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非天  作者: 山中一郎
29/42

第七話  迷い子二人     その三


「ねえ、君、名前なんていうの?」

「誰か付き合ってる人とかいる!?」

「その……、えっと……」

 革命軍の若者たちにひっきりなしに声をかけられ、ランムリアは酷く疲弊していた。人見知りのランムリアは、知らない人たちからこうも積極的に話しかけられると、どうしても萎縮してしまう。

「他に行くとこないならさ、革命軍に入りなよ! その方が安全だしさ!」

「いえ、私は……」

 困り果てたランムリアは、つい後ろを振り返ってしまう。いつも一緒にいてくれた彼が、今も後ろにいるかのように。

 そして、誰もいない背後を見てしまってから、ランムリアは自分がまだバンボに頼ろうとしていることに気付き、慌てて首を振った。

 ――――もう、バンボに頼らないって決めたんですから……。自分で頑張らなきゃ。

「あれ? どうしたの?」

 尚も話しかけてくる若者たちに、ランムリアは顔を引き締めて向き直った。

「私は革命軍には入りません。御迷惑をお掛けしました。そろそろ失礼します。このお礼はいつか、必ず返します」

 ランムリアが部屋から出ようと歩き出す。扉を開けて、建物の広間に出た。

 ダストレイとラスターが無言で佇む広間を、ランムリアが通り過ぎて行く。

 ダストレイはランムリアに「早く出て行ってくれ」の一心で、ラスターはランムリアの美貌に見惚れて、目で追った。

 しかし、惚けていたラスターはランムリアの姿に何かに気が付き、口を間抜けに開いた。

 そして、ラスターが何かを言う前に、ランムリアが建物から出ようとした直前。

 グアラザ自治領に鳴り響く轟音。

 それは、咆哮だった。

 咆哮が鳴り止むか止まないかのうちに、ランムリアの目の前の扉が勢いよく開かれた。

 扉を開けたのは、二人の男性。

 彼らは血相を変えて、ランムリアに言った。

「今すぐこの周辺からお逃げ下さい、ケアン様! スペシメンが出ました!」

「へ? え?」

 動揺するランムリアの後ろで、同じくダストレイも動揺していた。

「おい! 合図はどうした! 合図なしに入ってくるんじゃない!!」

「そんな場合かよ……。大体、この人たちは革命軍じゃないんでね」

 ダストレイに呆れながらそう言ったラスターが、入って来た二人の男に話しかけた。

「スペシメンが出たんですか?」

「ああ! それも二匹だ! 南区からこっちに来やがった! 逃げるぞ!!」

 何が何だか分からないといった様子のランムリアと革命軍の面々は、ラスターたちの会話から、緊急事態であるということしか掴めない。

 現状の把握ができないダストレイが、ラスターたちに怒鳴った。

「どこのどいつだお前らは!! 説明しろ!!」

「説明してる時間はない! ケアン様! こちらへ!」

 ラスターがランムリアを誘導しようと近づくと、その辺りの空気が激しく揺れた。

 ランムリアたちの向かいの建物の上に、一匹の怪物が飛び降りてきたのである。

 全身に血が染み出ているかのような、赤い肌。額に生やすのは、一本の角。

 ダツエバよりも、エメルダよりも遥かに小柄な体型であれど、その異様は間違いなく、スペシメンと呼ばれる怪物に他ならず。

「まずい! もうここまで来たか!」

 成人男性と同程度の大きさのそのスペシメンの目が、ランムリアたちを捉えた。スペシメンが跳躍し、革命軍の建物の屋根に乗る。

 ランムリアがラスターたちに連れられ建物を出ると、スペシメンが屋根を突き破り、建物の中に落下した。

 建物の中で悲鳴が上がり、建物の各所が破壊されていく。

「こ……、これが、例の化物か……」

 ダストレイが建物の中に入って来たスペシメンの姿を見て、後ずさった。異常に膨れ上がった筋肉と、唸る口に生える、鋭い牙に恐怖を感じて。

「退避しろ! 今すぐここから、全員退避だ!!」

 ダストレイは反射的にそう叫んでいた。

 それを聞いて我に返った革命軍全員が、そこから走り出した。しかし、スペシメンはその内の一人の背中に飛び乗り、牙を突き立てた。服を引き裂き、成人男性の筋肉を軽々と噛み千切っていく。

