小龍とオアシスとはじめまして
けっきょく翌週の更新になってしまいました。
申し訳ありません。
「あー、良かった良かった、まだ無事だった……さて、と。」
急いで戻ったかいもあってか、何にも襲われず眠ったままの青年を前に、加藤は首を傾げる。頭を打った人間は、できるだけ動かさないことが重要だと聞いたことがあった。せめて首から上だけでも、このままの姿勢を維持してあげた方が良いのかもしれない。
「うーん…何か、使えるものはないかなぁ。」
どちらかといえば細身のはずの体形が全く分からないほど、非常にゆるいデザインの道化服のアチコチを探り、考える。いつもTRUMPのステージで披露していた、加藤の得意パフォーマンスは3つ。玉乗り、ジャグリング、そして手品であった。必要以上にぶかぶかのステージ衣装は、たくさんの手品の種を仕込むのに最適だった。管理が面倒だからと、ハトやウサギといった生き物こそ準備してはいなかったものの、生きていない物ならば、かなりの数が仕込まれている。
軽く腕を組んで暫く悩み、加藤はいくつかの風船と伸びるステッキ、それから丈夫そうな縄紐を取り出した。思いついてからは手早い。そっと持ち上げた首周りに細長い風船を巻き付け、ステッキを支えに肩から上が動かないよう、縄で固定する。ついでとばかりにカラフルで大きな布も取り出して、あっという間に銀髪青年の全身を簀巻きにした。
「うん、これでいいか……お待たせ。」
まるで捕えた獲物のようにも見える仕上がりに満足するとひとつ頷き、トカゲもどきを振り返って声をかける。初めはボンヤリと、そのうち何か言いたげな表情を浮かべて作業を眺めていた爬虫類は、数秒もの言いたげに加藤を見るも、しかし黙って先程と同じ道を歩き出した。
道行く1人と1匹の歩みは軽い。見るからに重そうな青年を、気合を入れて持ち上げようとした加藤を尻目に、いつも通りあのなにかが全身を駆け巡って、サポートした。大岩をほぼ垂直に歩いて乗り越え、敵らしい生物を迂回し、10m程の亀裂を助走もなしに飛び越える。
途中で日が暮れ、周囲が見辛くなれば、またすぐなにかの助けで真昼と同じような視界になる。どうしても避けられない敵に襲い掛かられても、トカゲもどきの威嚇か、小さい生き物なら加藤のひと蹴りで吹き飛ばす。銀の青年を気遣い比較的ゆっくり進んでいるとはいえ、飲まず食わずで3日3晩歩き続けても疲れはない。
そんなピクニック気分の行程を続けた4日目の夕方。加藤の耳にかすかな水音が届いた。思わずトカゲもどきの顔を見る。この数日、加藤の血を吸い続け、あっという間に1mを超える程まで育った生き物が偉そうに頷く。そこから少し歩みを早め、その日の夜中頃。ようやく目的地に辿り着いた。
その場所は洞窟のようになっていた。加藤が屈んでやっと通れる程度の入り口から、苦労して銀髪の青年を引きずり込む。育ってしまったトカゲもどきは入れそうになかった。
「グルガァ。」
大きさの増加に伴い、少し太くなった声でトカゲが鳴く。狭い入り口越しに加藤と目を合わせ、入り口を隠すようにその場に丸く、横たわった。
「そこで待っててくれるの?うーん、優しいねぇ、ありがとう。」
ここ数日の移動で、ほんの少し心が通じ合えた気がする加藤は微笑み、5m程のドーム状になった洞窟の中に目をやった。
美しい場所であった。奥の壁からチョロチョロと水が染み出し、壁一面に生した苔が青白く発光している。色合いは寒々しいが、空気は暖かい。
「すごいなぁ、眼福だねぇ。」
満足げにため息を吐き、洞窟の中心辺りに座り込んで、しばらく景色を堪能した。
「あ、そうだった。忘れちゃいけないや。」
たっぷり30分も呆けていただろうか。加藤はふと思い出したように立ち上がり、簀巻きの青年の様子を見る。相変わらず身体は冷たいが、生きてはいるようだった。
「困ったやねぇ…」
眉尻を下げて呟く。これだけ日が経っているのに状態が変わらないとなると、これはいわゆる植物状態とかいうものになったしまったのでは、と思ったのだ。
それでも出来得る限りのことはしてみよう、と動き出す。どこからともなく沢山の風船を取り出し、次々と膨らませ、細長いそれを筏のように縄で縛る。それから青年の簀巻きを解き、その上にそっと寝かせ、布をかける。大小さまざまの布をありったけ取り出し、全て青年の身体に被せた。
即席の寝台が出来上がると、小さな器を取り出し、染み出る水を汲んでみる。青白い苔の光に透かし、匂いを嗅いでみて濁りと臭気がないことを確かめ、舐めるように口づけてみた。不味くはない。意を決して飲んでみる。1口、2口。美味しい。少し硬度の高そうな味がするものの、害はないように感じた。
「これで、明日お腹壊さなかったら、この人にも飲ましてみようかなぁ。」
そう決めて、結果が出やすいようにと、もう何杯か汲んで飲んでおく。それから入り口に戻り、いつの間にか寝てしまっていたトカゲもどきがいつでも血を吸えるようにと、片手だけ穴の外に出して自分も洞窟で横になった。うつ伏せになり、光る苔に頬を付けると、ほのかに暖かい。ザワリ。体内であのなにかが蠢く感覚を感じながら、加藤は心地よい眠りに落ちた。
翌朝、指先を吸われる感覚に目を覚ます。身体が軽い。
