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非天  作者: 山中一郎
31/42

第七話  迷い子二人     その五


 グアラザ自治領の民家の中にひっそりと混じる、インドラジットの拠点である建物。バンボはその一室に敷かれた薄い布団の上で、飛び起きるように目を覚ました。

「ランムリア様!!」

 スペシメンに噛まれたランムリアを心配し、バンボはランムリアの名を呼んだ。

「起きましたか! バンボさん!」

 寝起きのバンボは、いきなり視界に顔を出してきたその少年を見て、まだ夢でも見ているような心地に陥った。

「あれ……? ラスター? なんでお前……」

「お久しぶりです! 先生から聞いていないんですか? 僕は商業地区に行った後、ビクトロ先生に会って、インドラジットに入れてもらったんですよ。バンボさんが前に入っていた組織ですよね? それで、この前、先生についてグアラザ自治領に戻ってきたんです」

「そういうことだ」

 ラスターの後ろにいたのは、ビクトロだった。

「あ! せ、先生……」

「ラスター。お前、非天の男のことを知っていたのか」

「す、すみません!!」

 ビクトロに指摘されると、ラスターは冷や汗を流して頭を下げた。

「まあ、その話は後だ。で、体の調子はどうだ? 非天の男」

「ああ……、もう動ける。それよりも、ランムリア様は……」

 バンボは立ち上がり、傍に置かれていた装備一式を確認し、身に付けた。

「案ずるな。ランムリア様は無事だ。それより……」

 ビクトロは部屋の隅にある階段を指差して、小さくにやけながらバンボに言った。

「ランムリア様がお前と話したがっていたぞ。今、あのお方は屋上にいる。動けるなら、行ってやるといい」

 少し戸惑ったバンボだったが、息を大きく吸って決意を固めると、階段へ向けて歩き出した。

 しかし、そんなバンボにビクトロは続ける。

「ああ、それと、ランムリア様には既にインドラジットのことは話しておいた。ランムリア様は、これからはインドラジットの保護下に入ることを了承されたよ」

「……、なに?」

 バンボの脚が止まった。

 ランムリアがインドラジットに保護されることを望んだ。それはつまり、本当にランムリアがバンボの力を必要としなくなったことを意味していた。

「まあ、懸命な判断だろう。どうだ? この際、お前も一緒にインドラジットへと戻らんか? サントリデロの冬から疎遠になっていたとはいえ、元々抜けた訳でもなし。もう一度、共に戦おうじゃないか」

 バンボはビクトロの言葉を、気落ちして、上手く思考できない頭に入れた。

 バンボがサントリデロの崩壊の後、インドラジットを探さなかったのは、フジナミといたかったことや、あてがなかったからというだけではない。

 ――――サントリデロ支部には、インドラジットがビジョウに対抗するための全てがあった。それを失って、インドラジットはビジョウと戦えるのか?

 サントリデロを失ったインドラジットにいる意味があるのかどうか、バンボには正直、疑問だった。

 けれど、ランムリアがインドラジットに保護されるのなら、再びインドラジットに入らない限り、ランムリアやビジョウとの関わりは完全に途切れてしまう気がして。

「……、考えとくよ」

 バンボは歯切れ悪く、そう答えた。

 “ランムリア様は、これからはインドラジットの保護下に入ることを了承されたよ”


 ――――結局、俺じゃ駄目なんだな。


 バンボが力無く、階段に向けて再び歩き出す。

 異様に重くなったように感じられる脚を、一歩一歩前に出して、バンボは歩いた。

 そして、その途中。

「こんばんわ。非天の男」

 突如、階段の横、何もなかったはずの場所に、一人の男の姿が現れた。

 コッパー・ジョウである。

「お前……。コッパー! コッパー・ジョウか!?」

 コッパーを見たビクトロが、驚いたように声を張り上げた。ラスターも相当驚いているようだったが、ビクトロの驚き方はそれとはまた違った風であった。

 ビクトロを無視して、コッパーはバンボに言った。

「そいつらは、果たしてケアンを自由にしてくれるかな?」

「……? どういうことだ?」

「インドラジットの保護下に入るということは、常に護衛に見張られながら、行動を束縛されるということでもある」

 それを聞き、バンボがビクトロに振り返った。ビクトロはバツが悪そうに目を逸らした。

「……、また、あの人を閉じこめるのか?」

「ランムリア様のためだ。それは……、致し方あるまい……」

 バンボはビクトロの腹の内を見透かした。

 要は、ビクトロはバンボの寝ているうちにランムリアを説得しておいて、その後にバンボとランムリアに話しをさせることで、バンボにランムリアが以前と同じ境遇に戻ることを納得させようとしたのである。

