2-1 決戦 -河原に鬼がやって来る-
三か月前の事だった。
バンボが使いに出て店を開けている間、フジナミが鍛冶と店番の両方を一人で担っていた時の事。半年以上の間、バンボに給料をあげられていない現状に、フジナミが頭を抱えていた所へ、とある客がやって来た。その客はフジナミに釘を二百本程注文すると同時に、法外な仕事を持ちかけた。
「あんた、金に困ってるんじゃないのかい?ならさぁ、いい仕事があるんだよ。ちょっと変わった物を作って欲しくてさ。作り方はこっちで教えるし、何より安全だ。そこらに出回る物じゃないから、足が付きづらい。報酬もそっちの希望を聞こう」
フジナミはもしもの場合を恐れ、その客が注文の釘を受け取りにまた店に来るまで、一旦返答を見送った。
だが。
「ただいま戻りましたー」
使いから戻ってきたバンボを見たフジナミは、バンボが所々が破れたみすぼらしいローブに身を包み、少し痩せこけた頬をしているのに気が付いて。
「バンボ…。お前、昨日飯食ったか?」
「え?あー、まあ、ちょっとぐらい食わなくても平気ですんで」
そう言って明るく笑うバンボに、フジナミは胸を痛めた。
「……。今日はうちで食ってけ」
「本当ですか!?」
そして五日後、フジナミは客と取引をした。頼まれたのは、銃弾の製造。立派な違法行為。
もし、ビジョウに見つかればどうなるか分かっていたのに。己だけでなく、バンボにまで危険が及ぶかもしれないと、分かっていたのに。
彼は、それをしてしまったのであった。
グアラザ自治領中央塔。
最上階ではないが、高い高い位置から地上を見下ろせる程度の階に作られた絢爛豪華な部屋。
懐に隠し持っている携帯端末が振動するのに気が付いて、ケアンはベッドの上で目を覚ました。美しい金色の長髪が乱れているのもお構いなしに端末を取った彼女は、差出人の名前を見るや顔を赤らめ、ぱっと笑顔を顔に咲かせた。
「わ、わ、来た……、来た!へ、返事来た!」
焦りながらも嬉しそうに、携帯端末に届いたメールの差出人の名前を確認する。
“フライエ”。
本人の名前とは違えど、それはバンボ・ソラキの持つ端末を示す名前であった。ケアンは高鳴る鼓動を落ち着けようと胸に手を当て、深呼吸を二回。どうにも落ち着く気配がないので、諦めてそのままでメールを開くことにする。
画面に指を当て、懲りずにもう一度深呼吸をした後、メールのアイコンを押した。
「……、え?」
メールの文にケアンは目を通していくが、その内容は彼女の顔から喜びの色を綺麗に消し去ってしまう。
バンボがケアンに送った文、それは。
“ランムリア様。ようやく送れた返事がこのような物になってしまったことを、どうかお許し下さい。手紙のやり取りができるのは、これが最後になるかもしれません。貴方の送ってくださるお手紙はいつも楽しそうで、僕は大好きでした。今までありがとうございました。僕も、貴方にお会いしたかったです。”
「どうして……?」
別れのメールを読み終え、端末を握りしめたままケアンは窓に駆け寄って。遥か遠く、目下に広がるグアラザ自治領を見渡した。
この何処かにいる彼。
彼女が仄かに憧れる、まだ見ぬ非天の男の姿を、遠い景色の中に探すけれど。遠すぎる地上は残酷なまでに小さく見えて。
ケアンはメールの送り主のことを想い、やがて、胸が締め付けられる寂しさに涙を流した。
第二話 決戦 -河原に鬼がやって来る-
「あれって……?」
「非天だ」
「え?本物?」
「本物の非天の男が出た!!」
広場を見下ろす非天の男。