 ダストレイもそこから逃げ出そうとしたが、服の裾が扉の割れ目に引っかかってしまった。ダストレイは服を千切って無理やり脱出したが、僅かなタイムロスがスペシメンの目を彼に引きつけてしまう。

 一人目を食べ終わったスペシメンが、不運なダストレイを追って走り出した。

「お、俺かぁ!?」







「こちらです! ケアン様!」

 革命軍支部の外に出ると、ラスターがランムリアに誘うように手を伸ばす。

「……っ」

 しかし、ランムリアはその手を見て、踵を返してラスターたちとは別の方向に走り出した。

「え!? ちょ……っ、ケアン様!?」

 ランムリアがラスターたちから逃げ、通りを曲がった。

 すると、そこには。

「あ……」

「あ……」

 そこには丁度、革命軍支部の近くまで来ていたバンボとビクトロがいた。

「ランムリア様……」

「……」

 バンボが口ごもり、ランムリアが気まずそうに目を逸らす。

「ん? ひょっとして、あなたが……」

 けれど、ビクトロがランムリアを見て言葉を発すると、ランムリアは弾かれるように、バンボの横を駆け抜けて行ってしまった。

「……っ!」

 バンボはその場で動き出せずに、ランムリアの背中を見つめていた。しかし、次第に募っていくランムリアへの想いが、バンボを走り出させる。

 ランムリアを追って、バンボが走る。

「お、おお……?」

 残されたビクトロは、ランムリアを追ってきたラスターたちと出くわした。

「おい、何がどうなってる!?」

「スペシメンですよ! すぐそこにいるんです! しかも、もう一匹何処かにいるって! まずいですよ! まだ決戦部隊の人たちも着いてないのに!」

「おいおい……」

 何処かからか聞こえてくる轟音が、ビクトロに危機感をもたらす。ビクトロはラスターたちに指示を出した。

「拡散してスペシメンを引きつけろ! ケアン様の方にだけは行かせるな!」

 それを聞いて、一人をビクトロの護衛のために残し、ラスターたちは方々に散った。

「とりあえずこの場から離脱する。ケアン様はひとまず非天の男に任せるとしよう」

 そして、ビクトロも裏路地に入り、騒音収まらぬその場から逃げ出した。

 一方、大通りから裏路地に入ったラスターは、近くにスペシメンが迫って来ているのを音で感じ取っていた。

「うわ……っ、こっちに来ちゃったかぁ……。ついてないな……」

 溜息を吐いたラスターの正面に何かが転がってきて、ラスターは悲鳴を上げた。ついにスペシメンに追い付かれたかと、ラスターは絶望しかけたものの。

「いってぇな! こんな所に壺なんて置きやがって! くそ!」

 それはスペシメンではなく、壺につまずいたダストレイであった。

 ラスターは苛立って、ダストレイに怒鳴った。

「お前かよ! 紛らわしいんだよ!」

「ああ!?」

「スペシメンがこっちに来たかと思っただろーが! ボンクラ野郎!」

「何言ってんだ! 来てるだろうが!!」

「え?」

 ラスターが振り向くと、そこには裏路地を元気に走るスペシメンの姿が。

「お……」

 ラスターとダストレイが、全速力で走り出す。

「おおおおおおおおおおおお!!」

 恐怖に声を張り上げて、二人はスペシメンから必死の形相で逃げ出した。

 走る二人の前方に見えたのは、人気のなくなった大通り。

「分かれ道だ! 二手に別れるぞ!」

 ダストレイがそう言うと、ラスターがこう提案した。

「俺は右! お前は左だ!」

「よし!」

 二人はそのまま大通りに出ると、ラスターは自分で言った通り、右に。

 そして、何故かダストレイも右に曲がってきた。

「おいいい!! なんでついて来てんだぶっ殺すぞ!!」

「いや……っ! やっぱり一人は恐いだろ!」

「知らねー! きめーんだよ! 一人で食われてろ!!」

