表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
非天  作者: 山中一郎
3/42

1-3

「賽の河原というのを、知ってるか?」


 そこは暗い穴倉の、奥の奥。

 貧民街の地下に空いた、鉄に覆われた穴の中。グアラザ自治領の各地に隠された出入り口を持つ、グアラザ自治会の支配を崩さんとする者たちの根城。


「それって……、あれだろ?ビジョウのやつが演説でちょくちょく言ってる……」


「まあ、名前ぐらいは知っているか」


 薄汚れた電球の照らすほの暗いその場所で、屈強な男たちが、彼らの中心に座る一人の壮年の男の話に聞き入っている。銃に剣、弾薬に爆弾まで、穏やかならぬ物が所狭しと置かれたその部屋で、電灯が軋む音とその男の声だけが響き渡る。


「古い言い伝えだ。死んだ者がいく“彼岸”と呼ばれる所にある河原。そこでは親よりも先に死んだ親不孝なガキが集まって、罰として石の山を作らされるんだそうだ」


 部屋の外から物音が聞こえた。誰かがこの革命軍基地に戻ってきたようだ。外の見張りと話す声が微かに聞こえてきた。


「ビジョウお得意の仏教の話さ。やつはこの世界がその彼岸で、そこに住む俺達がそのガキ共だと言ってるんだ」


「訳が分からんが」


「やつの言うことだ。大して気にすることはない。だが、やつは先週の演説の時に……」


 中心で語っているのは、ビジョウ・グアラザの支配に反抗する革命軍を率いる男。

 隻眼の男、ダストレイ・テンバー。


「“河原の子供と同じように、積み上げた石は崩される”。そう言った。やつはつまり、俺達にこう言ったのさ。“何をしても無駄だ”、ってな」


 男たちの顔つきが変わる。それはビジョウからの警告と、挑発であった。


「あのクソ野郎に分からせてやろう。俺達こそ世界を支配するに相応しいと」


 ダストレイは立ち上がり、自分に従う者たちを見渡した。


「明日の作戦、必ず成功させるぞ。ビジョウが後生大事に隠している“何か”を、探り出してやる」


 部屋のドアが叩かれた。誰かがこの部屋にやって来る。彼らの待っていた人物がやって来る。


「さあ、主役の登場だ。皆、くれぐれも口には気を付けろ」


 部屋にいた男の一人が叩かれるドアを開けた。入ってきたのは、昼間バンボの前に現れた、ラスター少年であった。


「お待たせしました。リーダー」


「ああ。待っていたぞ。さあ、こっちに来い」


 ダストレイに招かれ、ラスターが革命軍の中心に立つ。ダストレイと向かい合う少年の瞳は実直に輝いて。


「ラスター。俺達がビジョウの弱みを掴めるかどうか、全てはお前にかかっている」


「はい!」


「よし、じゃあ確認しておこう。明日、午前六時にここに集合。その後、予定通りお前は単独で粛清が行われる広場に向かえ。恐らくは舞台が整えられ、大々的に催されている筈だ。お前は変装をしてそこに上がり、自分こそが非天の男であると名を掲げ―――――」


 ラスターが体を強張らせた。彼は自分が任された大役に不安を抱えていた。


「そして、そこで行われる粛清を妨害しろ。俺達が助けに入るまで。いいな」


「はい!」


 昼間のバンボとの会話がラスターの脳裏に過る。去って行くバンボの背中は、いつぞやの“冬”から自分を救ってくれた時の彼とは悲しい程に別人のようで。

 少年は己の心を奮い立たせた。


 ――――あの人が戦わないのなら、自分がやるのだ。あの人が戦う心を失ってしまったのなら、尚のこと自分がその意志を継がなくてはならぬのだ。


 ――――そうすれば、そんな自分をあの人が見てくれたなら、きっと――――


「よし。期待しているぞ、ラスター。サントリデロでの屈辱を晴らしてやれ。お前がビジョウに負けていないことを教えてやれ」


 ダストレイの言葉は、ラスター少年の胸に溜まった鬱憤を刺激する。少年の心を鼓舞させ、己の手の内に絡め取る。


「はい!!必ずや、ご期待に応えて見せます!!」


 この男の笑みの本当の意味に、少年は気付きはしない。大人たちの言葉にそう仕向けられ、疑うことすら知らぬまま、彼は死地へと赴かされるのだ。


「その意気だ。さあ、今日はもう休め」


「はい!!失礼します!!!」


 活気に満ち満ちた表情で、ラスターは意気揚々とその場を立ち去った。牙を折った非天の男への苛立ちを拳に握りしめ。そんな腑抜けた彼に、まだ期待を寄せてしまっている自分に、さらに苛立ちながら。

