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たとえばこんなディストピア  作者: おきをたしかに
*キスから始まる異世界転生*
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美夕の日記ー2

 あるところに、とても素敵な場所がありました。

 野原にはたくさんの花が咲き、のどかな草原に羊達が遊んでいます。

 そしてリスやウサギなどの動物と話すことが出来る仲良しの男の子と女の子。

 二人はこの国の王子様とお姫様。

 毎日一緒に遊んだり、歌を歌って楽しく過ごしています。

 たくさんの可愛い服、美味しいお菓子に包まれた幸せな世界。

 そこには痛みは存在しません。

 怪我をしても病気になっても、誰も痛くありません。

 痛いのは、とてもとても辛いから…………。


◇◆◇


 日記の書き出しは童話のようになっていた。

 ルシフェルと共にページをめくりながら、一文字一文字をゆっくりと読む。

「読みにくいでしょう。小学校の高学年になる頃には、美夕の筋力はかなり衰えていたの。歩くのもままならない程に。文字を書くのも相当辛かった筈よ」

 ルシフェルは母親が子供を胸に抱くように俺を包み、美夕について語ってくれた。

 小学生の高学年の頃といえば、まだ俺と美夕がしょっちゅう二人で遊んでいた頃だ。あの時、美夕は辛そうな素振りなど見せたことはなかった。

 我慢してたのか……?俺に心配をかけないように?

「小学校を卒業してからは、ずっと入院してた。中学校にも通えず、思うように動けなくなった美夕はベッドに横になったまま、よく空想をしたの。空想の中の美夕は可愛い服を着た元気な女の子……どこへでも自由に行けて、お姫様って呼ばれてるの」

 ルシフェルはスケッチブックに描かれている自分を指差した。

「私はいろんな場所へ行ったわ。動物園に遊園地、水族館に映画館。そして……あなたと遊んだ公園にも」

 促されて日記を見ると、震える手で書いたと思われる文字でこう綴ってあった。

 

 なっちゃんは最近来てくれない。

 中学校が忙しいみたい。

 学校に行けて羨ましいな。

 私も制服を着て、なっちゃんと同じ学校に通ってみたい。

 部活は何に入ったのかな。今度来た時に教えてもらおう。

 いつ来てくれるかな……休みの日には、何してるんだろう。

 なっちゃんに会いたいな。

 なっちゃんが私のことを忘れていませんように。


「……」

 文字がかすんで見えなくなるくらい、俺は涙を流していた。

 ルシフェルが俺の涙を拭ってくれたが、(せき)を切ったように流れ出るそれは彼女の服を濡らすだけで止まってくれなかった。

 美夕が思うように動かない手で書いた文字は、どんどん読み辛いものになっていった。


 退院したら、ママにハンバーグの作り方習う予定。

 なっちゃんハンバーグ好きだから。

 いつかなっちゃんのお嫁さんになりたい。

 なれるかな、なれたらいいな。なれますように。

 花嫁さんの白いドレス、着てみたい。


「……美夕はナツキのことが大好きだったんだよ。美夕のママも言ってたでしょう」

 微笑みを湛えながらルシフェルがページをめくる。

 それは美夕が書いた最後の日記だった。


 なっちゃん、元気にしてるかな。

 怪我したり病気になってないかな。

 なっちゃんは私みたいに痛い思いをしませんように。

 今日は一時退院で家にいます。

 ママが心配するからあまりゆっくり入れないけど、今からお風呂で綺麗にしてきます。

 女の子はきれいにしとかないとね!


 そこで日記は終わりだった。

「風呂……」

「自宅で入浴中に心肺停止になって……この医療センターに運ばれたの。そのまま三年間、眠り続けてる」

 溢れる涙で何も見えなかった。

 美夕は待ってたんだ。見舞いにも来ず、美夕のことをすっかり忘れていた薄情な幼なじみの俺を。

 俺なんかを、好きでいてくれたんだ……。

「ナツキ……あなたは悪くないわ。美夕は会いに来なかったあなたを責めたりしない。彼女はただ恋をしていただけ。どこにでもいる普通の女の子と同じにね」

 ルシフェルの慰めは俺には届かなかった。嗚咽を漏らし、俺は泣き崩れた。

「泣かないで、ナツキ……あなたと美夕の為に私はフェアビューランドを創ったの」

「え?」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの俺を抱きしめながらルシフェルが囁いた。

「転生させるのよ、美夕を。あの痛みのない世界へ連れていくの」

 それは天使の囁きだった。

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