親子の対話ー1
“異世界転生、売ります。連絡はコチラまで“
キーボードを弾く音だけが室内に響く。
昨日フェアビューランドで獣耳娘に渡されたメモの中から良さ気なものを選び、例の掲示板に載せてみた。俺が考えたものよりも誰かの注意を引きそうだ。
これで一気に転生志願者が集まってくれたら、俺もあのメルヘンの世界の住人になれる。
「待ち遠しいよなー、ルシフェル」
返事はない。
数秒してから、彼女は今日は不在だと思い出す。
昨晩抱き合って眠っていると急にもぞもぞと動きだした彼女は、ちょっと用事を思い出したから。と言って消えた。
すうっと、まるで煙のように姿を消した彼女は、朝になっても昼になっても戻ってこなかった。
それで今日は珍しく一人で過ごしている。常に同じ空間に彼女がいることが普通になってきていたからか、何となく寂しい。
「はー、退屈……」
ネットの反応はすぐにはないだろうし、外に出て死にたがってる奴でも探すかな。
そう思い腰を上げた時、ふいに部屋のドアが開いた。
「!」
入ってきたのは、俺の父だった。
「……父さん、何の用?」
「……」
父は何も言わず空中に視線を泳がせた。仕事の疲れがたまっているのか、目の下にはクマが出来ていてだいぶ憔悴しているように見える。
父は俺の方を見もせずに、ベッドに腰を下ろし大きなため息をついた。
ああ、アンタはいっつもそうだよな。俺の方なんか見向きもしない。
おおかた出張先で俺の担任から息子の無断欠席を知らされ、仕方なく早めに仕事を切り上げて帰ってきたんだろう。
◇◆◇
俺の両親は俺が中学生の時離婚した。
仕事人間で家庭を顧みない父に愛想を尽かした母は、ある日俺が学校から帰ると家にいなかった。
そのまま二、三回顔を合わせただけで協議離婚が成立したようで、今は実家がある佐賀県にいるらしい。
母とはもう二年以上会っていない。
父は離婚後ますます家に寄り付かなくなり、仕事に没頭した。息子の俺と二人で食卓を囲むことなど一度もなかった。
その方がお互い気楽だった。元々父とはあまり話すことはなかったから。
俺は与えられた金を口座から引き出し、自由気ままに暮らしていた。
親の存在なんて、うっとおしいだけだった。
でも……イジメに苦しんで、電話したことが一度だけあった。
『今は大事な会議中で忙しい。あとでかけ直す』
父はそう言って一方的に電話を切った。そしてそれきり、かけてこなかった。
その後家で顔を合わせても、俺から電話があったことなど忘れているようだった。
だから、大嫌いだ。親なんて。
◇◆◇
「夏生……」
父は俺を見ないまま、俺の名を呼んだ。
何なんだよ、俺はもうすぐアンタとも学校ともおさらばするんだ。だから今さら親父ぶって説教たれても――――。
こみあげる怒りを言葉にしようかと拳を握り締めた俺に、父は言った。
「許してくれ、夏生……」