バンボ・ソラキの姿に静まり返っていた広場が、徐々に音を取り戻す。民衆の声と共に、兵たちも我に返り銃を構えた。
「降りてこい!!誰であろうと、我々の妨害は許されないのだから!!」
ジーロ警備団長が叫ぶ。兵たちが威嚇する。
広場へ戻ろうとするバンボに、屋上に降ろされたラスターは残った力で立ち上がり、言った。
「バンボさん、僕は大丈夫ですから……、後は……」
「一人で逃げられるか?」
「ええ。ありがとうございます。また、助けられましたね……」
「……、行け」
「はい!」
ラスターが建物から建物へ飛び移り、離れて行くのを見送って。
バンボは屋上から飛び降り、ガン・ウィンチを使ってステージへと降りる。兵たちの前へ、捕えられた人たちの前へ。
「こいつ……!」
余裕を持って恐れもせずに、自分たちの前に降り立ち、堂々と歩むバンボに兵たちが襲い掛かる。
「リアライズシステム、正常。白兵戦補助プログラム、起動済みです。御武運を」
「ラスターを追うやつがいないか警戒しろ。狙撃手がいないかも確認しておけ。アーカーシャ」
吸着性合成樹脂でこめかみを圧迫することで固定される仮面から聞こえる音声に応え、命令を出す。
バンボは兵の剣を避け、小さく跳んでその背中に身を転がせて背後に回り、着地と同時に銃を抜いて、兵の腹を打ちぬいた。
バンボの動きに反応できずにいた、すぐ傍の兵の手からバンボが銃を蹴り飛ばし、鳩尾を殴る。
「調子に乗んじゃねえ!!」
残された一人の兵が銃を構える。それを見るやバンボは腰を低く落とし、体勢を変えた。
すると、バンボの視界を覆う仮面の内側に表示されるモニターに、前方にいる兵が構える銃の部分に、四角い枠が引かれた。さらに、銃の引き金の部分が枠の中に拡大表示され、シミュレートされた銃の弾道が点線で表示された。
兵がバンボに狙いをつけ、引き金を引いた。
だが、弾は当たることなく。
“まるで何処に弾が飛ぶか、いつ引き金が引かれるか分かっているかのように”、バンボは銃弾を次々に避けて見せた。
「あ……、あああ……」
弾を避けながら、恐怖する兵の眼前にまで迫ったバンボが、兵の顔面を殴り、気絶させ。
僅か十秒たらずの内に、ステージの上にいた兵たちは倒された。
残されたジーロ・サントスは重機の操縦席から、その光景を僅かに戦慄しながら観察していた。
「成程、少しは闘えるようだ。だがそいつらは所詮、訓練もろくに積んでいない平民あがり。本当の兵士というものを教えてやろう」
中央塔から二列に並んで広場に駆けこんでくる兵士たちは、皆、全身を鋼鉄のアーマーで覆った上に機関銃を持っている。
兵は広場を横断するように整列し、しゃがんだ前列の兵と立ったままの後列の兵共々、バンボに向けて一斉に銃を構える。バンボの背後には、フジナミを含めた捕らえられた十人と民衆がいる。民衆は流れ弾を恐れ、逃げ出し始めた。
しかし、フジナミたちは逃げられない。彼らはそこから動けない。
「暴徒鎮圧戦闘部隊!剣も銃弾も通さぬ圧倒的装甲!総員二十名の一斉射撃を以て御退場願おう!」
「どうかしてるよ。お前ら」
バンボの被る仮面のモニターには、銃弾が飛ぶ可能性のある範囲が赤色で表示されている。他の人々に弾が当たらぬよう、バンボは狙いを逸らすため、空へと左手を伸ばしてガン・ウィンチで飛び上がる。
「上だ!ぶち殺せ!!」
バンボを追って空に銃口が向けられ、機関銃が音と硝煙を立てて弾を打ち出した。しかし、誰も空に飛んだ筈のバンボの姿を捉えることができない。
ガン・ウィンチの射出速度と巻き上げ速度、そして、バンボの洗練された操作はバンボを除くその場の全員の遥か想像の上を行く。兵たちが彼を見失ったのだと気付いた時にはもう既に、バンボは彼らの後ろに着地していた。
