突きつけられた事実
「嘘だ……こんなの嘘だろ」
目の前の光景をどうしても信じることが出来ず、俺は何度も首を振り否定した。
「これは俺じゃない!俺である筈がない!」
「いいえ、これはあなたよ。これが現実なの」
ルシフェルが静かに言う。
それでも俺は否定し続けた。
「違う!俺は……俺は生きているんだ!!今、ここに!」
◇◆◇
ルシフェルが俺を連れて来た場所は、今まで訪れたことのない大きな医療機関だった。
壁も天井も白くてだだっ広い病院の一室に俺達はいた。
心音モニターの音だけが響く病室のベッドに寝かされていたのは、五十嵐夏生……俺だった。
“俺“はあちこちに包帯を巻かれ、眠っている。
それを目の当たりにして立ち尽くす俺にルシフェルは語り出した。
「あの日……あなたは飛び降り自殺を図ってこの病院に運ばれたの。落ちた場所が植え込みで、骨折や擦り傷はあるものの致命傷にはならなかった。ただ……」
淡々と話すルシフェルの声を、俺は他人事のように聞いていた。
「頭を強く打っていて、意識が戻るかどうかはわからないの」
「……じゃ、ここにいる俺は?幽霊か何かだって言うのか?」
胸に手を当ててそう言った俺にルシフェルは静かに答えた。
「みたいなもの」
「みたいなもの……?何だそりゃ。きちんと説明しろよ、今ここにいる俺は何なんだ?幽霊だったら他の人間には見えない筈だろ?俺は何人もの人間と接触したぞ。偶然、全員が霊感強い奴だったって言うのか?」
いきり立つ俺をルシフェルは冷静な目で見ていた。その視線が俺を憐れんでいるように思えて、俺の不安と苛立ちをかき立てた。
「答えろよ、ルシフェル!」
「よく思い出してみて、ナツキ。あなたが誰かと話をした時、そこには私がいた筈」
「いいや、そんなことはない。お前がいなかった時、俺は美夕が入院していた病院で受付の人間や医者と話をした。俺の父親とだって、ちゃんと会話したぞ!」
自分が生きているということを立証したくて、俺は必死だった。
だが、ルシフェルは真綿で首を絞めるようにじんわりと俺の望みを打ち砕いていく。
「知ってるよ。美夕が入院してた病院に行ったこと。気付かれないように後をつけたから。受付の女の人にも美夕を担当していた医者にもあなたが見えるように、隠れてあなたの傍にいたの。お父さんのことは知らなかったけど、ちゃんと会話出来た?目と目を合わせて話をしたの?」
「……」
絶句している俺にルシフェルは淡々と続けた。
「学校でも、私が駆けつけるまでは誰にもあなたの姿は見えてなかった。だから皆無抵抗でキスを受けて家畜として転生させられたの。あの美絵子って子にも最初は見えてなかった。私が来て初めてあなたの存在に気付いた筈よ」
「お前は一体何者だ!?なんでお前が美夕のことを知ってる?今日、城で意識を失う前に、お前は俺のこと“なっちゃん“って呼んだんだ。美夕が呼んでたように。それに、フェアビューランドは美夕が望んだ世界だとか……お前は美夕が死んで転生した人間じゃないのか?」
ルシフェルは横に首を振って否定した。
「ううん、違う。私は美夕じゃない」
「じゃあお前は誰なんだよ!美夕が死んで、美夕が望んだ世界をお前が創って、キスで他人を転生させて……お前は、何なんだ?」
「私が何者なのか話す前に言っておくことがあるわ」
無言で次の言葉を待つ俺をじっと見据えてからルシフェルは言った。
「笠原美夕は、まだ生きてる」




