第七話 迷い子二人 その二
翌日。革命軍西地区支部。
その一室で、椅子に腰かけ向かい合うのは、フィラメルとランムリアであった。
厳しい視線を向けるフィラメルに対し、ランムリアは冷ややかに瞳を逸らしていた。
ランムリアの頬には、何故か張り手の跡が残っている。
二人は互いに黙ったままだったが、二人だけのその部屋には他人を寄せ付けぬ気迫が満ちていた。
「おい……。なんだあれ? なにあの空気」
「知らん。今朝、フィラメルのやつがあの子を引きずって来た」
メクターとその他革命軍の男衆が、その部屋の扉の前に集まっていた。
「なんかあの子、腹減って倒れてたらしいぞ。さっきフィラメルが飯持ってったし」
ざわめく野次馬たちの中で、メクターだけは、なんとなくではあれど、彼女たちがこの状況に陥った原因に心当たりがあった。
「まあ、非天の男関係だろうなぁ……」
メクターがぼそりと呟いたが、男衆の関心は既に別の所へ移っていて。
「っていうか、あの金髪の子可愛くね? 革命軍にあんな子いたか?」
扉の横にある壁の穴から部屋の様子を覗いていた男の一人がそう言うと、途端に野次馬たちは色めき立って。
「可愛いよな! フィラメルとはまた違って、細身でおしとやかな感じで!」
「おい待て! 実はお前らより先に俺が目を付けてたんだ! お前らは引っ込んでろ!」
「関係ねえ、俺のだ! 俺の嫁にする!」
「いや、俺のだね。あの子は今日から俺の金髪ちゃんだね」
はしゃぐ男たちの声は部屋の中にも聞こえていたが、フィラメルは「うるさい」という一言をぐっと飲み込んで、ランムリアに話しかけた。
「どうして、バンボさんの所に帰りたくないんですか?」
ランムリアは目を逸らしたまま、少しだけその目を細めた。
「……」
「黙っていたら、何も分からない。バンボさんが信用できないってさっきあなたは言いましたけど、どういうこと? あなたたちの関係は詳しく知りませんけど、バンボさんはきっと今もあなたを心配してますよ?」
膝に乗せられたランムリアの両手が、ぎゅっとローブを掴む。バンボの名が出る度に、ランムリアの表情が小さく歪むのが、フィラメルには分かった。
「あなたには、関係ない」
そして、ランムリアが震える声でそう言い放った時、フィラメルが椅子から勢いよく立ち上がった。
「関係ないって……! そんな言い方……」
フィラメルは一瞬語気を弱めたが、すぐに取り繕って、続けた。
「わ、私のことは……、ともかく! バンボさんに面倒ばかりかけてたくせに! あの人を信用できないなんて、どうしてそんなことが言えるんですか!?」
段々とランムリアの目に涙が浮かんでいくのを、フィラメルは見た。
「……」
例え黙ったままでも、ランムリアが何かバンボについて考えているのが、フィラメルに伝わってきた。
バンボとランムリアの間に何かがあったのだと思うと、フィラメルはそれがどうしても気になってしまう。
「黙ってないで、なんとか言ったらどうなんですか!!」
「……、うるさい。うるさい!! バンボもお父様も、私を騙してた!! もう嫌なの!! 私を放って置いて!! 私は一人でいたいんです……!! これからは……、一人で……!」
「そんなことできる訳ないでしょ!! あなたみたいな世間知らずが、今朝私が見つけなかったら、今日のうちにもどうかなってたかもしれないのに!!」
ランムリアとフィラメルの声が大きくなっていき、取っ組み合いになる直前、見かねたメクターが部屋に入り、二人を止めた。
「待て待て! ほら、フィラメル! こっち来い!」
「離してください! ちょっと!!」
部屋から引きずり出されたフィラメルは、不機嫌極まりないといった顔だ。そんなフィラメルにメクターは怒鳴る。
「お前、どういうつもりだ! 少しは事情を説明しろ!」
「あの人が泣きながら一人で倒れてる所を見つけて、腹立つこと言われたから一発引っ叩いて連れてきました! それだけ!」
「……」
その剣幕に唖然とするメクターを置いて、フィラメルはさっさと建物から出て行ってしまった。
「ど、どーすんだ……? これ……」
一人狼狽えていたメクターは、突然建物の入口が思い切り開かれた音に飛び跳ねた。
入口の扉を開いたのは、革命軍のリーダーであるダストレイであった。
