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たとえばこんなディストピア  作者: おきをたしかに
*キスから始まる異世界転生*
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美夕が望んだ世界ー2

 ルシフェルの言葉に、俺は茫然と立ち尽くしていた。

 美夕が望んだ世界?このフェアビューランドが……?

 じゃあ、この世界の創造主ルシフェルは……。

 記憶の底から、俺を呼ぶ声がする。

 病弱だった幼なじみの女の子。


 なっちゃん、なっちゃん、公園行こうよ!美夕、ブランコに乗りたい。


 お絵描きしてたんだ~。王子様とお姫様の絵。


 なっちゃん、またお見舞いに来てくれる……?いつ?


 また美夕と一緒に遊んでくれる……?



「み……美夕なのか?お前が……」

「ううん、違う」

 あっさりと否定したルシフェルは、行こ、と俺の腕を引き、城の外に出た。


◇◆◇


 祭は盛況だった。

 中央広場に栄火(えいか)が焚かれ、夜の街を美しく照らしていた。

「姫様、お身体の具合はもうよろしいんですか?」

「たくさん食べてくださいね!」

「ナツキさんも、さあどうぞ!」

 たくさんの大皿に盛られた料理はどれも良い匂いで見た目も素晴らしく、食欲をそそるものだった。

 でも……。

「さあ、食べて食べて」

 勧められるままに、料理を受け取る。

 ビーフシチュー、ポークチャップ、羊の串焼き、チキンソテー……ハンバーグ。

 「……」

 美味しそうな料理の数々。材料は、俺の通う学校の生徒や教師。

 街の連中は皆喜んで食べている。

 つい何時間か前までは人間だったモノを咀嚼(そしゃく)し、飲み込んでいる。

 俺はこみ上げる吐き気を必死で(こら)えながら、付け合わせの野菜だけ食べていた。

 雰囲気を壊す訳にはいかない。皆知らないんだ。あの家畜が人間だったことを……。

 「気にしないで、ナツキ。殺された家畜達には前世の記憶があるから恐怖は感じたかもしれないけど、痛みはなかった筈よ」

 平然と言いながら、ルシフェルが口に運んでいたのはハンバーグだった。

「はい、アーン」

 ひと口大に切ったハンバーグを俺に差し出すルシフェルに、街の住人達は微笑んだ。

「まあ、なんて仲むつまじい」

「よ、ご両人!」

「ホラ、ナツキさん!ぼーっとしてないで食べなくっちゃ」

「あ、はい……」

 食わなければ。食わなければ。食わなければ。

「うっ……!」

 口に入れた途端堪え難い吐き気に襲われ、俺は席を離れた。


◇◆◇


「おええええっ」

 物陰に隠れ、俺は何度も嘔吐した。

 気持ち悪い。肉汁が口中に広がって、吐いても吐いても出ていかない気がする。

「ナツキ、大丈夫?」

 背後から聞こえたのはルシフェルの声。

 俺の背中をさすりながら心配そうに覗き込む。

「お水持ってこようか?」

 その慈愛に満ちた顔で、あの肉を食ったルシフェル。

「ル、ルシフェル……お前、平気なのか?あの肉は、今日の昼間までは人間だったんだぞ!」

 俺の言葉にルシフェルは何を言っているんだと言いたげな顔をした。

「平気よ。だってこっちじゃもう人間じゃないんだもん。それに、学校の人達を家畜としてこっちに転生させたのはナツキじゃない」

「そ、そうだけど……」

 言い淀む俺を責めるようにルシフェルは続けた。

「私は聞いたわ。友達にあんなことして平気なの?って。でも、あいつらは友達じゃないって……あなたそう言ったじゃない」

 そうだ。全部俺がやったことだ。

 イジメられた復讐に、俺があいつらの命を奪い、無理矢理フェアビューランドに転生させた。

 家畜を屠殺(とさつ)した者も調理した者も、まさか前世で人間だった者を家畜として転生させたとは思ってないだろう。

 やったのは俺だ。

 俺は前世の記憶を引き継いだまま転生すると知っていた。

 知っていて俺は……。

 ぐらりと倒れそうになった俺を支えたルシフェルが両手で俺の顔を包んだ。

「ナツキ、行きましょう」

 そう言って重ねられた唇からは、血の味がした。

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