「いつからそんな口汚くなった! 前はなんかこう……、もっと純粋じゃなかったか!?」

「てめーのせいだよ!!」

 人のいなくなった大通りを逃げる二人の背後で、スペシメンが徐々に距離を詰めてくる。

「おい! あそこに果物が積まれてるのが見えるか!」

 ラスターが指差すのは、屋台に積まれた果物の山。

 ダストレイは切羽詰まった声で答えた。

「それがどうした!?」

「知ってるか? スペシメンは果物を好んで食す! あの屋台をひっくり返すぞ!」

「本当だな!?」

「嘘を言ってる余裕はない!」

 屋台に着いたダストレイが、果物の下に敷かれた風呂敷に手を掛けた。すると、ラスターがしゃがみながらダストレイを止めた。

「待て! 風呂敷が縄で台に繋がれてる! 今外してる!」

「早くしろ! そこまで来てるぞ!!」

 焦れるダストレイの横で、地面に顔を近づけるラスターは急いで手を動かす。

「よし! できたぞ!」

「おう!!」

 ダストレイが風呂敷を思い切り捲り上げた。乗せられていた果物が地面に転がり、スペシメンの目前に並ぶ。

 しかし、スペシメンは果物に見向きもせずに、ダストレイに向かってきた。

「おい!! 話が違うぞ!!」

 怒りながらダストレイが振り向くと、そこにはもうラスターの姿はない。

 ラスターはダストレイに背を向け、全速力で走っていた。

「おいごらぁっ!!」

 ラスターを追って走り出そうとしたダストレイは、前へ出そうとした右脚が何かに引っかかり、転倒した。

 ダストレイが右脚を見てみれば、彼の右足首にはいつの間にか縄がくくりつけられ、屋台にしっかりと繋がれていたのである。

「てめえ!! 騙しやがったな!!」

「ぶははは!! 今度はお前が囮になりなぁ~!! じゃーな雑魚助!!」

「なんっってきたねえ野郎だ!!」

 ダストレイは慌ててヴィブロブレードを取り出し、縄を切ろうとした。

 しかし、スペシメンに背中に飛び付かれ、ダストレイの手からヴィブロブレードが地面に落ちてしまう。

 スペシメンがダストレイに牙を剥き、噛みつこうと口を近づける。ダストレイはスペシメンの鬼のような顔を、両手で必死に押さえていた。

「くそっ! くそっくそっ! くそっ!!」

 遂にスペシメンの牙がダストレイの体に触れるか触れないかの距離にまで近づくと、スペシメンは一気に力を込めて、牙をダストレイの左肩に突き立てた。

「ああぁああああ!! がぁあああああああ!!」

 悲鳴を上げるダストレイの体から、がくりと力が抜けた。恐怖と痛みにダストレイは抵抗する気力を失くし、そんなダストレイからスペシメンは牙を引き抜いた。

 スペシメンがダストレイの衣服を引き裂き、ダストレイの上半身を露わにさせる。

 そして、スペシメンは口を大きく開け、ダストレイの上半身を噛み千切ろうと、牙を剥き――――


「試してみようか。本当に、俺がこいつらに勝てないのかどうか」


 スペシメンの体が、空に弾き飛ばされた。

 ダストレイが見たのは、目前を滑空していく巨大な鉄の塊。それは一機の戦闘機。

 翼を持たぬ鉄の鳥。フリューゲル。

 フリューゲルの機体下部から射出されたストックレスアンカーをぶつけられ、スペシメンはダストレイの体から引き離され、宙を舞っていた。

 地上に着地したスペシメンに向け、フリューゲルのコクピットで、アンリが短く呟いた。

「――――勝負」

 ダストレイはぼやける視界に映ったフリューゲルとスペシメンから目を逸らし、地面に落ちたヴィブロブレードを拾った。

「一体なんなんだ……。どうして俺がこんな目に……」

 ヴィブロブレードで縄を切って解放されたダストレイは、機銃の発砲音とスペシメンの咆哮が鳴り渡るその場から逃げ出した。



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