「リ、リーダーじゃないですか! どうしてここに……」
「どうしたもこうしたもあるか! とっとと例の女を何処かに捨ててこい!! 冗談じゃない! 火が点いた爆弾を手元に置いてるようなもんだ!!」
ダストレイの後に続いて、息を切らせた革命軍の男たちが建物に入って来た。メクターがダストレイへの報告に行かせた者たちだ。
ダストレイは、ランムリアが革命軍の支部にいると聞いて、こうも取り乱してやって来たのである。
「ええ!? いや、急に言われても……、非天の男に引き渡さなくて大丈夫なんですか?」
「知らん! とにかく早くしろ!! 急――――」
ダストレイの言葉を遮るように鳴り響くのは、笑い声。
革命軍の基地の一つであるこの建物の中に、革命軍ではないとある人物が入り込んでいた。
「いやぁ、すごい慌てようじゃないですか。“リーダー”。そんなにビジョウが彼女を探しに来るのが恐いんですか?」
正確には、“元”革命軍のメンバー。
そこにいたのは、ラスター少年であった。
「お前……!? なんでここに……」
流石にダストレイは驚いているらしく、ラスターから後ずさる。
以前とは違い、飄々とした様子のラスターはダストレイに答えた。
「いえ、グアラザ自治領に戻ったついでに、ちょっと挨拶でもしようかと」
動揺する革命軍の面々を前に、ラスターは得意気な表情で語った。
「慌てなくても、非天の男はここに来ますよ。まあ、今日中にはね」
同日。
バンボが目を覚ますと、そこは小さな小屋の中だった。
「あ。お、起きました……?」
敷かれた藁の上に寝かされていたバンボは、すぐ隣で怪我を看てくれていたカンナに尋ねた。
「ここは……?」
「私が働いてる牧場です。一緒におつかいに出てた子たちが、ここまで運ぶのを手伝ってくれました。お兄さん、昨日の朝に倒れてから、ずっと眠ってたんですよ?」
小屋の入口からバンボを恐る恐る覗いている子供たちに、バンボは気が付いた。
「……、ありがとう」
バンボがお礼を言うと、子供たちはさっと隠れてしまう。
カンナは笑った。
「みんな、お兄さんのことが少し恐いみたい。気になるくせに」
「……」
子供たちを怯えさせるのが嫌で、バンボはすぐに立ち去ることを決めた。あまり長居しては、苦しむことになるのはこの子供たちだ。
「助けてくれて、ありがとな。早いとこ出て行くから。お礼に金を置いてくよ。俺のこと、牧場主に見つかったらまずいだろ?」
「いえ、お礼なんて! 前に助けて頂いたのに、そんなのもらえません!」
「子供が遠慮するな。みんなで使いな。誰かに盗られる前にな」
バンボがカンナに金札を十枚渡し、小屋から出て行こうとした。エメルダとの戦いで負傷したバンボの左脚も、動かせる程度にまで回復しているようだった。
カンナはバンボが行ってしまう前に、一つだけ尋ねた。
「あの、お兄さん! お兄さんの名前は、なんていうんですか?」
バンボは身を強張らせ、立ち止まる。
バンボは背中に汗が滲むのを感じた。頬に一筋、汗が流れもした。
バンボ・ソラキは、名乗るのを恐れた。
「あの……」
それでもバンボは、命を救ってくれたカンナに、勇気を振り絞って名を告げた。
「バンボ。バンボ・ソラキだ。……、じゃあな」
自分には何も守れないと分かっていても、バンボにはまた、守りたいと思う関わりができてしまった。
バンボは小屋から出ると、ぼぅっと空を見上げて。
逃げ去ったランムリアのことを想うと、バンボの足取りは次第に重くなっていった。
「おい、そこの青年」
「あ?」
牧場の柵によりかかりながら、バンボを呼び止めたのは、一人の老人だった。
白髪を生やした頭の下には、不精髭が伸びる皺だらけの顔。その表情は、穏やかに笑っていた。
「そんな顔して何処へ行く? 折角の青春だ。笑って過ごさないでどうする」
「はぁ?」
――――なんだ? この爺さん。
バンボはその老人の得体の知れなさに立ち止まったが、長話に付き合わされるのを恐れて、またすぐに歩き出した。
「まあ、待て。どういう訳かは知らんが、ケアン様とはぐれたようじゃないか」
「!?」
バンボが驚き、老人に対して身構えた。それを見ると、老人は快活な笑い声を上げた。