 強い足取りで部屋を出ていくラスターの後姿を見送り、ダストレイと彼を取り巻く幹部たちがにやにやと。その笑みは、実に人を小馬鹿にした物であった。


「よくやりますね、あなたも」


「使える物は使えるように使う。それだけのことさ」


「あいつ、本当に俺達が助けに来ると思ってるぜ?何の役にも立たねえガキが。誰がわざわざ敵陣に助けに行くかよ」


「まあまあ、あまりそう言ってやるな。あいつもビジョウと闘いたがっていたんだ。俺達の役に立てるのなら本望だろう」


 ダストレイは微笑しつつそう言うと、部屋の隅に立っていた男を、皆が笑う中手招いた。呼ばれた男は大きな木箱を抱え、その蓋を開けて中身をダストレイに見せた。

 その男と木箱は、昼間にバンボが店の使いで品を届けた、あの釣りをしていた男と、その品である木箱であった。


「先日、ビジョウの警備隊のリストに載せられた所からは、これが恐らく最後の収穫になるでしょう」


「そうかそうか。だがもう、あいつらも用済みだ」


 木箱の中には釘とネジが詰まっているように見えたが、ダストレイがそれらをかき分けると、隠されていた銃の弾が密に並び詰め込まれていて。木箱の半分程を埋める銃の弾の一つを摘まみ上げ、ダストレイは満足そうに笑い声を上げた。


「さてさて、今日の分で目標の数にまで弾も揃った」


 広く手を掲げ、幹部たちに向き直り。


「始めに仲間が揃った。そして資金が集まり、今では多くの協力者も得た」


 皆が彼に注目する。

 今、この世にビジョウを倒せる者がいるとするならば、それは彼のことに違いない。人心を集め人を導き、誰よりも戦う力を有する男。


「明日、ビジョウに対する切り札を手に入れた時、我々はこの世界をも手に入れる」


 ダストレイ・テンバー。

 最も管理されたグアラザ自治領において、最も強固な組織を作り上げたこの男こそ。


「大事なものを失う悲しみが在った……。堪え続けた怒りが在った……!」


 ビジョウに勝ち得るただ一人。そう皆に信じられる男である。


「だが、今度はあいつの番だ!!」


 ダストレイが壁に拳を打ち付けて、煽る。皆が声を揃え、彼に応える。


「そうだ!!」


「ビジョウ・グアラザが、怒りと悲しみに打ちひしがれる時が来た!!」


「そうだ!!」


「幾多の屍を越え、やつをこの手でぶちのめす!!!」


「そうだ!!!」


「勝つのは、俺達だ!!!」


 ダストレイの叫びに応え、皆が声を張り上げる。歓声と共にダストレイの演説は終わった。

 興奮冷めやらぬ部屋の中でダストレイは、我知らずにビジョウの目を引き付けるための生贄となったラスターを思い出し、自分の言葉に愚直に答える先程の彼の姿が頭に浮かんで、思わず笑いを噴き出した。







 翌日。早朝。

 バンボは自宅の小屋で目を覚ますと、水筒に入れておいた水で顔を洗い、床下に隠した武装を取り出した。

 バンボは銃を分解し、隅々まで布で拭って掃除していく。砂が入り込んでいると動作不良と事故の原因となる。掃除した後、組み立て直して撃鉄と引き金の動作を確認し、次は一本のナイフを手に取った。

 そのナイフの柄尻に付いたダイヤルを右に回して安全装置を解除。そして鍔の裏にあるスライドスイッチをずらす。すると、ナイフの刃が超高速で振動を始めた。

 問題なく動作することを確認し、バンボはナイフのスイッチを切って安全装置をかけた。

 最後に、ワイヤー射出機構がいかついガントレットを左腕に取り付けて、天井に狙いを定め、指輪のはまった親指を大きく回した後、すぐに握りこぶしを作る。ワイヤーの先端に付いた球体がばひゅんと音を立てて、銃弾と同等の速度で飛び出し、天井に当たる前に宙に固定される。右手でワイヤーを数回引っ張り、球体の機能とワイヤーの強度を確認した。

