絶望
美夕のベッドを囲んで、俺の両親と美夕の母親が話している。
ルシフェルの能力なのか、大人達は俺達の存在に気付いていないようだ。
「何年ぶりかしら……美夕ちゃん、こんな所で会うなんて。髪、伸びたのね……奥さんが梳かしてあげてるの?綺麗だわ、とっても……」
目頭を押さえながら俺の母が美夕の髪を撫でた。
「本当に三年も眠ってるんですか?じゃあ、美夕ちゃんもウチの息子も……いつかは目を覚ます日が来るんでしょうか」
次に口を開いたのは父だ。
父さん……つい二日前、俺の部屋で話したばかりじゃないか。あの時、俺の姿は見えてなかったって言うのか?
目は合わせなかったものの、たしかに俺は父と会話を――――……したんだろうか?
あれは父の独り言だったのか?
イジメに苦しんでいる息子を放っておいた罪悪感で目を合わせなかったのではなく、見えてなかった……?
自殺を図った息子に対して、一人で詫びていたというのか?
衝動的に動きたくなった俺をルシフェルが必死に止める。動くな、と目で訴えてくる。
「美夕は三年前、自宅で入浴中に心肺停止になったんです。この医療センターに救急搬送されて一命は取り留めたんですが、低酸素脳症で……そのまま三年間、目を開けてくれないんですよ」
美夕の母親は疲れきった顔をしていた。
三年間目を覚まさない愛娘の看病を必死にしてきたんだろう。
俺が覚えている“隣のオバチャン“は、オバチャンと呼ぶのが申し訳ないくらい若々しくて綺麗な女性だったけれど、今の彼女は小皺の目立つ中年女性に変貌を遂げていた。
「夏生は……転落した場所が幸いにもマンションの植え込みで、骨折や擦過傷はそんなに酷くないんです。だけど、脳幹という部分にダメージを受けていて、意識不明に……」
「最小意識状態だと、担当のお医者様から言われました。延髄は無事だったので自発呼吸が出来ているし、本当にただ眠ってるみたいで……」
代わる代わる息子の症状について話す父と母は、お互いを支え合うように寄り添っている。仲の良い中年の夫婦に見えた。
佐賀で、家族三人で……父が語っていたのを思い出す。
家族としてやり直そう……その言葉に、俺は救われたのに。
今、ここにいる俺は、肉体を離脱した幽霊だっていうのか……?
絶望感ってこういうものなんだろうか。
イジメに遭っていた時に感じていたものと、少し似ている。
逃げ場がなくて、行き場がなくて、どうしたらいいのかわからない。
俺はルシフェルと抱きしめ合ったまま、静かに床にへたり込んだ。