「はっはっは!! 心配するな、俺は敵じゃない。お前さんの話はよく聞いているよ、非天の男。ケアン様は革命軍とかいうやつらの基地にいるらしい。そこまで行く目印は教えてもらったんだが、生憎、俺はこの街にさっき初めて来たばかりでなぁ。一緒に行って、案内してくれんか?」
「何者だ、ジジイ」
「俺か? 俺はビクトロ・ランスヘルム。お前さんが昔入っていた、反政府組織インドラジットのもう一人の指導者だよ。サントリデロでは、妻のフライエが世話になったらしいな」
バンボはビクトロの顔と全身に、何度も目をやった。
バンボの口があんぐりと開いていくのを見て、ビクトロはまた笑った。
「昨日、俺たちはグアラザ自治領にやって来てな。そしたら、ずっとケアン様の捜索をさせてたこっちの人員が、非天の男らしき人物がこの牧場にいると知らせてきた訳だ」
ビクトロはその後も話を続けていたが、バンボは衝撃の余り、殆ど聞いていなかった。
「あれは、今から十六年前だったか……。俺とフライエが治めていたランスヘルム自治領に、ビジョウは突然やって来た。本格的な政治介入が行われ始めたのは五年前からだが、既にあの頃からビジョウの手はランスヘルムに向けられていた」
バンボとビクトロは、横に並んで街を歩く。
物珍し気に辺りを見回しながら話すビクトロは、グアラザ自治領の民の貧しさに眉をひそめていた。
「自分で言うのもなんだが、ランスヘルムは平和な街だった。こんな貧しい生活を民にさせることもない、民のための街だった。俺たちも、それを目指していたつもりだ」
ビクトロの横顔を見つめながらバンボが想いを馳せるのは、母親のように接してくれたフライエのこと。
――――フライエさんは、この爺さんとどんな風に過ごしていたんだろう。正直、想像できない。
「しかし、ランスヘルムにやって来たビジョウによって、俺とフライエはランスヘルムの領主の座から強制的に降ろされてしまった。その上、やつはフライエだけをグアラザ自治領に連れ去ったのだ」
「……、それで、フライエさんはランムリア様を育てるよう、ビジョウに言われたという訳か」
「ああ、その呼び方を知っているのか。そうだ。フライエは当時産まれたばかりのランムリア様を育てるようビジョウに命じられた。ビジョウはランスヘルムを弱らせるついでに、ランムリア様の母親代わりにフライエを選んだ……」
ビクトロの目はかつての怒りを思い出し、強くグアラザ自治領中央塔を睨んでいた。
「俺からフライエを奪い、ランスヘルムを滅茶苦茶にしたビジョウに復讐するために、俺は反政府組織インドラジットを作り上げた。インドラジットの初めの構成員は、ランスヘルムの軍人たちだった。ビジョウと戦った末の生き残りたちだったから、数は少なかったがな」
「ビジョウの軍と戦ったのか?」
バンボが尋ねると、ビクトロは苦々しく答えた。
「いいや。“ビジョウの軍”ではない。“ビジョウ個人”と、だ。一万を超すランスヘルムの軍勢を率いて、俺はフライエを連れ去ろうとしたビジョウに挑んだ。密かに地下空洞から集めていた銃器も全て使ってな」
バンボは拳を強く握った。胸に焦りを浮かばせながら、バンボはビクトロの次の言葉を待った。
「結果は、惨敗だ。俺たちはビジョウを殺すどころか、傷一つ負わせることもできなかった。小僧、お前もビジョウの強さはよく知っているだろう。悪夢のようだったよ。たった一人の男に、切り札の武器を持たせた最高の軍が、瞬く間に壊滅したんだ。稲妻に焼かれた者もいれば、巨大な光の砲弾に消し飛ばされた者もいた」
その惨状を想像して、バンボは戦慄した。
けれど。
バンボはそれ以上に、ビジョウが大勢の軍隊を相手に傷一つ負わなかったという話に、心の奥底で安堵していた。
「四年後、俺たちは中央塔に侵入し、多くの犠牲を払ってフライエを助け出した。フライエはビジョウとランムリア様のことで争い、ビジョウに牢に入れられていた。危ない所だった。ビジョウはフライエを使って、何かの実験をするつもりだったらしい」
「……、あんたらに助けられた後、フライエさんはサントリデロにインドラジットの支部を立ち上げた。そういうことか」
「ああ。俺と同じ、インドラジットの指導者として、フライエは当時技術が急速に発達していたサントリデロで活動を始めた。ランムリア様をビジョウの下から救い出すために」