 武装の整備を済ませたバンボは、肩と腰に掛けたベルトに武装を取り付け、その上にローブを着込み、腰にまたベルトを巻いてローブを固定した。

 いつも通りの朝。決して欠かさぬ日課を済ましたバンボは家を出て、近所の屋台で朝食の芋粥を一杯頼んだ。彼が朝食を食べている間、表の通りの遠くから何か物々しい怒鳴り声と悲鳴が聞こえてきた。街の治安の悪さには朝も夜も関係なく。バンボは特に関心も示さず芋粥を平らげ、職場であるフジナミ鉄工房へと向かった。







「相変わらず、趣味の悪いことをする」


 そこは鋼鉄の街。正しくは、鋼鉄の街であった場所。


「ビジョウ・グアラザ。誰にもお前を止められまい。原始人共に、そんな勇気も力もあるまい」


 無人となった鉄屑の街でたった一人。鉄塔の上に足を組んで座るその男はボロ布を纏い、荒野の向こうの遥か遠くに薄っすら見える、大樹と塔を黄金の双眸で見つめる。


「終末の音は既に二度鳴っている。あとたったの三回で、約束の時はやって来る」


 冷たい風の中、鉄塔の下にはがらくたを積んで作られた、幾つもの小さな山が並んでいる。


「前の俺はそれを聞いたのか。次の俺はそれを聞くのか。もし、最後の音が鳴るのをその時の俺が聞くのなら」


 朝焼けの空を見上げる男の瞳は、何を見るのか。


「ビジョウ。ミスターⅢ(スリー)。その時こそ、お前らが死ぬ時だ。腐った裏切り者共が。お前たちを殺すのは―――――」


 そこは夢の跡。“冬”の訪れによって滅びた鉄の街。


「この、俺だ」


 その名は、サントリデロ工業都市。男は一人、そこにいた。







「おはようございまーす」


 フジナミ鉄工房の扉を開けて、いつも通りの一日が始まることに、何の疑いも持っていなかったバンボは、荒れ果てた店内の様子に愕然とした。


「……、フジナミさん……?」


 いつもなら、カウンターに座り、台帳を広げている筈のフジナミの姿はそこになく。

 それどころか、机は倒れ、壁に掛けてあった道具が床に散らばり、投げられたのであろう椅子が壁を突き破って穴を開けていた。

 そこら中に格闘した後が残る店内を見て、バンボは自分がここに来るまでの間に何が起こっていたのか、思考を巡らす。

 状況を確認するために、バンボは外に飛び出して、鉄工房の隣に建つボロ屋のドアを叩いた。しかし、バンボのけたたましいノックには、何の反応も返ってこなくて。そんなバンボを見た、通りすがりの男が彼に言った。


「おい、何してんだあんた」


「あ、あの……。この鉄工房なんですけど……、何かあったんですか?」


「ああ……。そこの人かね。さっき警備隊に連れていかれたよ。中央塔の広場でビジョウがまた“あれ”をやるらしい」


「“あれ”?」


「“あれ”って言ったらあれだよ。ほれ、ビジョウの大好きな“粛清”ってやつさ」


 粛清という言葉を聞いたバンボの頭は、困惑と絶望に真っ白に染まり、動悸と吐き気を催した。

 ビジョウが気まぐれに行う公開処刑。

 ビジョウに反抗した者を見せしめに殺し、民衆に恐怖を植え付ける虐殺。

 どうしてフジナミが連れていかれたのだろう。彼が何をしたというのだろう。


「ひょっとしてあんた……、身内の人かい?そりゃあ……、ご愁傷様だね……。運が悪かったとしか……」


 いてもたってもいられなくなったバンボは、男の話も聞かずに中央塔へ向け、走り出した。

 昨晩のフジナミの顔が脳裏を過る。普段通りの無愛想な表情に小さく浮かんだ微笑みと、その時に感じた懐かしい安らぎを思い出して。

 青年は必死に腕を振り、足を動かし、全速力で走り続けた。






 中央塔広場に着いたバンボは、そこにできていた人だかりをかき分けて前へと進む。野次馬たちがわらわらと、広場を埋めて粛清の現場を見に集う。明日は我が身とも知れぬというのに、今日は誰が死ぬのか、どう殺されるのか確かめずにはいられない。