「だが小僧。お前にも分かるだろう? スペシメンが出現するようになった今、ランムリア様を守るにはそうするしかないのだ」

 バンボは暫く悩んだ。

 ビクトロのやり方に多少の苛立ちを感じはしたし、コッパーが何故そんなことを話したのかが、バンボには気になった。

 けれど、ビクトロの言うことはもっともであり、ランムリアがそれを了承したのなら、今となってはバンボにそれを止める理由もない。

「……、確かに、そうなのかもな……」

 だからバンボは、気になることを胸に抱えつつも、納得して階段に足を乗せた。

「非天の男。しかし、これだけは忘れるな」

 暗い顔で階段を上がっていくバンボに、コッパーは聞き覚えのある一言を贈った。

「“お前は、後悔しないように生きろ”」

「!?」

 バンボが驚き、コッパーの方に振り向くと、そこにはもうコッパーの姿はなかった。

 その言葉は、フジナミの最期の言葉。

 コッパーがどうしてその言葉を持ち出したのか、バンボには分からなかった。分からなかったが、バンボは何か大切な事を思い出せたような、そんな気がして。

 いつものように忽然と姿を消したコッパーに感謝の念を送りつつ、バンボは階段を上がる。

「マスター。私はあなたのことを信じていますよ。勿論、ランムリアのことも」

 屋上への扉を開く直前、バンボの懐にしまわれたアーカーシャがバンボに言った。

「……。そうかい。あんがとさん」

 バンボは懐の仮面を軽く手で叩き、少し笑顔になると、再び顔を引き締めて、扉を開いた。





 バンボが階下でビクトロたちと話していた頃。

 屋上の手すりに肘を乗せて、ランムリアは夜風に当たりながら、バンボを待っていた。

 自分の知らぬうちに死んでしまっていたフライエのことを想いながら。これからのことに不安を感じながら。

 ランムリアは潤む目から落ちる涙を必死に拭った。もう、何度泣いたか分からないのに、それでもまだ涙は流れてくる。

 涙を拭いながら、傷付いた体でありながらもスペシメンから自分を助けてくれたバンボのことを、ランムリアは思い出した。

 そっと目を閉じて、バンボの勇姿を脳裏に浮かべながら、ランムリアが感謝の言葉を心の中で呟いていると、突然、彼女は喉に違和感を感じて咳き込み始めた。

 ランムリアは手で口を抑え、中々止まらない咳に苦しんだ。

 しばらく咳込んだ後、ランムリアは口を抑えていた手の平に、真っ赤な血が付いていることに気付いて、背筋を凍らせた。

 恐ろしくなってきたランムリアは、急いで手と口を服の裾で拭き、床にしゃがんで、不安に身を震わせた。







 バンボが屋上へ上がると、そこにはランムリアが床にしゃがみ込んでいた。

「ランムリア様」

「あ……」

 バンボが呼ぶと、ランムリアはバンボの方へと顔を向けた。

 ランムリアの両目は、涙で少し腫れていた。

「お怪我はもう大丈夫なんですか? 相当深い傷だったんじゃ……」

 バンボがそう尋ねると、ランムリアは微笑みを浮かべて答えた。

「はい。手当もしてもらいましたし、もう大丈夫です。それに、私って傷の治りが速いんですよ」

「……。そうですか……。よかった」

 いくら治りが早いと言っても、怪物に噛みつかれて平気なはずがない。ランムリアが無理をしているのでは、とバンボは訝しんだが、どうやら本当にランムリアは平気なようで。

 バンボは、エメルダが言っていたことを思い出した。

 “あの子も私と同じ……、ケアンもビジョウに“呪われて”いる! あの子もいずれは、こうなる!! あの子の体にも、私と同じ“赤い粉”が入っている!!”

