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非天  作者: 山中一郎
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第八話  過去 -サントリデロにて-     その七


「なんだよあれ……」

 インドラジットの基地で荷物を運んでいたバンボは、サントリデロを包む巨大な白い嵐を見た。

 他のインドラジットの構成員も、皆その異常な光景に目を奪われているようだった。

「ぼさっとするんじゃないよ! まだ終わったと決まった訳じゃない! 生きる望みを捨てたら、本当にそこで終わりだよ!」

 動きを止めていたバンボたちを動かしたのは、フライエの怒声。皆、弾かれるように動きだしたが、バンボだけはフライエに呼び止められた。

「バンボ。ドクターは?」

「まだ研究室にこもってると思います……。さっきも呼びに行ったんですが、どうしても出てこようとしなくて……」

「行くよ。もう一度だ」

 フライエに首で促され、バンボは運んでいた荷物を他の人に預け、フライエを追った。

 フライエと共にドクターの研究室へ入ったバンボは、ガラス管の中に渦巻く鱗粉を、鬼気迫る表情で見つめるドクターの常軌を逸した様子に、背筋を凍らせた。

「ドクター! あんたこんな所で死ぬ気かい!? 研究なら生きてここから出た後で――――」

「静かにしてよ!!」

 聞いたこともないようなドクターの大きな声に、フライエとバンボが身を震わせた。

「すぐそこなんだ! もうすぐそこまで来てる……! 何百年も追いかけてた答えが……、すぐそこにまで……!」

「ドクター……、あんた……」

 ドクターは一向にバンボたちに構わず、紙に必死になって数式を書き連ね、液晶モニターに繋がるキーボードを叩いている。

 フライエの目は、ドクターの表情に一点の光を見た。

 ――――ドクターの研究が、終わりを告げようとしている。

 フライエは黙って踵を返した。

「え? フライエさん? ドクターは……?」

「いや。ドクターはこのままでいい」

「置いて行くんですか!? なんで!?」

「いいから来るんだ! ドクターの邪魔をするんじゃない!」

「ドクターを見捨てるつもりですか……?」

 バンボに詰問されたフライエは、ずっと俯かせていた顔をバンボの方へ向けた。

 その瞳には、今にも溢れ出しそうな程に涙が溜まっていて。

「そういう訳じゃない……。バンボ、この人は――――」

 フライエの涙にバンボが息を呑んだ時、その声は聞こえてきた。

「えー。えー。サントリデロ市民の諸君。御機嫌よう。ビジョウ・グアラザだ」

 それは、各地に設置されたスピーカーから流れ出すビジョウの声。

 バンボとフライエは、急いで外に出た。

敬虔けいけん深い諸君は、私の平等なるまつりごとに一切の不満を抱かぬ所であると受け取っているが……。しかし、実際の所、どれだけ私が努力を積もうと、世界から不平等を取り去ることはできない」

 空に現れたのは、巨大な空中投影型の立体映像ホログラムディスプレイ。

「これは……」

「ビジョウのやつがサントリデロに機械を持ち込んだんだろうさ。スピーカーも投影機も、誰にだって作れやしない。あいつが持ってる物が全てだからね」

 空中に投影されたビジョウが語る。この世の全てを見下す笑顔で。

「あいつの方が力が強い。あいつの方が人気がある。あいつの方が女にモテる。世に立ち塞がる人と人の“差”は、一部諸君の尊き青春時代を奪い去ったに違いあるまい」

 ビジョウの顔は笑っていても、その声の裏にはどす黒い感情が見え隠れする。

「だが心配することはない! 今、こうして私がやって来た! 私が来たからにはもう大丈夫だ!!」

 ビジョウの声に機嫌が乗っていく。笑顔に相応しい物へと声が変貌していく。

「誰も彼も! 皆! この白い嵐に飲み込まれ! 平等に! 等しく! 息絶えるのだから!!」

「なに!?」

 バンボの背に冷たい汗が伝う。今、サントリデロを包むこの白い嵐。ビジョウは本気でサントリデロにいる人たちを皆殺しにする気だと、バンボにも分かった。

「この嵐は君たちが吸っている酸素を奪う! 君たちに分かるように言えば、君たちが息をできなくなるようにするのだ! あと二時間もすれば、この街全体から酸素が消える! 逃げようとしても無駄だ! この街を囲む嵐は、荒野の彼方まで続いている! 狭い隙間にも入り込んで、さっと酸素を吸い取るぞ! この中に一時間以上息を止めていられるやつはいるかな!? いないだろう! だったら! ここで大人しく、もがき苦しみながら、この世の憂いからの解放にむせび泣くがいい!!」

