オアシスと銀狼とはじめまして
日が開いてしまいました、申し訳ありません。
良ければまた、お付き合い下さい。
パーン!!
「……っは!…ぐぅ。」
文字通り跳ね起き、地に足をついた瞬間、足元から破裂音が響いた。危険を察知し、反射的に跳び退る。急に動いた身体からやけに派手な色合いの布が落ち、予想外に低い天井に頭をぶつけたが、構っている暇はない。まずは、身の安全を確保しなくては。
「グゥラアァァァ!!」
「何!?」
恐ろしい鳴き声が間近から響いた。すぐに視線を向ける。
「……何…だ?そこには何がいる……?いや、しかし…」
どうやら、オレは洞窟に居たようだ。屈まないと通り抜けられそうにない、小さな入り口が確認できる。こちら側は青白い苔の明かりで満たされているが、外は暗く、穴の向こうが外なのか、まだ洞窟が続くのかの判別すらできない。
確かめようにも、穴の向こうには先ほどの声の主であろう、明らかに化け物クラスのモンスターの気配がある。最悪の状況だった。
それでも、しかし…、と思い直す。考えようによってはこの場は安全なのだろう。不幸中の幸い、とでも言おうか。ここはひとまず落ち着いて、なぜこのような場所にいるのか、今後どうすべきかを考え、それから行動に移ろう。
「すぅー……ふー………。」
大きく深く呼吸をし、心を落ち着ける。いつでも動けるよう、片膝をついて構えるように座り、記憶を辿る。妹は無事だろうか。まず浮かんだのは、その疑問だった。
あの日は、兄弟で死の谷の近くまで散策に出ていた。谷はもちろん危険だが、周辺の森は恵みの森と呼ばれ、採取にも狩りにも向いた場所である。
一族のものなら皆、物心つく頃には森に入り、成長に応じて谷の付近までその足を伸ばす。幼いものは、どこまで谷に近づけたかを競い合い、また大人でも、谷の淵で下から上がってくる飛龍を狩ったなどと言えば、英雄として持て囃されたものだった。
妹はまだ幼い。あの日も、谷には近づくなと言い含め、実り豊かな森で果実をもぎ、野草を摘んで楽しんでいたはずだった。
「それが、なぜ、あのようなことに……。」
妹の悲鳴を聞いたとき、オレは一人、野鳥を追っていた。妹に頼まれ、美しい鳥の尾羽を得るべく狩りをしていたのだ。オレは焦った。どうして妹の悲鳴が聞こえるのか、妹の面倒を請け負ったはずの長兄と次兄は何をしているのか。疑問は尽きなかったが、オレは夢中で声のした方へ駆けた。
行き着いたのは谷だった。兄の怒号が聞こえた。妹を助けろ、と。オマエはどうなってもいいから、と。
言われなくてもそのつもりだった。この時ほど自分の身体能力に感謝したことはない。オレは村でいう英雄の一人、死の谷に少しなら降りられる、化け物とさえ呼ばれる男だ。
不思議なほどゆっくりと、まるで羽が舞うように谷へ吸い込まれていく妹の姿を追い、オレも崖下に向かった。上空から、一直線に飛んでくる影が見えた。ずいぶんと小型だが、派手な色合いをしている。鳥型のモンスターだろうか、かなり速い。あっという間にモンスターが妹に追いついた。このままでは危険だ、急がなくては。そう思った。
乱雑にせり出す岩を足場に、落ちるより速く駆け下りる。十分に距離を詰め、岩壁を蹴り、空を舞う妹を抱え込むようにしたモンスターに追いつくや否や本能のままに切り付け、殴り、力技で妹を取り戻した。
見たことのないモンスターだったが、オレの不意打ちが効いたのか反撃らしい反撃もなく、助かった。最後に全力でモンスターを蹴り飛ばし、その勢いを利用して妹を思い切り投げ飛ばした。投げ上げられた妹の金髪を目で追い、崖淵よりかなり高くまで打ち上げられたことを喜びながら、オレは重力に従って深い谷底に墜ちた。
洞窟をぐるりと見まわし、改めて自分の身体を確かめる。服はボロボロで血液染みまでできているが、肉体に損傷はない。
傷跡すら見つからないことを不思議に思いながら、先ほど身体から落ちた布を拾い、起きぬけに破裂したであろう見慣れない物体に近づいてみる。そっと触ると張りがある。ゆっくり押せば妙な弾力がある。持ち上げると非常に軽い。上に乗っても壊れない。案外丈夫なようだが、ふと思い立ち、その場で飛び跳ねてみると。
パーン!!
「っ!」
「グゥラアァァァ!!」
先ほどと同じ、破裂音。続いて入り口の向こうから、また恐ろしい鳴き声が響いた。
「…………。」
暫し息をつめ、入り口を伺う。鳴き声の主が姿を見せないことに安堵し、また見慣れない物体に視線を戻す。
どうやら少し小さくなっているようだった。ちょうど踏みつけた部分と同じ色の部分がごっそりなくなっている。しゃがんでよくみれば、小さな破片が転がっていた。拾って引っ張ると良く伸びる。危険はなさそうだった。
「つまりオレは、看病されていたのだろうか……。」
胸に、何とも言えない暖かい思いが広がる。
村では、たまに見かけたことがあった。幼いものが病にかかったとき。狩りで怪我をした者が出たとき。その家族や親しいものが、何くれと世話を焼き、はやく治るようにと祈るのだった。
オレの妹も病弱で、よく看病をされていた。オレは家族で唯一毛色の違う忌み子と呼ばれる存在だから、そういう時には近づいてはならないと掟で決まっていた。まだ幼く、よくわからなかった時分に酷く折檻された記憶がある。
オレは幼いころから丈夫であったが、これは忌み子だからなのだという。忌み子の病は村の病だと謳われ、病になったらすぐさま殺さねばならないのだと教えられてきた。幼いころは健康に気を遣うだけで良かったが、狩りをするようになれば、どうしても怪我を負うこともある。そういう時は谷のそばに隠れ、ひっそりと傷が癒えるのを待った。
傷が癒え、村に戻れば、英雄の帰還だと持て囃される。今度はこんなに長い期間谷にいたのか、と。よほど大きなモンスターを屠ってきたのだろう、と。オレは曖昧に頷くだけだった。オレは臆病だし狡い。ただ谷の陰で傷が癒えるのを待っていただけだとは言えなかった。
それなのに、誰かがオレを看病してくれたというのだろうか。谷底に落ちてボロボロだったに違いないオレを、安全なこの洞窟まで運んでくれたのだろうか。この不思議なものは、オレのために用意してくれたのだろうか。オレの身体を気遣って、布までかけてくれたのだろうか。
英雄などとは名ばかりで、化け物と蔑まれ、疎まれていたこのオレを。忌み子と呼ばれたこのオレを。
息が詰まる。胸が熱くて苦しい。苦しいが、何故か不快じゃない。
「……っ。」
詰めていた息を軽く吐き、ふと見れば、小さなカップが転がっている。そしてその横には。
「……モンスター、か?」
呆然と呟き、大半が苔に覆われたソレに近寄る。
おそるおそる手を伸ばし、まるでソレを取り込むように増殖を続ける苔を掃う。
派手な布に包まれた、オレより少し小さい身体。頬に真っ赤な模様のある、真っ白な顔。大きな角が生えていると思ったら、それも布でできていて、帽子のようだった。
「……ヒューマン?」
顔の白さは異様だが、モンスターではないようだと判ると、オレは慌てて彼の生死を確認した。
そろそろサブタイトルに困り始めました(笑)