第八話 過去 -サントリデロにて- その九
フライエ・ランスヘルムは死んだ。
バンボは立体映像ディスプレイを通して、その事実を目の当たりにし、彼の中で悲しみと怒りはごちゃ混ぜになっていき、彼の口から激昂の言葉を上げさせた。
「絶対に殺してやる……! ビジョウ……! 絶対に……!!」
スピーカーから、ビジョウの声が流れてくる。バンボはそれを怒りに震えながら聞いた。
「フライエ・ランスヘルムは負けた! よって、この街と諸君には、約束どおり滅んでもらう! 安心したまえ! 私は、ずっとここで諸君の死に様を見届けよう!」
ビジョウの楽しそうな声に、バンボの怒りは煽られて。
「それでは、さようなら!」
簡潔に、一言でビジョウは話を締めた。
それに合わせ、白い嵐が急速に広がって、本格的にサントリデロを嵐で埋め尽くし始める。同時に、上空から雪のような白い微粒子状の機械が降り始めた。
「バンボさん!」
バンボの所に慌てた様子でラスターがやって来た。白い嵐に恐怖してのことか、酷く狼狽しているようだ。
「ラスター、他の人たちは?」
「それが……」
ラスターに連れられて、ササニシキたちがいたサントリデロの入口付近に赴いたバンボは、そこで暴動が起きているのを見た。
「よこせ! こんなでかい嵐を抜けるのに、たった一つで足りる訳ねーだろ!」
「おい! それは俺の水筒だ! いい加減にしろ!! その手を離さないとぶっ殺すぞ!!」
「落ち着け!! 落ち着くんだ!! 嵐がすぐそこに来てるんだぞ!!」
脱出するためにサントリデロの入口に集まった人たちが、白い嵐に阻まれているうちに、恐怖と閉塞感の余り、冷静さを失い始めた。
皆、己が生き残るために水筒や乗り物を奪い合っている。ササニシキが必死に場を鎮めようとしているのも虚しく、熱狂は広がりを見せるばかりで。
「ササニシキさん!」
「来るな! バンボ!!」
ササニシキに近寄ろうとしたバンボを、ササニシキが手で制止した。
バンボが立ち止まると、ササニシキの周囲を白い嵐が飲み込んだ。嵐に包まれて、混乱は更に大きくなり、嵐と共にササニシキを死の淵へと連れて行ってしまう。
「お前は生き残れ! バンボ!! フライエさんの分まで!! いつか、エメルダに会ったら、その時は――――!!」
ササニシキは最期まで声を大きく張り上げて、嵐の中に消えていった。
「なんだよ……。なんなんだよ……。おかしいだろ……。こんなの……」
バンボの日常を形作っていた者たちが消えていく。
「もしかしたら、上手く皆で逃げられるかもしれない」。そんなバンボの淡い期待を撃ち砕く現実を、白い嵐の中で彼の目は捉え続けてきた。
「バンボさん! これ、バイクですよ!」
呆然自失のバンボに代わり、ラスターが近くに浮遊式の無輪バイクを見つけた。ササニシキたちによって集められた乗り物のうちの一つだと思われた。
「これがあれば助かりますよね!? ね! バンボさん!」
バンボはラスターの顔を見て、我に返った。何故なら、ラスターの顔は酷く引きつっていたからだ。
バンボは自分よりも年下のラスターが精神的に追い詰められているのを見て、無理矢理気を持ち直した。
「ああ。大丈夫だ。でも、バイクだけじゃ足りない。この辺りに水筒が落ちてるはずだ。インドラジットの人たちが集めたやつだ。少し待ってろ」
バンボは白い嵐の中に飛び込み、その中から水筒を十個掻き集めて戻ってきた。
「バンボさん! 大丈夫ですか!?」
「平気だよ。ほら、これを――――」
息を荒くしながらバンボがラスターに水筒を渡していると、彼らの近くに忍び寄ってきた人影が突然叫んだ。
「バンボ! それよこせよ! そのバイク!! なあ!」