「おはようー…え、なんか、凄くない?」
道中の遠慮がちな様子は何だったのか。そう尋ねたくなるような勢いで血を吸われていた。
ゴク、ぐびび、ゴクン。
加藤の懐疑の視線を物ともせず、食事を続けるトカゲもどき。それから実に数時間、加藤が途中で飽き、空いた方の手で手慰みに始めたコインマジックの練習を終えても、居眠りをして目覚めても、未だ続けられていた。
「ねぇ、そろそろ僕、干からびちゃはないかなぁ?」
すっかり日も登り、中天はとうに過ぎている。目覚めた時に感じた身体の軽さはすでになく、どことなく怠い感覚まであった。献血の何倍飲まれたんだろう、いくら何でも食べすぎじゃないか。そんなことをとりとめもなく考えていると。
「げふぅ。」
しごく満足気な声とともに、ようやく指が解放された。やっとか。そう思い、この夢のような世界に来て初めての疲れた感覚を味わう。
「もう、しばらくダメだからね。」
シュッと洞窟内に手を引っ込め、ジトリとした視線を吸血トカゲに向ければ、キョトン、としか言いようのない表情を返された。そのまま、ぐったりと倒れ込む加藤に目を向け首を傾げると、ツイツイ、と鼻先で洞窟の奥を指し示す。
「なーにー?」
暖かい苔に身を預け、緩慢な動作で示された方を向く。視線の先には、壁の湧水があった。
「……水を、飲め、と?」
ギギギ、と音がしそうな動作で首を戻し、巨大トカゲに目を戻せば。
「フンッ。」
当然だ、と言わんばかりの偉そうな鼻息だけを返され、続けてくぁーと大あくび。もう加藤には目もくれず、昨夜と同じように丸まって、寝入ってしまった。
「……むぅ。」
そういえば、ここに案内してくれる直前、せめて水がないとずっと血はあげられないって言った気がする。なるほど、理に適ってはいるよね、うん。と加藤は苦笑し、苔の上をゴロゴロと転がって水を飲みに向かった。
器も出さず、少し不貞腐れた態度で水を掬い、飲む。昨日と違い、甘いような味がある。味が変わったにもかかわらず、不思議と害はないと確信し、飽きるまでソレを堪能した。
「……うーん。すごい。」
しばらく飲むと、水はまた昨日と同じような味に戻った。身体に爽快感。甘みを感じなくなると同時に、身体も實解していた。
「悪いところがあると、治す、水……?」
さすが夢の世界、何でもアリだぁね、と独り言ちて。それならば、とさっそく湧水を汲み、銀髪の青年のもとに運んだ。
指先に水をつけ、そっと唇に触れる。十分湿らせ、優しく上下に開いてみると、しっかりと噛みしめた歯が見えた。
「……立派な犬歯。」
耳と尻尾に続けて見つけた獣らしい特徴に少し笑って、噛みしめたままの歯をこじ開けるのは止めておく。口の端に指を引っかけるように頬を伸ばし、歯列に沿って水を流し込む。できるだけ丁寧に、ゆっくり、じっくり。どうせ時間は山ほどあるのだから、と、日が暮れるまでの時間をすべて使って、器に6杯分の水を、口の中に入れた。
「とりあえずこんなもんかな。……ゆっくりお休み。」
丁寧な看病をおえ、最後にそっと耳元に囁いて、加藤は入り口付近に戻る。結局ずっと起きなかったトカゲもどきを見遣り、昨夜と同じようにまた片腕を外に出して横になる。
「あの水すごいなぁ。あのお兄さんにも効くと良いんだけど……ん?」
なんともなしに、壁を流れる水を眺める。キラリ。壁の一部、ちょうど水が染み出る部分に、何か鈍い光を感じた。
「なんだろう?」
惹かれるように立ち上がり、水の沸く亀裂を覗き込む。周りを囲む苔の青白い光と対照的に黒く、呼吸でもするかのようにゆっくりと明滅する、親指大の小石のようなものが詰まっていた。
少し悩んで、加藤はそっと手を伸ばす。隙間に指を差し入れ、ソレを抓んでみる。グニュリ。触ると案外柔らかく、硬めのグミのような感触だった。摘まんだまま指を引き抜く。障害が取り除かれ、流れ出る水の勢いが、ほんの少しだけ増した。
グニ、ヌヌム、グニ。
あっさり取り出せたソレを指先で弄ぶ。洞窟内の明かりを全て吸い尽くしそうな黒に、たまに紫か緑かわからない色で鈍く光る。どことなく、ずいぶん巨大になったあのトカゲの鱗を彷彿させる色合いだった。
グニュリ、グニ、グニュ。
幾度となく、抓んだソレを変形させ、見つめる。
美味しそう。
しだいに薄ぼんやりとしてくる思考の中で、何故か唐突にそう思った。
「……いただきます。」
パクリ。じっと見つめたソレを、何の抵抗もなく口に放り込む。
モグモグ、くちゃり、ゴックン。甘い。昼に感じた水の甘さと同種の味を感じる。身体が歓喜する。
ドクン。
全身のなにかが、今までになく激しく躍動した。
「……っ。」
声も出ない衝撃。膝からゆっくり崩れ落ち、倒れ込む。ついで、逆らいようがないほどの眠気に襲われた。なにかが全身を暴れまわり、苦しい。でも、そんなの忘れてしまいそうなほど、眠たい。周りの苔が、暖かい。
そういえば、この世界でモノを食べたのは初めてだった。えぇと、珍しいものを食べる夢の占いは、運気の好転と、新しい始まり……だった気がす…る。
そんなどうでもいい記憶をひっぱり出したところで、加藤は深い眠りについた。
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