 悲鳴がそこかしこで上がり、恐怖が木霊して増幅されていく。恐怖に飲み込まれた市民の間で、今にも恐慌が起ころうとしていた。

 その状況を遥か高みから見下ろしつつ、ビジョウは言った。

「しかし! この私にも良心という物がある! そこでだ! 私から諸君に提案がある!」

 バンボたちの頭上に映るビジョウの顔が、醜く笑顔を深めさせた。

「この街に巣食うインドラジットという組織は御存知かな!? 私はそのインドラジットのリーダーである、フライエ・ランスヘルムを私の元へ連れてきてもらいたい!」

「はあ!?」

 バンボがフライエの方を見ると、フライエは険しい顔でビジョウの映像を睨んでいた。

 ビジョウは楽しそうに、ディスプレイ越しにフライエに語りかけた。

「久しぶりだな! いるんだろ? フライエ! お前に一つだけチャンスをやる! この俺と戦え! 俺に傷を一つでもつけられたなら、この街もお前も、お前の組織も全員見逃してやる!」

「……。そういうことかい」

 フライエが歩き出す。バンボはそれを見て、フライエを引き止めた。

「待ってくださいフライエさん! どうして行くんですか!? 罠があるに決まってるのに!」

「罠なんてないさ。あいつがそんなことをする必要がない」

「でも……っ!」

 振り向きもせずに建物を出て行こうとするフライエに、バンボは思わずその腕を掴んだ。

 バンボは泣いていた。

 涙を流しながら、バンボはフライエを引き止めていた。

「バンボ……」

 フライエはバンボが両親をビジョウに殺されていることを思い出した。

 それから、フライエの脳裏に浮かんだのは、彼女がグアラザ自治領中央塔で牢屋に入れられた時、ランムリアが別れ際に見せてくれた涙であった。

 ――――この子も、私にこんな顔を見せてくれるようになってくれたんだね。

「馬鹿だね……。私が負ける訳ないだろう……? いらない心配をするんじゃないよ……」

 バンボを抱きしめるフライエの穏やかな笑顔は、本物の母親のようだった。

 けれど、フライエはすぐに顔を険しい物に戻し、ササニシキに命令した。

「ササニシキ! 私はビジョウの所へ行ってくる! あんたはその間に、なんとかあの嵐を抜ける方法を見つけな!」

「……っ! はい!!」

 フライエの決死の覚悟を受け、ササニシキは強く頷いた。

 泣きそうな顔をしてフライエを見送るバンボ。それを見たフライエは笑う。

「情けない顔だねぇ。そんな顔で私を見送る気かい? もっと気合い入れな」

 バンボは表情を無理やり引き締め、背筋を伸ばし、フライエに応えた。

「いい子だ。ドクターを頼んだよ」

 そして、フライエは去って行く。希望とも呼べぬ淡い可能性にすがるため。

 フライエはビジョウの元へ、己の死地へと向かった。


 地下空洞から見つけられた、インドラジットの保有する自動車に荷物を積む手伝いをしていたバンボは、白い嵐がサントリデロを侵蝕していくのを見た。

 サントリデロを外側から内側に少しずつ飲み込んでいく嵐は、次々と犠牲者を出していく。

「水筒だ! 水筒を探せ! 水筒じゃなくても、密閉された容器ならなんでもいい! 空気を溜めて置ける物を探すんだ!!」

 ササニシキがインドラジットの構成員と共に、サントリデロ市民にそう呼びかける中、バンボは白い嵐がインドラジット支部の方にまで迫っているのを見つけた。

「ササニシキさん! 支部が……!」

 ササニシキが支部の方を見て、苦悶の表情を浮かべた。

 支部にはまだ、ドクターが一人残って研究を続けている。

 ササニシキは指示に迷った。遠目に広がるあの白い嵐の中を進んで、果たして無事に帰ってくることができるだろうか。そういう疑問が頭を埋め尽くした。

「バンボ……、しかし……、あの中をどうやって……」

「僕が行きます! ドクターを連れ出しに!!」

 ササニシキが悩んでいる間に、バンボの焦りが限界を迎えた。

「あ、おい! バンボ!!」

 バンボはドクターを助けに走り出した。ササニシキが止める声も聞かず、白い嵐に向かって。

「ドクター!!」

 バンボが支部に着いた頃には、既に支部の建物は白い嵐に飲み込まれていた。バンボが意を決して嵐の中に入ると、嵐のような見た目の割に風はなく、ただ、ビジョウが言った通りに酸素が失われており、息ができなくなった。