それは一人の青年。バンボと同じ歳の、寺子屋で一緒に授業を受けていた男子だった。
「死んじゃったんだよ……! かっちゃんも、寺子屋で一緒だったやつらも、みんな! 俺は……、俺はあんな風になりたくない! あんな……、苦しそうに死にたくないんだよ!!」
青年は三つの水筒を左手に、一丁の拳銃を右手に持って、バンボたちにじりじりと迫って来た。
「馬鹿野郎!! まだ他にも乗り物はある! だから――――!」
「だったらどけ!! バンボのくせに!!」
青年は拳銃を向けて威嚇しながら、バンボの横を通り過ぎ、バイクのハンドルを握っていたラスターをバイクから離れさせた。
「止めろ! おい! 水筒だってそんなんじゃ足りないぞ!」
「うるせえ! 俺は逃げるんだ……。早く、こんな所から……!」
「おい! おい!!」
バンボの呼びかけに耳も貸さずに、青年はバイクに乗って嵐の中に走り去ってしまった。
「バンボさん! バイクが!! どうしたらいいんですか!? もう嫌だ!! 僕だって死にたくない!! 嫌だ、嫌だ!!」
「大丈夫だ。心配するな。今、探して来てやる」
そう言い残して、バンボは再び嵐に飛び込んだ。記憶を頼りに、視界の悪い嵐の中でバイクを探す。
「バンボさん!! バンボさん!!」
ラスターが心配するのも束の間、バンボは言った通りにバイクを見つけ、それに乗って嵐から戻った。
「ラスター。お前はこれに乗って、サントリデロから逃げろ」
「え……? じゃあ、バンボさんは?」
バンボは十個の水筒に紐を巻き付け、全てバイクに固定した。
「俺は……、ビジョウの所に行く」
ラスターはバンボの正気を疑った。ビジョウの名を聞くだけで、ラスターの全身から冷たい汗が噴き出した。
「嘘でしょう!? どうして!?」
「ビジョウがすぐそこにいるんだ。ずっと遠い存在だったあいつが、すぐそこに。上手くやれば、この状況を利用してあいつも窒息死させてやることもできるかもしれない。だったら、俺はあいつを殺しに行く」
ラスターは汗を拭うのも忘れ、息を呑んだ。
バンボは本気だ。本気で、ビジョウ・グアラザに挑むつもりなのだ。
「勝てる訳……、ないじゃないですか! バンボさんだって見たでしょ!? ビジョウの強さを!」
「……、関係ない」
嵐が次第に迫ってくる中、ラスターはバンボの言葉に耳を奪われた。
「強いとか、弱いとか、関係ない。あいつより弱くたって、俺が勝つ……!」
バンボの目は、声は、こんな絶望の中であっても、在り得ない程に力強く。
「それが、俺の復讐だ」
それらは、ラスターの胸にも、落ち着きと勇気を取り戻させてくれるような強さがあった。
「……。そうですか……。分かりました……」
ラスターはスロットルを全開にして、バイクのエンジンを吹かした。バイクが宙に浮きあがり、走り出す体勢が整う。
「僕はあなたを信じます。バンボさん。どうか……、御達者で」
「ああ。元気でな、ラスター。さあ、行け!」
ラスターはバイクで走り出した。嵐を越え、生き残るために。
「バンボさん! ありがとうございました! 本当に、本当に!! この御恩は、一生忘れません!」
一人残ったバンボに、ラスターは何度もお礼を言った。バンボの姿が見えなくなっても、ラスターは心の中で感謝の念を送り続けた。
先の見えない嵐の中をひたすら直進し、酸素が空になった水筒の数が増える度にラスターは不安に襲われた。
そして、全ての水筒の空気がなくなり、ラスターが絶望に駆られ始めた頃。ラスターは遂に白い嵐を突破した。
嵐の中ではまるで夜のように暗かった空は、荒野に出ると夕方の橙色に染まっていた。
ラスターは高く巻き起こる白い嵐と、遥かに続く広い荒野を目に、胸に風が入り込んでくるかのような寂しさを感じた。
