夢の世界-5
「では、私はこれにて失礼します。あ、すいません、最後にもうひとつ」
獣耳娘は去り際に紙と鉛筆を取り出し、なにやらさらさらと書き始めた。
「何?これ」
「あの掲示板の文章ねー、アレじゃなかなか人は集まりません。こういうのはどうです?」
転生志願者を募集するキャッチコピーをいくつか箇条書きしたメモを俺に手渡し、彼女は走り去っていった。
街の方へ向かい小さくなっていく背中に手を振りながら思い出した。キスした瞬間に流れ込んできた、あいつがこっちに転生する前の、魂の持ち主の記憶を。
前世では会社でイジメに遭って退社したけど、大手広告代理店に勤務してたんだよな、あの人……。
あの人はそこでは生きていくことが出来なくて死を選んだ。そしてこっちじゃあんなに明るく笑って、迷いなく幸せだと言う。
前世の辛い記憶に苛まれて眠れない夜はないんだろうか。
イジメられた経験が邪魔をして、人付き合いに臆病になったりしてないんだろうか?
……ああ、ここではきっと、それは全員共通のものなんだ。
誰にだって触れられたくないことはある。
たぶんフェアビューランドの住人達は皆そうなんだ。
自ら死を望んで前世に別れを告げた者達。
心に過去の傷を負ったまま転生した奴ら……。
人によって違うかもしれないけれど、死を選ぶ程誰かに傷付けられたり生きていくことに絶望した者が新たな人生を与えられたなら――――きっと前世よりも良い人生を送りたいと願うんじゃないだろうか。
傷付けたり傷付いたり。そんな馬鹿げたことからは縁遠い生活を、皆が心掛けるんじゃ……?
ここなら生きていける。こんな俺でも。
「ナツキ、感謝されちゃったね」
ルシフェルが腕を絡ませてきた。
「ね、あの人も街の人も皆、前世の記憶があるの。ここはそういう場所なのよ。でも、みんな幸せそうだったでしょう?新しい場所と新しい肉体――――他に何を望むの?ナツキ」
「いや……」
改めて聞かれると、答えは出てこなかった。
前世の記憶があっても……いや、前世の記憶があるからこそ、今度こそ彼らは幸せを掴む為にそれぞれの人生を大切に生きるだろう。
「わかったよ、ルシフェル。今の記憶は消さなくていい。さっさとこっちの住人になれるように、俺、頑張るわ」
「ナツキ……」
ルシフェルはこれ以上はないと思える程幸せそうに笑った。
ああ、俺、お前のこと好きだ。
なんだか久しぶりに誰かに対してそんな感情を抱いた。
このフェアビューランドに転生を果たしても、俺、お前の奴隷でいいかも。
王子様とやらが来たら、今の肉体関係はあっさり解消されるんだろうか。
彼女が望むなら、それでもいい。俺は邪魔せず身を引くよ。
ここでは誰もが皆、一度は諦めた幸せを掴める筈だ。
ルシフェルだって、今度こそ幸せに………あれ?
「ルシフェル」
「なあに?」
「お前の前世って、どこの誰だったんだ?」