「何処に――――!?」
身をかがめ、踏み出すバンボが右手に持つは一本のナイフ。
左掌で底を押さえながらダイヤルを回し、安全装置を解除する。右手の親指で鍔の裏にあるスライドスイッチを叩きずらし、刀身を振動させた。
兵たちのど真ん中へ入り込んだバンボは、超振動するそのナイフ、ヴィブロブレードで兵のアーマーの装甲を易々と切り裂いて、兵の首本に刀身を突き刺した。
その間、正に刹那の如く。
「え……?」
ナイフを抜かれた兵は、何が起きたか理解もできずに倒れ伏す。
理解が追いつかぬのは他の者たちも同じことで。バンボは流れるように兵たちの装甲を切り裂いて、腕を足を切りつける。銃を断ち、肉を断ち。闇雲に撃たれた銃弾を、切った兵の体で防ぎつつ接近し、脇を通り抜けざまに横腹を切る。
それを傍で見ていた、ジーロ・サントスは。何時の間にか足を止めていた、広場から逃げようとしていた民衆たちは。
目の前で起こっていることを幻でも見ているかの心地で見つめていた。
避けて、切り付け、避けて、切り付け。バンボはナイフに血の帯を引かせながら、舞う様に。
暴徒鎮圧戦闘部隊。集まった総勢二十名。グアラザ自治領でも選りすぐりの力を持つ、訓練を積み武装した兵たちを相手に、バンボは遂に一人で全員を戦闘不能に陥らせた。
「なんだ……、これは……」
圧倒的優勢を誇っていた筈なのに。グアラザ自治領でも有数の腕を持つ兵たちであったのに。
ビジョウ・グアラザから支給される中でも最高の装備を備えていた彼らは皆、一人の青年の手によって地面に這いつくばっている。
「この人たちを解放しろ。そうしたら見逃してやる」
仮面を被り、白い鱗粉を体の周りに浮遊させるバンボの姿は、常人ではない異常さを感じさせる。
「……」
ジーロは委縮してしまった自身を嘲笑う。
――――何を恐れる必要がある?自分にはこの強靭な重機がある。ただの兵をあしらう程度のこと、自分にだってできないことではない。
「俺に勝てる気でいるのか?ボケが。そいつらはなぁ!秩序を乱した罪人なんだよ!!」
――――そうだ。そうだ。
――――自分には力がある。他を圧倒するこの四肢持つ機械が。
「金欲しさに敵に協力した裏切者なんだよ!!」
――――こんな餓鬼一人、恐れるに足らぬ。
「死んで然るべきの、社会のゴミなんだよ!!!」
「金が必要になるように仕向けといて、よく言う」
ジーロの荒げた声を、バンボは苛立ちながら聞いていた。全ては力を振りかざした傲慢に過ぎない。バンボはナイフを持ち直し、ジーロに体を向けた。
尻ごみする様子のないバンボに焦る自分を否定するように、ジーロは叫ぶ。
「その武装の数々。何処で手に入れたのかは知らんが、お前が持つには過ぎた代物だ」
ジーロが搭乗する重機が巨大な腕を振りかざすのも意に介さず。バンボは恐れることなく近寄って。
「没収させてもらおう!雑魚共相手にいい気になるのも、今日が最後だ!」
超振動するナイフを両手で構え、体勢を低く。
「このジーロ・サントスの前に出てきたことを後悔するがいい!!」
ジーロに向け、走り出す。
「待て」
「危険です。二時の方向に回避してください」
空から聞こえた声。
そして、仮面の内側のスピーカーから聞こえた声。
人工知能、アーカーシャがバンボに伝えた迫りくる危険。バンボが走る勢いのまま右斜め前へ飛ぶと、彼の左の地面に轟音を立て、青い光が屈折しながらも真っ直ぐにぶつかった。
地面と光がぶつかる衝撃はバンボだけでなく、ジーロの重機ですらもよろめかせた。