死体から水筒を借りながら嵐の中を進み続け、バンボはサントリデロ中央政府ビルに辿り着いた。
ビルの長い階段を上っていく間、段差を上がるごとに、バンボの中に恐怖が積み重なっていく。
一歩進むごとに、ビジョウとの距離が縮まっていくのだ。両親をビジョウに殺されてから十五年。毎日、この時を夢見てきた。
ずっとずっと、この時のために努力してきた。ビジョウに勝つために、全てを懸けて励んできた。
バンボのこれまでの人生。その全てが試される時がやって来た。
屋上の手前まで来た時、バンボはその足を止めた。
積み重なってきた恐怖と、フライエがビジョウに殺される様が、バンボの体を震えさせる。足はすくみ、歯はがちがちと音を鳴らした。
ビジョウ・グアラザが恐ろしい。
バンボはビジョウとの再会を前にして、心の底からそう思った。
いっそのこと、来た道を引き返してしまいたい。バンボはそんな情けない思考に陥って、足を一段下ろした。後ろに戻す足は驚く程すんなりと動き、バンボはそのまま逃げ出したくなる衝動に駆られた。
けれど、バンボが下げた足が何か平たい物を踏み、バンボは思わず飛び跳ねた。
それは、フライエが被っていた仮面。仮面はビジョウに蹴り飛ばされた時、この階段に落ちていたのだ。
不思議と仮面に惹きつけられる物を感じたバンボは、恐る恐る仮面を拾った。
「どちら様でしょう?」
「!?」
仮面から聞こえてきた声に、バンボが驚いて目を見開いた。
「……、生きてるのか?」
「表現の仕方はお任せします。生きているとも言いますし、生きてはいないとも言います。私にその区別に対する興味はありません。どうぞご自由に」
「……」
バンボは掌の上にある仮面が、立体映像ディスプレイに映っていた、フライエが被っていた物であることに気付いていた。
「身長、体重等の身体的特徴が一致。あなたはバンボ・ソラキですね?」
「え? なんで……」
「マスター、フライエ・ランスヘルムからあなたの情報を登録されています。マスターはあなたの話をよく私に聞かせてくれました。マスターがお亡くなりになられた今、あなたなら、私の力をお貸ししても良いと私は判断します。私の所有権を、フライエ・ランスヘルムからバンボ・ソラキに移行しますか?」
この仮面が言っていることが、バンボには何となくであれ、理解できた。
フライエが被っていた仮面。それは、フライエがバンボにくれた、最後の一押しだったのかもしれない。
「つまり……、手伝ってくれるって訳か。あいつを……、ビジョウを殺すのを」
フライエとの思い出が、バンボの心に蘇る。一つ一つの思い出が、バンボの心に火を灯す。
「はい。私にも、フライエ・ランスヘルムの仇をとらせてください」
「そうか……。分かった」
そう。
そうして、バンボ・ソラキは仮面を被った。
「お前は俺が預かった! 登録しとけ! 所有権!!」
仮面からリアライズシステムが噴き出して、その輝きでバンボの髪が白く染まる。
仮面を被ると、不思議とバンボの胸に勇気が湧いた。ただ顔が隠れたからなのか、フライエが力を貸してくれているような、そんな気がするからか。理由は定かではなくとも、バンボの体の震えは和らいで。
「生体情報登録完了。所有権、移行完了。バンボ・ソラキ。以後、私はあなたの命令に従います」
「仮面! お前の名前は!?」
バンボが進む。屋上の光へ向け、暗い階段を登って行く。その足は次第に速度を速め、走り出す。
「“アーカーシャ”。アーカーシャとお呼びください。マスター」
「よし!」
そして、バンボは――――
「地獄まで突っ走るぞ!! アーカーシャ!!」
ビジョウ・グアラザの前に――――