 ――――ランムリア様の体にも、本当にエメルダのようにサンサーラ・システムが入っているんだ。これが、その証拠なのか。

 バンボは目の前にいるランムリアが、どんな運命を背負っているのか考えると、同情に胸が痛んだ。

「バンボ……」

 ランムリアもまた、何か思い悩みながら、口を開いた。

「ごめんなさい!!」

「え?」

「あなたにも、フィラメルさんにも……。私は、皆に迷惑ばかりかけて、その上、失礼なこともたくさん言ってしまいました……」

 何故フィラメルの名が出てきたのか、バンボにはよく分からなかった。しかし、ランムリアの様子を見るに、フィラメルとも何かあったのであろう、とバンボは思って。

「いいえ。僕の方こそ……、申し訳ありませんでした。今まで、ランムリア様に嘘ばかり……。フライエさんのことも、もっと早く教えなくてはと思っていたんですが……」

「もういいんです。お父様のことも、お義母様のことも……、辛かったですけど、でも……、ビクトロさんもバンボと同じことを言っていて……。もう、受け入れなくちゃいけないんだって、分かりましたから……」

 月明かりに照らされたランムリアの顔に残る涙の跡が、バンボに罪悪感を抱かせる。

 ――――どれだけ泣いていたんだろう。ずっと会いたがっていたのに、今更フライエさんが死んでいたなんて言われたら、悲しいに決まってる。

「ずっと考えてました。私、これからどうしたらいいんだろうって。それで、一つだけ思いついたんです。これまで外の世界を見てきて、お父様はきっと、私が知らない一面を持ってるんだって分かりました。だから、お父様を説得しようって、考えたんですけど……、止められてしまいました」

「ビクトロたちにですか?」

「はい。お父様が話を聞いてくれるとは思えないからって。今度こそ、二度と外に出られなくなるかもって……」

「……」

 ビクトロたちの言うことが、バンボも間違いだとは思わなかった。

 ビジョウはランムリアの話をまともに聞きはしないだろう。例え、娘の言うことだとしても、ビジョウが心を改めるような男だとはバンボにも思えない。

「私は、何も知らないんです。フィラメルさんにも言われてしまいました。私は“世間知らずだ”って。実際、私はずっとこの世が平和な物だとばかり思ってました。みんな幸せで、嘘もなくて、こんな私でも生きていけるような、そんな世界。本当に、馬鹿みたい……」

「ランムリア様……」

「……、でも、バンボみたいに、何か理由があって、仕方なく嘘を吐いてしまうことも、あるんですよね?」

 ランムリアに胸の内を見透かされた気がして、バンボは少し狼狽えた。

「ふふ。予想です。バンボは私を悲しませないように、お父様のこともお義母様のことも隠していたんじゃないかって」

 ランムリアは夜空を見上げて、屋上を歩く。

「私は一人で生きていけるほど、強い人間ではないと分かりました。でも、いつかはあなたのように、立派に生きていけるようになってみせます。だから、それまではインドラジットでお世話になることにしました。もう、あなたにこれ以上迷惑はかけません。ビクトロさんが私の希望を聞いて、仕事も用意してくれるそうです。まあ、部屋からは出られないみたいですけど……」

 ランムリアが立ち止まり、バンボの方を向いた。

 バンボはランムリアが何を考えているのか分かっていた。故に、バンボは恐れた。

 ランムリアの、その一言を。

「あなたのような優しい人もいるんだって分かっただけでも、嬉しかった」

 バンボを見つめるランムリアは、正面からバンボと向かい合い――――

「バンボ」

 頭を下げて、言った。

「今まで私の面倒を見て頂いて、本当にありがとうございました。お父様を恨んでいるあなたに、娘の私まで、これ以上迷惑をかける訳にはいきません」


 ――――ああ。


「これからは、自分の面倒は自分でみられるように頑張ります。生活費も、自分で稼ぎます。これからは、あまりあなたと会えなくなってしまうかもしれませんね……」


 ――――ああ、そうか。


「バンボ。私、あなたに会えてよかった。今までずっと、楽しかったです」


 「終わった」と、バンボは思った。

 具体的に「何が」とは言えなかったが、バンボは確かにそう思った。

 バンボは呆然と、頭を下げるランムリアを見つめ、何も言葉にできず。

 ランムリアがバンボを必要としなくなったということを、バンボは実感した。






「……、終わりか?」


「それで終わりか? お前はまだ、何も伝えていないだろう」

 遠くの建物の屋根に座り、バンボとランムリアを見守るのは、コッパー・ジョウ。

「お前の気持ちはどうだよ。非天の男」

 右手でりんごを投げて弄びながら、コッパーは夜空の下で、若き青年の行く末を想う。

 ただ、ただ、真剣に。


「お前は、それで終わりでいいのかよ?」







 不思議な感覚がした。

 バンボは自分の胸に湧き上がる感情が、悲しみだとか、虚しさだとか、そんな辛気臭い物だけではないとはっきり分かった。

 かつて、エメルダは言った。

“新しい一歩を踏み出すことを、恐れている。必ず後悔することになると、あなたは知っているから……”

 ――――そうだ。そうだよ。恐いんだ。いつだって、恐かった。

 そして、フジナミとコッパーが言った。

“お前は、後悔しないように生きろ”

 ――――いいんだな? いいんだよな? こうしろってことなんだよな?