青い光は、突如上空から降り注いだ稲妻は、バンボとジーロの間に落下していて。
「上空からビジョウの接近を確認。警戒してください」
バンボが空を見上げると、アーカーシャの言うとおり、空から一人の男が体一つでゆっくりと降りてきていた。
神を自称する男。皆が畏怖を込めて崇める男。塔の頂にいたビジョウ・グアラザが、バンボと同じく白き鱗粉を身に纏わせながら、宙に浮かんでいるかのようにゆっくりと地面に着地する。
「……!」
正に神のなせる業。三百メートルを超える高さを持つ、塔の天辺から地上に降り立ったビジョウを、皆が唖然として見上げていた。
金色の杖を持つ、坊主頭のビジョウは法衣を着込み、白い鱗粉を揺らめかせ、バンボの前に立ちはだかった。
「ビジョウ……!」
にやにやと笑うビジョウは、バンボが身構えるのを見るや、小馬鹿にするように言う。
「学習しないな。人間の分際で、まだ俺を殺す気でいるのか」
「……、当然」
気圧されながらも、バンボは言った。焦りも恐怖も心を蝕んでいたが、気色の悪いこの男を前にして、彼の中の怒りが勝った。
「なら、相手をしてやろう」
途端、バンボの体に緊張が走る。分かっていたことではあった。この粛清を邪魔すれば、必ずビジョウは自分の前に現れる。
しかし、彼に勝算はない。胸に残る恐怖も拭いきれていない。それでも、バンボはここに出てきてしまった。
「当然、俺一人でだ。サントリデロの時と何が変わったのか見せてみろ」
ビジョウは杖をくるくると回しながら、ステージの上を歩き回る。話しながら、広場にいる民衆や倒れた兵たちを眺めている。
やがて、捕えられていたフジナミの後ろに立つと、杖でフジナミの頭を小突き回した。
「そうだな……。俺に傷を一つでも付けられたなら、ここに捕まっている奴らを全員解放してやってもいい」
「てめえ……!」
「ただし、それができなかった時には……」
ビジョウは口を吊り上げ楽しげに。人差し指をフジナミたちに向け、高らかに言った。
「こいつら全員、予定通りに死んでもらう」
フジナミたちの顔が恐怖に引きつった。
非天の男が自分たちを救ってくれると期待していた彼らにとって、この男の登場は地獄に垂らされた蜘蛛の糸を引き千切られたことにも等しくて。
「……」
バンボは葛藤する。
遂にやってきた復讐の時。幾度となく大切な人を奪ってきた男が、今こうして自分の前に現れ、戦うつもりでいる。
心の奥でビジョウと戦わずにやり過ごす方法を考えてしまう自分を叱咤する。逃げ出したいと震える両足に力を入れて、鞭を打つ。
「現在の装備でこの男と戦うのは危険です。マスター。至急撤退してください」
アーカーシャの忠告も耳に入れず、バンボは答えた。
「……、上等だ」
「おお?はは、そうかそうか」
ビジョウが笑う。
「殺してやる……!ビジョウ!!」
バンボが叫ぶ。
「言ったな?言ったなぁ?やれるんだな?おいっ!!」
空に巨大な空中投影型の立体映像ディスプレイが現れた。
ステージの上に立つ二人を映すディスプレイは、グアラザ自治領全土に現れ、そこにいる者全てに粛清会場の様子を知らせる。
ナイフを構え駆け出すバンボを、怒りが混じっているかの声で笑うビジョウを、大きく映し出した。
鋼鉄をも切り裂くヴィブロブレード。超振動するナイフを構えてバンボが走る。
「殺す!殺す!!殺してやる!!!」
「殺せるんだなぁ!?おいっ!?なあっ!!?」
そのナイフを、ビジョウは軽々と容易く、金の杖で受け止めた。
「ここでてめえを、ぶっ殺す!!!」
続きはまた来週