 興味と恐怖に沸き立つ群衆に押されながらも、バンボは人が囲む大きな土造りのステージが見える位置にまで進んできた。

 そして、ステージの上に縄で縛られ、捕らえられた十人の男たちの中に、フジナミの姿を見つけた。

 フジナミは捕らえられた他の者たちと同じく、呆然とうなだれて膝をつかされていた。逃げることなどできまい。縛られた両手足は動かせず、例え逃げ出しても広場は既に兵士に包囲されている。


「フジナミさん!!!」


 ざわめきの中で叫んだバンボの声を、フジナミは聞いた。顔を上げ、群衆の中にバンボの姿を見つけると、寂しそうに眼を細め。


「すまんな……、バンボ……」


 顔を下げ、目を閉じて、小さな声で呟いた。


「フジナミさん!!フジナミさん!!!頼む、頼む!どいてくれ!!」


 何度も何度も叫ぶけれど、バンボの声はかき消され。ステージを見れば、着々と壇上に集まる兵の手には拳銃が握られている。

 バンボは呼んだ。フジナミの名を何度も呼んだ。騒音の中に微かに聞こえるその声を聞いて、フジナミは湧き出しそうになる涙を必死に堪えた。


「フジナ――――っ!!」


 フジナミに向けて叫ぶバンボの声と、群衆の雑音を引き裂くように笛の音が鳴り響いた。

 広場は一瞬にして静まり返り、皆がステージ上に目を向けた。

 運命の時が来たのだと、捕らわれた男たちに目を向けた。

 バンボもまた、皆と同じに目を向ける。

 行く当てのない彼を迎えてくれた恩人へ。今、ステージの上で銃口を後頭部に突き付けられた、こちらへ顔を向けてくれないフジナミへ。


「この者たちは、我らがビジョウ・グアラザに仇なす革命派への銃器の斡旋、及び銃弾の製造、密売を行った者である!!」


 高らかに叫ばれた罪状に、バンボは酷く驚いた。フジナミが革命派と商売をしていることなど聞いたこともなかった。このグアラザ自治領でそんな金の稼ぎ方をすればただで済むはずがないと言うのに。フジナミがそのことを知らぬはずがないのに。


 どうして。どうしてそんなことを。


 目の前でフジナミが殺されてしまうというのに、動揺したままバンボは動けない。

 何故なら、彼は遥かな高みから広場を見下ろすその存在に気付いてしまったからである。

 グアラザ自治領中央塔。

 この街だけでなく、世界中の街を統制する政府の中枢であるその塔の屋上に、法衣を纏い、金の杖を持つ男が一人立っていた。綺麗に剃られた坊主頭の下には、にたりにたりと嘲笑うにやけ顔。腰ほどの高さの杖を突き、首を上げ、下界を見下す視線はぎらぎらと光を放ち、彼の姿に気付いた者に声にならぬ悲鳴を上げさせた。

 ビジョウ・グアラザ。

 何百年という時を生き、あらゆる敵を蹴散らしてきた男が。バンボ・ソラキが心の底から憎む仇が、その姿を現した。


「よって!今ここで、領主ビジョウ・グアラザの名の下に!!」


 しかし。


「平和を乱す罪人として!粛清を下す!!」


 兵の言葉に我に返り、バンボは緊張に囚われていた顔をステージに向け。ステージ上から自分を見るフジナミと目が合った。フジナミはバンボに寂しげな顔を見せると。


「お前は元気でやれよ……。バンボ……」


 涙を堪えながらも、一言呟いて。無音の広場で、確かにそれを聞いたバンボは。

 銃の引き金が引かれる瞬間を、その目に――――







「ちょぉっと待ったぁっ!!!」


 その場の全員が振り返る。銃を撃つ直前だった兵たちも、見ていることしかできなかったバンボも。

 広場の外に立つ男が一人。奇妙な仮面を被り、一丁の銃を持っていた。拳銃を空に発砲し、群衆に道を開けさせ、広場を駆けるその男はステージに飛び乗ると、銃を兵の一人へ向けて宣言した。