 ――――だったら。


「……、ランムリア様」


 ――――だったら、やってやる。


「……、バンボ?」

 夜空を見上げるバンボを、ランムリアは困惑した面持ちで見ていた。

 ――――俺がやりたいことを。俺の気持ちを、全部言えばいいんだろ。

「僕は……」

 ――――びびってないで。後悔することを恐がって、何もしないまま、本当の後悔をしないように。

 バンボは大きく息を吸った。ランムリアへ、自分の思うことを全て伝えるため。

 溜めた息を一瞬止めて。バンボは決意と共に、叫んだ。

「僕は、嫌だ!!」

「え……?」

「僕はずっとビジョウから逃げてきた……! あいつを死ぬほど殺してやりたいと思っていても、僕はあいつには敵わないと、いつも心の何処かで諦めていた……! ビジョウのことを忘れようと、目の前の幸せに必死になってしがみついていた! けど、どんなに目を逸らしても、絶対に何かしらの形で、僕はまたビジョウのことを思い出すんだ! ずっとそれの繰り返しだった! 僕はもう、どうしたらいいのかも分からなかった!!」

 バンボの張り上げられた声に、ランムリアが思わず姿勢を正した。

「でも、あなたが僕にくれたあの手紙が、僕を少しだけ変えてくれた! あなたと会えば、今までの嘘がばれるかもしれない、ビジョウや僕のことを上手く説明できないかもしれない、あなたが傷つくかもしれない! それでも、僕はあなたを助けたいと思った! あなたが僕を、頼ってくれてると分かったから!!」

 バンボの真剣な表情に、ランムリアの目が引きつけられて。バンボの言葉が、ランムリアの心に仄かな温かみを湧き上がらせる。

「あなたといると、いつも僕の頭の中にある、ビジョウに向けたごちゃごちゃした焦りとか、苛立ちみたいなのが消えるんです。それは、ただ僕があなたを攫って、ビジョウに仕返しをしてやった気になってるだけなのかもしれない……。あなたを利用しているだけなのかもしれない」

「……」

「けど……。例えそうだとしても、僕はあなたといると安心するんだ……。僕があなたを守るのは、フライエさんに言われたからじゃない。初めはそうだったけど、今は違う。僕はあなたと一緒にいたいから、あなたを守るんだ」

「バンボ……」

 ランムリアは胸がしめつけられる感覚に、バンボと初めて手紙をやり取りした時のことを思い出した。

 あの時のむずがゆいけれど、嬉しい感覚。それと同じものが、今も彼女の中に浮かんできて。

「あなたにはずっと笑っていて欲しい。そのためになら、僕はなんだってします! だから……、ランムリア様!!」

「は、はい……!?」

「僕に、あなたの本当の気持ちを聞かせてください!!」

「え!? え? えぇえ!? そんな、急に言われても……!」

「あなたは、また部屋に閉じ込められて暮らしたいんですか!? 本当にこのままビジョウと話をしなくて、いいんですか!?」

「あ、あ! そっち!?」

「あなたは我慢することなんてない! 自分が何をすればいいのかも分からない僕に、あなたは道を示してくれた! あなたは僕に迷惑をかけたと言いましたが、そうじゃない! 僕はただ、あなたに笑っていて欲しかっただけだ! そうしないと、僕の気が済まなかっただけだ!! だから、僕はずっとあなたを守って、手伝ってきたんだ!!」

