せ細った腕が見える。長期間点滴を入れているからか、腕には幾つもの痣が出来ている。
そうだ。仮に目を覚ましたとしても、美夕はこの世界ではそんなに長くは生きられないのかもしれない。
難しい病気をいくつも併発しているのだと聞いていた。
美夕と遊んだ小学生の頃は、そんなこと気にも留めなかった。
だって美夕はいつも明るい笑顔を振りまいていたから。
もしかしたら我慢してたのかもしれない。俺の知らない所で、痛みや苦しみと戦っていたのかもしれない。
そう考えると、彼女があまりに不憫で……このままにはしておけないと思った。
「わかった、ルシフェル。美夕を向こうに連れていこう」
「ちょっ、ちょっと待って!」
立ち上がるなり美夕に口づけようとした俺を、ルシフェルは大慌てで制止した。
「何だよ?」
「今はダメよ、ナツキ!」
「なんでだよ」
「なんでって……美夕のファーストキスなのよ?」
「……はあ?」
俺が美夕にキス出来ないようにがっちりと腕を掴んだまま、ルシフェルはもう片方の手で美夕のスケッチブックをめくった。
「ほら、見てよこれ」
「んん?」
色鉛筆とクレヨンで描かれていたのはキスをする男女――――たぶん、俺と美夕の絵。
「背景は星空でしょ?場所はお花畑」
「これをわざわざ再現しろっていうのか?そんなのフェアビューランドに転生してからいくらでも……」
「ダーメ!これは美夕の望みなんだから!それに、もうすぐ美夕の誕生日でしょ?パパとママは美夕が昏睡状態に陥ってからも毎年この病室でお祝いしてるの。せめて最期にそれくらい、いいでしょう……?」
「……わかった」
女の子のロマンチシズムはどうも理解出来ないが、それが美夕の望みだというならそうしよう。
美夕の両親も……寝たきりで身動き出来ない筈の娘が忽然と姿を消したとなれば、そのショックは計り知れない。
キスでの転生は何故かこの世界での存在を綺麗さっぱり消してしまう。遺体は残らないのだ。
これまでは後処理しなくて済むから便利だな、くらいにしか考えていなかったが、消えた人間の遺族や友人、恋人にしてみれば、死んだのか、それとも自らの意志もしくは何らかの事故に巻き込まれて行方をくらましてしまったのか判断がつかないだろう。
自分は誰からも必要とされていないと思い込んでいたとはいえ、俺はなんて浅はかだったんだろう……。
「……わかった」
もう一度、自分に言い聞かせるように言ってから俺はルシフェルの手を握った。
「ナツキ?」
「フェアビューランドへ連れてってくれ、ルシフェル。美夕が来た時の為に、あの世界をもっと住みやすい場所にしなくちゃ、な」