「貴様らの殺戮行為をこれ以上見過ごすことはできない!死にたくなければ武器を捨てろ!!」


「ああ……?なんだお前は」


 一瞬の静寂がどよめきに染まっていく。紐で留められた、木製の仮面を被る謎の男の正体に、皆が注目を浴びせた。


「なに?なに?」


「なんだあいつは……?」


 銃を構える仮面の男の後ろ姿に、バンボはその正体に勘付いた。つい最近、いや、昨日見たばかりの後姿だ。

 あれは――――


「あれが非天の男なのか……?」


「非天の男は死んだ!!!」


 誰かの呟きに、仮面の男が叫んだ。


「だから、今度は俺がその名を背負うと決めた…!!」


 それを聞き、バンボは確信した。


「闘い続ける男の名だ!ビジョウ・グアラザを殺す名だ!!」


 あれは、ラスター少年に違いない。


「俺が……!非天の男だ!!!」










「……、それで?」


「なに……!?」


「それで、お前はどうするつもりだ?」


 声がした方へ振り向いたラスター少年の前へ、檀へ上がる階段を乗り越えて、巨大な影が重い音を立てながら現れた。

 土造りのステージをひび割れさせる程の重量を携えて、大きく歩を進める巨大な機械。太い鋼鉄の手足を伸ばす操縦席には薄い光の壁が張られ、搭乗者の男を守る。


「誰だお前は」


「グアラザ自治領警備団長、ジーロ・サントス!!俺達の公務を邪魔したからには、死ぬ覚悟はできてるってことだよなぁ!?」


 鋼鉄の四肢を駆動させる機械を操るジーロは、重力シールドに守られた操縦席からラスターを見下ろす。

 筋肉質で彫りの深いその風貌は力強く、ラスターに恐怖を抱かせる。だが、彼にも意地がある。顔を背けず、逃げ出すことなく対峙した。


「死ぬのはお前たちだ。すぐにその機械から引きずり出してやる」


「ほぉー。試してみるか?ん?」


「言われなくても……!」


 ラスターが銃の狙いを操縦席につけ、発砲する。銃口と発火炎が目前に見えるにも関わらず、ジーロは微塵も驚かずに笑ったまま、銃弾がシールドに弾かれるのを眺めていた。


「……っ!」


「気は済んだか?じゃあもういいな」


 鋼鉄の腕に殴り飛ばされたラスターは檀上を転がる。痛みに耐えつつ、なんとか立ち上がるも、彼の周りには兵が集まっていた。

 兵に銃で小突かれ、倒れたラスターは、尚も闘おうと立ち上がる。笑いながらラスターを小突いて倒す兵たちに挫けず、何度倒されようとも、立ち上がる。


「いくらなんでも弱すぎだろ!そんなんでよく俺たちの邪魔する気になったな、おい!?」


 遂に立ち上がる力すらなくなって、ラスターは床に倒れ込んだ。そんな彼の頭に、銃が突きつけられる。

 捕らえられた者たちと、フジナミはその様に目を逸らした。自分たちを助けようとしてくれた少年が、傷付き倒れる姿はとても見ていられる物ではなくて。

 しかし、バンボは。

 ラスター少年が痛めつけられる様を見て、怒りと、何か焦燥にも似た感情を持って群衆の中佇んでいたバンボは、追い詰められたラスターの姿に目を奪われていた。


「おいどうしたぁ?そんなんで領主様を殺せるのかぁ?ああ?おい!!」


 振り上げられた長剣が、ラスター少年に影を落とす。


「馬鹿が調子こいてんじゃねえよ!むかつくんだよ!!雑魚がっ!!」


 剣は振られた。ラスターへ向け苛立ちのままに振り下ろされた。

 だが。

 だがしかし。剣は、受け止められていた。


「……、関係ない……」


「ああ?」


 剣は受け止められていた。

 ラスター少年は銃の背で、銃身が抉られる程の衝撃を震えながらも受け止めて。

 そして、少年の一言を、バンボは聞いた。


「強いとか……、弱いとか……、関係ない。弱くたって、俺が勝つ……!」


 何時か自分が言った言葉。バンボにとって今や遠い昔のことのように思えるその言葉。


「それが俺の……」


 燻ぶらせてきた感情が、忘れようとしてきた、猛る怒りが。


「復讐だ!!!」


 バンボ・ソラキ青年の中に、再び燃え盛った。








「復讐……?」


 ジーロが操る人型重機は、駆動音を鳴らせて指を動かす。金属と合成樹脂で構成された人工筋肉からなる腕を伸ばし、なんとか腕をかわし続けるラスターの小さな体を掴もうと、暴れ回る。