 バンボは腰に提げていた、羊の胃袋でできた水筒を口に咥え、その中に残った空気を吸いながら建物の中を進み、ドクターの研究室へ辿り着いた。

 地下に作られていた研究室の中には、三つの扉を隔てて厳重に外界と区切られていたからか、まだ空気が残されており、ドクターも生きていた。

 バンボは研究室でドクターがまだ生きていたことに安堵したが、同時にドクターのえらいはしゃぎように驚いた。

「できた! できた!! あっははは!! 僕はやったんだ!」

 涙を流して喜ぶドクターにバンボは軽い恐怖を感じつつ、話しかけた。

「“できた”って……、研究が終わったのか!?」

「そうなんだよ! バンボ君! 早くフライエの所に持って行かなくちゃ!」

 ドクターがそう言ってバンボに見せたのは、一つの指輪と、一つのガントレットだった。ガントレットには、ワイヤーが巻かれたリールと、何かを発射する装置が備えられていた。

「これは、ガン・ウィンチっていうんだ! 僕の最高傑作、ビジョウを止めるための切り札だ!」

「そうかい、そりゃすごいな。ほら、行こう! 急がないと空気がなくなる!」

 バンボたちが話している間にも、研究室の中には白く輝く粒状の機械が入って来ていた。

 バンボはドクターを背負うと大きく息を吸い、研究室の外へ跳び出した。水筒は一つしかなかったが、ドクターにそれを持たせて、バンボは息を止めたままとにかく走った。

 けれど、バンボがどれだけ走っても、白い嵐から抜けられない。

 バンボの息が続かなくなっているのを見かねて、ドクターがバンボに水筒の口を差し出した。バンボは水筒の空気を吸ったが、それも一時凌ぎに過ぎず。

 ドクターに水筒を貸したまま走り続けていたバンボの息は、すぐに切れ始めてしまう。

 バンボの息が限界だと分かると、ドクターはバンボに水筒を渡して、バンボの背中から降りた。

 バンボはドクターに、「何をしてるんだ」といった顔を向けた。

「バンボ君、ありがとう。今まで、こんな老いぼれの相手をしてくれて。でも、僕はここまでだ」

「何を……、あん……た……」

「君は生きるんだ。今度は、君の夢を叶えるために」

 ドクターがバンボの口に水筒の口を捻じ込んだ。息をせずにいられるのも限界だったバンボは、水筒の空気を思わず吸ってしまう。

 バンボは水筒をドクターに返そうとしたが、ドクターはもう受け取ろうとしなかった。

 段々と声が掠れていくドクターの覚悟が受け入れられず、バンボはドクターに水筒を差し出し続けた。

「やめろよ……。まだ分かんないだろ……。助かるかもしれないじゃんか……」

「楽しかったよ……。僕は、少し長く生き過ぎた……。けど、人生の最後に、君みたいな若者に出会えて……、本当によかった……」

 最期にドクターがバンボに渡そうとしたのは、ガン・ウィンチと一つの指輪だった。

「バンボ君……。どうか……、君に……、ビジョウを……」

 バンボが震える手でそれを受け取ると、ドクターは穏やかに目を閉じて――――

「ドクター……! おい、しっかりしろ! おい!!」

 白い嵐の中、ドクターはバンボの傍で、静かに息を引き取った。

 唇を噛んで、バンボは泣くのを堪えた。

 バンボは水筒を咥え、走りだす。

 走って。走って。

 白い嵐の中を、全身全霊の力を以て、駆け抜けた。

 水筒の空気が尽きて、止めた息も再び限界を迎えた頃、白い嵐に遮られたバンボの視界に薄っすらと、嵐の切れ目が見えた。

 僅かに見えた希望に向かって、バンボは力を振り絞って走り、跳び出すようにして、遂に白い嵐を抜けた。

 バンボは地面に倒れて、貪るように息を吸った。

 嵐の中で死んでいったドクターの姿を、バンボは思い出す。

 ドクターに託されたガン・ウィンチを握りしめ、バンボはドクターの死に様を決して忘れまいと心に誓った。

 息が整うと、バンボは地面の小石が頬に当たるのが気になって。仰向けになったバンボは、空にとある二名の人物の姿を見つけた。

 それは、空中に投影された立体映像ディスプレイに映る、ビジョウとフライエの姿であった。







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