2-3
「ビジョウが処刑するのは、何時だって最低限の人数だ。例え、罪人に身辺者や仲間がいても奴は絶対に余計には殺さない。何故だか分かるか?」
グアラザ自治領中央塔の外。粛清の行われている広場とは反対の場所で、革命軍が撤退を始めていた。彼らは混乱に乗じて警備の手薄になった中央塔に入り込み、彼らの目当ての物を見つけ出した。
「生かしておけば労働力になるから……、ですか?」
「違うな。それもあるかもしれないが、奴の本心は別にある」
語るのはダストレイ・テンバー。革命軍の仲間に彼は語る。
「ビジョウは敵を作っているのさ。わざと人に憎しみを抱かせて、復讐を誓わせる。自分に歯向かってくる者を、意図的に増やしているんだ」
「……、何故?」
「簡単なことだ」
ダストレイは街の雑踏へと混ざり込み、追っ手の兵から姿を隠す。語りながら、街の中へ溶け込んで。
「奴は人を蹴落とすのが好きなのさ。躍起になればなるほど、悔しそうにすればするほど、あいつは嬉々として迎え撃つ。そして、敗北させるのさ。完膚なきまでに」
「非天の男のように……、ですか」
「そうだ」
空中に投射されるディスプレイの映像を見て、ダストレイは笑う。非天の男は負けた。そう、正に完膚なきまでに。街中の人々が見守る中で。
「あんな風に、な」
「……、バンボ……」
血の気が失せた唇が、微かに動いて。バンボは顔を上げた。フジナミが言葉を発すると同時に、僅かに息を吹き返したのが分かった。
「そこにいるのか……?バンボ……」
「フジナミさん!」
バンボは急ぎ、近くに落ちていたローブを拾い、身に纏った。そして、ビジョウに叩き落とされたヴィブロブレードを見つけ、それでフジナミを縛っていた縄を切った。
バンボはフジナミを背負ってその場を離れ、広場を出て大通りを駆けていく。年に一度、あるかないかのどしゃ降りの雨の中、バンボは医者の下へと走る。
「バンボ……。もういい……、俺は……」
「いいえ!まだ、まだ医者に診せれば……!」
珍しい雨にはしゃぐ人々の中、バンボはフジナミを背負ってひたすら進む。視界の悪い雨の中、高揚する彼らには、バンボたちの姿など目にも入らず。
「どけ!どいてくれ!!」
フジナミはぼやける視界に映る、仮面を被った横顔を見て、力無く笑った。
「お前だったんだなぁ……。バンボ…。非天の男とかいう奴は………」
バンボはフジナミが弱弱しく語るのを聞きたくなくて、必死に駆けて。
「助けに来てくれて…、ありがとうなぁ……」
「静かにしていてください!無理をしたら、傷が……!!」
フジナミはバンボの背中で揺られながら、何処か遠くの方を見て、話すのを止めようとしなかった。
「お前になんとか給料をやろうと思ったら、この様だ……。革命派の奴らに弾を作って、売っちまったよ……。お前には、かえって悪いことをした………」
走る。走る。ひたすらに。
「仕事を覚えるのも遅い……、居眠りもする……。仕様のない奴だったよ。お前は」
雨粒弾いて、歯を食いしばり。
「でもなぁ……。お前と一緒にいるのは、悪い気分じゃなかった……」
「フジナミさん!!!」
雨音をくぐって聞こえてくる声は、次第に小さくなっていく。フジナミの命が、消えていく。
「また息子ができたみたいで、嬉しかった……」
バンボは医者をやっている民家の前に着き、焦りをドアを叩く力に変えて、医者を呼んだ。
「おい!おい!!開けてくれ!!怪我人だ!!開けてくれ!!!」
しかし、ドアを開けた医者がバンボとフジナミの姿を見ると、悲鳴を上げて、すぐさまドアを閉めてしまった。
「帰れ!お願いだから、俺を巻き込まんでくれ!!」
ビジョウに逆らう仮面を被った非天の男と、処刑された罪人。この二人に関わることを医者は恐れ、決してドアを開けようとしなかった。
「おい!!頼む!頼むよ!!銃で撃たれてるんだよ!!おいっ!!!」
「バンボ」
フジナミが放った力強い声に、バンボは全てを悟ってフジナミを背中から降ろす。
「フジナミさん……、なあ……!俺は、俺はまだ……!」
仮面を外し、フジナミの前に膝をつくバンボは、もうとっくに泣いていた。バンボの頬に伝う雨に紛れた涙も、フジナミにははっきりと見えるようで。
バンボの頭に震える手を優しく置いて、フジナミは最期に言った。
「ありがとうな……、バンボ……」