「お前が復讐しようとする理由は何だ?!故郷を消されたからか?友や親を殺されたからか?!所詮はそんな所だろう!?」


 背後に回りこみ、攻勢に転ぜようとしたラスターに、鋼鉄の巨腕が横から振られ、ラスターの体全体を殴り飛ばす。倒れたラスターを兵が囲み、彼を殴りつけた。


「それぐらいのことはなぁ!みんな味わってんだよ!!そこで見てるやつらも、俺たちも!!お前が今悩んでるくらいのことは、とっくに経験して、学んでんだよ!!」


 兵に蹴られ、倒れた拍子にラスターの顔を覆っていた仮面の紐が切れ、彼の顔が曝された。


「何もできやしねえ!!結局、ビジョウ・グアラザには誰も歯向かえねえ!!!」


 立ち上がるラスターが、巨腕に叩かれ倒されて。


「だが、兵士になればマシな生活ができる。飯だっていろんな物が食えるようになる。欲しいものをてめえらから取り上げて、好きなだけ使い倒せる!だから選ぶのさ!あのお方に従って奪う側になるか、それとも奪われ続けるゴミ溜めで生きる側か!!」


 震えながらも立ち上がり、倒されて。


「従うか、諦めるか!人か、ゴミか!人か、ゴミかだ!!復讐なんてのは、馬鹿の考えることだ!!理解しろ!!!」


 尚も立ち上がった所に、ラスターの体は巨大な機械の手で掴まれた。


「そうやって、みんな大人になるんだ。分かったか?」


 ラスターは骨が軋む音を聞きながら、混濁した意識で体が大きく揺さぶられるのを感じた。


「じゃあな、糞餓鬼!!!」


 そして、ジーロの重機がラスターを天高く投げ飛ばした。高く高く、広場の上空を舞って。その高さに、少年は己の最期を覚悟した。

 落下が始まったのを、肌に当たる風で感じたラスターは、サントリデロで見たバンボの勇姿を思い出しながら、目を閉じて。


 自分の体が、再び宙に引き上げられるのを感じた。



「おい、なあ……、あれって……」


 広場にいる皆が、天を仰いだ。捕らえられた者たちも、兵士も民衆も、全員が、空を見た。そしてそこに、高く放り投げられた少年を抱き留め、風を切って空を飛ぶ男を見つけた。

 白き鱗粉身に纏い、超強化繊維プラスチックと多種の金属で作られた仮面を被るその男。

 左腕のガン・ウィンチから射出されるワイヤーと、宙に浮く球状ユニットで空を駆ける、彼こそが。


 天に非ざる、非天の男。


 仮面を被ったバンボ・ソラキの姿がそこにあった。

 広場を見下ろす建物の屋上に降り立つ彼を、数多の視線が追いかけた。フジナミもまた、ローブと白い鱗粉をたなびかせるその姿を目で追った。それが、誰であるのかも知らずに。

 ジーロもその他兵たちもまた呆然と、風を受け、佇むバンボに見入っていた。

 皆が、彼を見ていた。

 けれど、当のバンボが見るのは広場ではなく。さらに上を見上げ、中央塔の頂上から見下ろしているあの男を睨んでいた。

 バンボから幾度となく希望を奪ってきた男。ビジョウ・グアラザ。

 ビジョウは遥か下から、バンボが自分を仮面の奥から睨んでいることに気が付くと、じっと彼の殺気を受け止めた後、にやりと不気味に微笑んだ。


「やっぱり……、来てくれましたね……。バンボさん……」


 これはこの世のことならず。死出の山路の裾野なる。

 賽の河原の物語。聞くにつけても哀れなり。


「ああ、来たよ。少し熱に浮かされた」


 バンボ・ソラキの物語。積まれた石に願いを込めて。

 さあ、幕は開かれた。


「てめえら全員。この俺がぶっ殺す」


 宇宙の果ては荒野にて、蒼き春の怒りを叫べ。









第一話 完



ダストレイが賽の河原のお話を仏教の教えであるという旨の発言をしていますが、実際にはただの民間伝承であり仏教の教えとは異なります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