まさかの夢落ち?
「私は貴様の主人だ」
そう宣言した美少女に俺はポカンと口を開けたまましばらく彼女を見ていた。
可愛いな。
ルシフェルと名乗った少女はとても魅力的だった。
“妖精“とか“小悪魔“とか、そういった表現がよく合う雰囲気の美少女だ。
ふんわりカールした髪やすべらかな色白の肌は柔らかそうで、鮮やかな赤い瞳は大きく、猫を思わせる。
白と黒を基調とした服は所々にリボンやらフリルがついていて何とも女の子らしいというか、愛くるしいというか――――まるで美夕が描いた絵みたいだ。よくこんな服着た女の子の絵を描いてたっけ……。
不思議な感覚だった。
俺は目の前のルシフェルを見て、もう何年も会っていない幼なじみの女の子のことを思い出していた。
俺のことを『なっちゃん』という愛称で呼んで、いつも一緒に遊んでいた隣に住んでた女の子。
生まれつき身体が弱くて入退院を繰り返していた美夕……小学生の頃はよく見舞いに行った。だけどだんだん足が遠退いていった。
中学校からは、自宅から離れた場所にある中高一貫の私立に通うようになった俺は毎日忙しかった。新しい友達や部活動、恋愛にも興味津々で全て積極的にやっていた。
そうだ。学校は俺にとって楽しい場所だった。高等部に上がってイジメが始まる前までは。
だから正直、美夕のことなんか頭になかった。すっかり忘れていた。
ああ、どうしてるかな、あの子。会いたいな……。
「ちょっと!!聞いてるの!?」
幼い日に思いを馳せていたらルシフェルに怒鳴られた。キーンと耳の中が鳴る。
「うっ……聞いてるよ」
耳を押さえ顔をしかめる俺に、ルシフェルはさらに怒鳴り散らした。
「嘘ばっか!全然聞いてないっ。他のこと考えてたでしょう」
うるさい……しかし膨れっ面も可愛いな、オイ。
そんなことを考えている俺にルシフェルは、ご主人様と呼べだの、あなたは私の奴隷だの必死にまくし立てていた。
奴隷ねえ……。
一度は死んで自由になろうとしたんだ。今さら誰に従うつもりもないけれど、本当に誰も自分のことを知らない場所で新しい人生をスタート出来るんなら――――いいかも。
ちょっとくらい言うことを聞いてあげてもいいかな、このカワイコちゃんの。
「あー、わかったわかった。何でも言うこと聞くよ」
適当に相づちを打ちながら、俺は目の前に広がるのどかな世界にワクワクを抑えられなかった。
逃げられたんだ、死ななくても。
新しい場所での新しい人生。
新しい自分には何て名前を付けようか?
自然と口角が上がる。
笑ったのなんて、いつぶりだろう。
希望に胸を膨らませる俺は、ルシフェルが身体を擦り寄せてきたことに気付いて彼女を見た。
「ん?何だ?」
「何って、わかってるでしょ。ん」
そう言ってルシフェルは目を閉じた。
え、キスしていいの?何のキス?
……わかった!新しい人生をスタートさせる俺に祝福のキスか!
生きてるって素晴らしいな……良かった、死ななくて。
ウンウンと頷きながら俺はルシフェルの顎に手を添えた。
目を閉じているので宝石のような瞳は隠れてしまっているけれど、それでも彼女は魅力にあふれる容姿をしていた。
ルシフェル、睫毛長いな。美夕が持ってた人形みたいだ。
これって『異世界でハーレムが待ってました』的な展開なのでは…。
ニヤニヤしつつ彼女の唇に俺のそれが触れた瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。
――――え?あ、あれ?これ、さっきの……?
地面がなくなったような感覚、無重力空間に浮遊する、けれども押し潰されそうなGを感じる異様な……。
それから、どうなった……?
◇◆◇
「え……?」
気が付くとそこは自宅のベランダだった。辺りは真っ暗で寒い。
「ええええええええ!?」
俺は、そこに突っ立っている。
まさか夢落ち?サ、サイアク……。
飛び降りて死のうとベランダに出たのは夕方だった。部屋に入り、時計を見ると午前二時を指している。
立ったまま何時間もベランダで寝てたのか?どんだけ間抜けなんだよ俺は……。
「はああ……」
もはや死ぬ気も失せて自分のベッドに潜り込む。
――――ん?あったかい……?
「ヤッホー」
「えっ。ル、ルシフェル……!?」
「寒いから、先にベッドに入ってたの。もう夜も遅いし、寝ない?」
「はあ、まあ……え?夢じゃない?夢じゃないのか!?」
パニック状態の俺をルシフェルはふわりと抱きしめた。
「……あ、あの……」
甘い香りにくらりとする。
「大丈夫よ、ナツキ。夢でも夢でなくても、あなたがこれから幸せになることには変わりない」
何が夢で何が現実なのか。
わけがわからないまま俺はルシフェルのいるベッドに引きずり込まれた。
待ち受けるのはハーレムか、それとも…………?