子供のように泣きじゃくるバンボに、息子に語りかけるように。何時か、遠い昔に失くした、温かい感情を胸に感じながら。
「お前は……、後悔しないように生きろよ……」
穏やかにそう言って、フジナミは静かに目を閉じた。
「フジナミさん……?フジナミさん!!!」
雨に打たれて叫ぶ青年は、この日。
ビジョウの手によって、再び全てを失ったのであった。
「見つけたぞ」
雨を吸った重い土を踏みならす足音が、雨音の向こうからやって来る。巨大な機械を操って、怒りを堪えてやって来る。
「困るじゃあないか。勝手に死体を持ち出してしまっては」
大きな鋼鉄の四肢と、視界方向に広がる重力シールドを持つ操縦席でできた巨人。そこに乗り込むのは、グアラザ自治領警備団長、ジーロ・サントス。
粛清会場から出ていくバンボを追って、ジーロはここまでやって来た。息を荒げて、顔は怒りに歪められながらも、笑っていた。フジナミの遺体から離れ、仮面を付けて振り返ったバンボをジーロは睨む。
「貴様のせいで、我が妙々たるグアラザ自治領警備団は事実上の壊滅だ」
「……」
「恥をかかせやがって。俺はどうかしていたようだ。貴様のような雑魚にびびっていたなんてな。あぁ?この変質者が」
ジーロは広場で晒されたバンボの醜態を思い出し、笑う。対するバンボは物言わず、ジーロの前に佇んだ。
「あれだけ好き勝手にやって、生きて逃げられると思ったか?!」
ジーロの乗り込む重機が唸りを上げる。四肢を駆動させる電動機が回りだす。
「ぶち殺してやる、今度こそ!!そこに転がってる、負け犬の貧乏野郎のようになぁ!!!」
瞬間。ジーロの重機、その右肩から光が溢れ、爆発して煙が上がる。
ジーロが何が起きたのかを理解した時には、ウィンチに曳かれながら重機の肩をナイフで切りつけたバンボが、ジーロの背後に着地していた。銃弾も砲弾もよせつけない重機の装甲を易々と切り裂いて、振動するバンボのナイフは雨の中、鈍く輝く。
そしてもう一度、バンボはウィンチを射出する。体を重機の上空へ引き上げ、重機の左肩へ着地した。
「この……!」
ジーロがバンボを振り落そうと重機の身をよじらせた。
しかし、既にもう重機の左肩は深くナイフで抉られて。雨が多量に入り込み、電光を走らせた後、煙を上げて爆発した。
「貴様……!貴様ぁ……!!」
バランスを取り、なんとか倒れることだけは避けた重機に、次々と差し込まれていくヴィブロブレード。
右足、左足、胴部。
何度も、何度も、何度も。瞬く間に切り裂かれ。
「こんなことが……!そんな馬鹿な!!」
全身の爆発と共に、可動部を全て失って、ジーロは重力シールドで守られた操縦席ごと地に転がった。
激しく脳を揺さぶられ、ジーロはふらつく意識に蝕まれ、身動きが取れなくなった。
バンボは操縦席を守っているシールドの根本。シールドを発生させる装置が隠された、シールド周辺の装甲をナイフで切り裂いた。
すると、シールドはエネルギーの均衡を失くし、形を保てなくなり、消滅した。
「やめろ……、やめてくれ……」
丸裸になった操縦席に、バンボが足を踏み入れた。命乞いするジーロの前に、バンボは振動し続けるナイフを持って立つ。
「俺は……、俺はビジョウに脅されてただけなんだ……!生きていくために……、仕方なかったんだ!皆そうだろ?なぁ!!」
「お前は奪う方を選んだ。選んだのは、お前だ」
「待て……、待て、待ってくれ!」
バンボの手が振るわれて、手に持つナイフがジーロの喉を切り裂いた。
「自分で選んだ……、道なんだ……」
血を吹くジーロの死体を背に、仮面を外したバンボは、フジナミの遺体に目をやった。
そして、雨に打たれながら、バンボは唇を強く噛み締めた。
バンボはフジナミの遺体を背負って、歩き出す。
背中にかかる重みを感じた。
フジナミの体から、すっかり温かさがなくなっているのに、バンボは気が付いて。
「冷てぇ……。冷てえなあ。フジナミさん……」
鉄工房へ向け、一歩ずつ。
残された全身の力を振り絞り、傷だらけの体を動かして。
「もう、一緒に酒も飲めねえや……」
バンボはフジナミの思い出と一緒に、降りしきる雨の中に消えていった。
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第二話 完