 ランムリアの顔が真っ赤に染まる。

 上気した顔で慌てふためくランムリアに、バンボが手を差し伸べた。

「あなたが部屋から出たいと言うなら、僕が連れ出して見せます! あなたがビジョウに会いたいと言うなら、僕が無事に会わせて見せます! でも!」

 これが、バンボの答え。

「もし、ビジョウがあなたの気持ちを理解しなかったのなら、あなたの期待を裏切ったなら……、その時は! 僕はビジョウを殺します!」

 バンボが見出した、バンボとランムリアの歩む道であった。

「それでもいいのなら……」

 ランムリアは俯いて、肩を小さく震わせた。

 バンボの話を聞いているうちに、ランムリアは段々と目が熱くなってきて。

「ランムリア様。どうか、僕にもう一度、あなたの手伝いをさせてください」

 ランムリアは泣いていた。

「バンボ……」

 袖で目元を隠していたけれど、ランムリアの声は泣いていることを隠し切れず、たどたどしく震えていて。

「もう……、嘘、吐かない……?」

「ええ」

「また、あなたのこと……、頼ってもいい……?」

「ええ」

 涙を吸った袖が湿っているのがバンボにも分かるくらい、ランムリアは涙を流し。

「ほんとに……?」

「本当です。あなたが僕を信じられるように、頑張りますから」

 嬉しくて。嬉しくて。

 心を満たす幸せに、ランムリアは押し潰されてしまいそうになりながら。

「僕と一緒に行きましょう。ランムリア様」

 ランムリアは涙で顔中を濡らしながら、バンボの手を強く握った。

「ありがとう……。バンボ……」

 感極まったランムリアが、手を握るだけでは我慢できず、バンボに思い切り抱き付いた。

 バンボはランムリアの柔らかい体の感触に、自分が何やら非常に恥ずかしいことを言っていたのでは、と我に返ってしまう。

 恥ずかしくなってきたバンボは、ランムリアを抱き返そうかどうか、悩み続けて。

 バンボは勇気を振り絞り、ここはやらなければならないと意気込んで、ランムリアの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。

 互いの心臓の音が聞こえてきて、バンボもランムリアも恥ずかしさの余り死にたくなりながらも、幸せな心地を確かに感じていた。

 すると、バンボの胸元にしまわれたアーカーシャがバンボに言った。

「マスター。階段に二名、こちらの様子を窺がっている人物がいます」

 バンボが階段の方を見ると、ビクトロとラスターが顔を半分覗かせて、バンボたちを見ていた。

 バンボの鋭い視線に、ビクトロたちは気付かれたと分かると、慌てて顔を隠した。

「おいジジイ!」

 バンボが呼ぶと、諦めたようにビクトロが再び顔を出す。

「なんじゃい!」

「さっきの話! 俺にインドラジットに戻れと言ったな!! あれは却下だ!!」

「なにぃっ!?」

「ランムリア様も渡さねえ! この人はもう、狭い世界はうんざりだとよ!!」

「正気か小僧!? ランムリア様をわざわざ危険に曝すと言うのか!?」

「ああ! だから、俺が守るんだ!」

 バンボがガン・ウィンチを射出し、空中にリアライズシステムで球体を固定した。ランムリアを右腕で抱き込み、しっかりと自分の体に掴まらせて。

「ま、待て! 待て待て待て! 大体、お前にランムリア様が守れ――――!」

「ごめんなさい。ビクトロさん」

 焦るビクトロに、ランムリアは笑顔で謝った。

「私は、やっぱりこっちの方がいい」

「ラ、ランムリア様!?」

 床に崩れ落ちたビクトロは、ガン・ウィンチで飛び去っていくバンボとランムリアを呆然と見ていることしかできなかった。

「先生……、どうします……?」

 ラスターが手すりに寄りかかり、バンボたちがいなくなっていった方を見た。

 そんなラスターの頭を、ビクトロが軽く叩いた。

「なんでお前は嬉しそうなんだ。バカたれが」

 ビクトロの言う通り、ラスターの顔は笑っていた。

「いやぁ、やっぱりあの人は、ああいう時が一番輝いてるなって」

「全く…….。お前は明日から給料減らすぞ」

「も、申し訳ありませんでした……」

 ビクトロは溜息を吐いて、手すりに背を任せ、夜空に目を向けた。

 ビクトロが思い出すのは、バンボに抱きかかえられたランムリアの嬉しそうな顔。

 ――――ランムリア様は、笑うとあんな顔をするのか。

 ビクトロは内心、バンボに感謝しながら、ラスターに気取られないよう、小さく笑顔を作った。






 グアラザ自治領を駆ける二人は、未だ先の見えぬ道を行く。

 それでも、二人は笑顔を取り戻した。涙の跡は残っていても、二人は確かに笑っていた。

 そして、もう一人。

 建物の屋根に座るコッパーが、狂ったように笑っていた。

「あひゃひゃひゃひゃひゅひゃひゃ!! ああ! ああ!! それでいい! それでいいんだ、非天の男!」

 コッパーは笑い転げて、屋根に仰向けに倒れた。

 コッパーの視界に映った夜空には、無数の星が煌めいて。

 それから、コッパーは唐突に笑うのを止め、夜空の星へ語りかけるように、一人ごちた。

「全力で生きなよ。最後まで楽しめ、その今を」


「もうすぐそこにまで、“やつら”は迫っているんだからな」








第七話 完

次回から更新時間を朝の4時に戻します

第八話は過去回です バンボがサントリデロにいた頃のお話

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