「フライエさん……」
かつての恩師の笑顔を思い出し、その裏に隠された苦悩を思い描くバンボの目が、道の隅に咲く彼岸花を見つけた。
ビクトロもその花に気が付き、懐かしそうに笑みを溢す。
「彼岸花か。この街にも咲くんだな。……、フライエが好きだった花だ」
「サントリデロにいた頃、あの人によく集めさせられたよ。毒があるから、触る度に手を洗わないといけなくて、面倒だった」
バンボが溜息混じりにそう言うと、ビクトロは快活に笑った。
「あの頃は、俺は携帯端末を持っていなくてな。フライエと話すには直接会うしかなかった。だが、実際にやつの顔を見られてよかったと思ったよ。フライエがお前の話をする時の楽しそうな顔が見られたからな」
バンボがぴくりと身を強張らせ、足を止めた。
「……、知ってたのか。俺のことを」
「まあ、面白い子供がいるというくらいのことだけな。サントリデロの崩壊と共に広まった非天の男の話を聞いて、まさかと思っただけだ。やはり、お前だったという訳だ」
ビクトロは動揺するバンボの様子が気になりながらも、バンボに尋ねた。
「お前、ランムリア様のことはどう思っている?」
その質問に、バンボはまた全身の強張りを感じた。先程とはまた違った緊張が、バンボの中に生まれる。
「いや……。どうって言われても……」
「恥ずかしがらんでもいい。俺はランムリア様に会ったことはまだないが、器量の良い優しい子だと聞いている」
バンボは顔を赤くしつつも、頭の中で言葉を羅列していった。自分の気持ちを少しずつ、整理していくように。
「あの人のことは……。好きとか嫌いとか、そういうのじゃない……」
バンボがなんとか捻り出したその一言に、ビクトロは笑って返した。
「はっは! まあ、そういうことにしといてやるか!」
「……。フライエさんからあの人のことを初めて聞いた時は、正直、なんとも思わなかった。フライエさんは俺たちが助けなきゃいけない人だって言ってたけど……。ただ、ビジョウの娘なら、ビジョウを殺すのに利用できるかもしれないとか、いっそ娘だけでも殺してやろうとか、そんなことばかり考えてた」
ビクトロは目を険しくさせたが、そのまま黙ってバンボの話の続きを待った。
「でも、フライエさんが話してくれたあの人の話を聞いてると、段々、あの人はビジョウとは……、なんていうか……、違うんだなって、そう思って。自分があの人みたいに、父親に騙されながら、何かよくないことに利用されているって考えると、可哀想で仕方がなかった」
「同情したか。ビジョウの娘に」
「……。それから、あの人と手紙のやり取りをして、あの人がどんな人か少しだけ分かった気がした。あの人は悪い人じゃない。結局、俺が殺さなきゃならないのは、ビジョウだ。ただ今は、あの人に頼まれたから外の世界を案内してる。それだけだ」
「なるほど……」
ビクトロは満足気に笑みを浮かべて、空を見上げた。
それから、ビクトロは大きく伸びをして、バンボの方へ向き直り、言った。
「俺とフライエは、なかなか子宝に恵まれんでな。フライエにとって、ランムリア様は実の娘も同然だったのだ。例え、ビジョウの娘であろうとな。無論、俺もフライエと同じく、ランムリア様を実の娘のように思っている」
「……」
「だからこそ、お前がビジョウの下からランムリア様を連れ去ったと聞いた時は、嬉しかったよ」
ビクトロはバンボに右手を差し出した。
「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう。あの人のことを、よろしく頼む」
バンボは差し出されたその手を、じっと見つめて――――
「よかったら、名前を教えてくれんか? お前には期待しているぞ。勇敢な若者よ」
笑顔のビクトロに、バンボの口が重々しく開かれた。
「俺には……、何もできないよ。期待されても、困る」
結局、バンボは手を取らず。苦々しくそう答えて先に行ってしまったバンボに、ビクトロは軽く肩をすくめた。
「ううん……? ふーむ……。まだまだ、悩み多き年頃か……」
ビクトロは気を取り直し、微笑ましそうな顔でバンボの背中に目をやって。置いて行かれないように、速足でバンボを追いかけた。




