異世界と加藤とはじめまして
数箇所、誤字の修整を致しました。
時間は少し、遡る。
鈍器で殴られたかのような衝撃に思わず目を瞑る。続けて感じる浮遊感と、投げ出され、落ちてゆく感覚。ひどい頭痛に耐えながら、目を開く。ぼやける視界に、髪の毛らしい金色が映り込む。
「じゃーぁぁっく!!」
ライブでも出さない大声で友人の名を呼ぶ。頭が痛い。こういうのを割れそうだ、とでも言うのだろうか。慣れないことはするもんじゃないな、と自嘲気味に思うが、笑っている場合じゃなさそうだ。もう少しだけ頑張ろう、と気合を入れてみる。
声に反応したのだろう。ほとんど見えない視界に、ゆるりとこちらに伸ばされた手を認識する。遠い。何度も飛びそうになる意識をどうにか繋ぎ、手を伸ばす。2度、3度、空を切る。届かない。でも、少しずつ近づいているような気がする。僕の方が軽いのに?一瞬だけ浮かんだ疑問はしかし、すぐに意識の彼方へ消えてゆく。
「じゃーぁぁっく!!」
もう1度叫び、徐々に遠のく意識を引き戻す。強く目を瞑り、開く。目の前に金髪。追いつけたのか。いつのまに?また浮かんだ疑問を、今度は意図的に追いやって、落ちてゆく身体を抱きしめる。細い。やわらかい。いい匂いがする。どういうことだ?さすがにコレは見過ごせない、と思ったところでどうしようもない。あぁもう…せめてあの有名な青い首飾りの三つ編み少女みたいに、ゆっくりと降りていけますように。最後にどうでもいいことを想って、意識を闇に溶かした。
「うぅー……ん。…いや、いくらなんでもソレはさ。どうかと思うんだよねぇ。」
薄暗い谷底に、かすれた声が反響する。しごく嫌そうだが、どことなく気怠く、甘たるい。
「だからさ。やめときなよ、ソレはさ。その筋肉で、女装とか。ホントに何を考えて……んぅ。」
二股の大きな三角帽子に、ギザギザの襟飾りが付いたサイズの合わない服。どちらもピンクと紫のストライプで、黄色や緑、金銀の派手な飾りが縦横無尽に付けられている。左の頬には真っ赤なハートマーク。右の目じりに大きな涙。やけに白く塗られた肌に、数倍大きく描かれた唇。
道化姿の彼が、うっすらと目を開く。2度、3度と瞬いて、ほっと息をつく。なーんだ、夢か。
むくりと起き上がり、左右を見回す。先ほどまで見えていた、フリフリのミニスカートを穿いた友人の姿はない。あぁ良かった、と、改めて胸をなでおろす。アイツはよりにもよって、何故か動けない僕にすね毛を見せつけ、ウッフンアッハンと魅惑のポーズを取り続けたのだ。たとえ夢でも許せない。いつか言いふらしてやる、変態め。
軽く右手をつき、ゆっくりと立ち上がる。うーっと伸びをする。少し頭が重いが、それだけだ。うんうん、良いね。今日も僕は元気ですよっと。
そこまで思って、やっと加藤は考えた。それで、ココってどこなんだろうね?と。
ぐるりと周りを見回してみる。岩、岩、岩。岩しか見えない。頭上を見上げる。ゴツゴツとした岩壁に挟まれるように、光の筋が見える。ふむ。どうやらここは谷底で、地上はかなり遠いようだ、と判断する。困ったね。
それでも、ずっとこの場にいたって仕方がない。少し移動してみようか、と思い立つ。まずは出来る範囲で高い所へ。もう少し遠くが見えるようになれば、何か見つかるかもしれない。水とか、水とか、ご飯とか。ひもじいのは、ちょっと嫌だし。
加藤はのんびり歩き出す。まずは自分の背丈程度の岩に、とりかかる。岩肌の凹凸に足をかけて、よじ登る。そこから1mほど離れた岩に跳び移り、またその隣に登る。似たようなことを繰り返し、どんどん登る。3mほど離れた岩めがけて跳び、背丈ほどの高さなら、軽く飛び跳ねて上がれるようになる。これはおかしい。
少し大きめの岩にたどり着くと、加藤は登るのをやめ、下を覗き込んだ。軽く50mはある。それだけ登ったにもかかわらず、たいして疲れていないどころか、徐々に身体が軽くなってきているように感じる。目を閉じ、自分の身体に意識を向けてみる。なにか、今まで感じたことのない力が、心臓から血液に乗って、どんどんと全身に送り出されているような感覚。それから、身体中の細胞がそのなにかに喜び、次々と貪り食っていくような。上手い例えは思いつかないが、増えるワカメ…ではなくて、乾いたスポンジを水に入れた時のように、形は変わらないけども、みるみるうちに吸い込んでいく。そんな感覚があった。
「………。」
ぶんぶんぶん。首を大きく振って、ヌルリと思考に這い寄ってきた昨夜の記憶を排除する。目が覚めてからずっと、考えないようにしていたのだ。2130地下の観客席を包み込んだいかにも怪しい魔法陣に、その中心にいた友人。それから、彼に手を伸ばしてしまった自分についても。そんなモノと、今の状況を重ねてしまうわけにはいかないのだ。
気を取り直して、遠くを眺めてみる。そう、今はとにかく、水と食べ物を見つけなくてはならないのだから。そんなことを考えている余裕なんてないのだ。
誰にともなく言い訳し、目を凝らす。またあのなにかが流れ込んできて、目が熱をもったように感じる。ズキン。眉間が痛い。まさか。
右目のコンタクトを外して、左目を閉じる。暫し。背中に冷や汗。空恐ろしい気分になりながら、左目のコンタクトも外し、左右まとめて指で潰した。
「いちばん上の、Cだって、見えなかったのになぁ……」
ほんのわずか、寂しそうに呟いて。遠くを見ようとすればするほど、応えるように良くなる視力に、そっと苦笑を漏らした。
岩だらけの谷は、高い岩肌に挟まれた、幅200m程の細長い場所のようだった。通路のようにも思える左右を見比べ、どちらに進むべきか考える。あまり違いはないようで、5km先でも見えそうな現在の視力をもってしても、岩以外なにも見つけられない。軽く肩をすくめる。諦めて適当な方に進もうとしたその時。視界の隅に銀色の煌めきがかすめた。数歩移動し、2km程先の岩陰に、鈍く光を反射する銀色を認識する。
少なくとも岩以外の何かがありそうだ。そう思った加藤は、少しずつ人間離れしていく身体を軽やかに操り、目標に向けて跳んでいった。
これからも、1話毎に視点が変わる予定です。
読みにくい等ございました、ご指摘ください。