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非天  作者: 山中一郎
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第六話  幻の恋     その三



 数日後。

 とある空き家に隠れていたバンボとランムリアの下へ、エメルダが訪ねてきた。

 ランムリアはエメルダを喜んで迎えたが、バンボはやはり、あまり嬉しそうな顔をしなかった。


「そんな顔しなくてもいいじゃないですか。友達なんでしょう?」


「そうですが……。っていうか、そんな変な顔してました?」


 バンボに頷く二人に、バンボは両手で顔を押さえた。

 ランムリアはエメルダを家の中に入れ、椅子に座らせると、エメルダに壺に貯めておいた水を出す。

 あくびをしながら椅子に座ったバンボにもランムリアは水を持ってきて、彼女自身はエメルダの隣の、バンボと向かい合う椅子に座った。


「どうぞ。バンボが失礼ばかりして、ごめんなさい……」


「ありがとう。なんだか夫婦みたいね、あなたたち」


「夫婦!?」


 ランムリアは赤面し、ぼぅっと水を飲んでいたバンボも水を吹き出した。

 濡れてしまった机を拭こうと、ランムリアはすぐに端布を取りに行こうとしたが、バンボが申し訳なさそうに引き止めて。


「いえ、僕が拭きますから!ランムリア様はゆっくりしててください!」


「ランムリア“様”……?」


 またもや失言。

 バンボの背に冷たい汗が噴き出した。

 ランムリアも一間を置いて気が付いて、焦った顔でバンボを見た。表情を変えてはいなかったが、バンボも同じく焦っているような気がして。


 ――――あれ?でも、バンボの昔の仲間なら、私のことを知っているんじゃないのでしょうか。


 「なら、大丈夫かな?」とランムリアが少し落ち着くと、バンボが言った。


「グアラザ自治領に来た時、金もなくてどうしようもなかった所を、この人に雇ってもらったんだ。だから、今はこの人は俺の主人なんだよ」


 危うく、ランムリアは驚きの声をあげそうになった。

 バンボの言葉は明らかに嘘であり、また、バンボはそれを水が流れるような流暢さで口にしたのだ。

 ランムリアは、ありもしないことを即座に考え、すらすらと本当のことのように話して見せたバンボに、ある種の尊敬の念すら持った。


「なんだ、そうなの?てっきりバンボがそういう趣味になったのかと思った」


「んな訳ねーだろ!」


「でも、結構そういうの好きでしょ?」


「は!?別に!?」


 バンボの嘘は驚くほど自然に、事実として認知されてしまった。

 ランムリアはバンボが余程嘘を吐くのに慣れているのだと分かり、少しだけ彼のことが恐くなってしまいそうで、慌てて思考を逸らす。

 バンボとエメルダのやりとりに意識を移して、ランムリアは「姉弟みたいだな」と感想を頭に浮かべて。


「えー。ねえ、あなたもそう思うでしょ?えっと……」


「あ、はい!?私ですか!?」


 虚を衝かれたランムリアは、慌てて返事をする。それから、やっと彼女は自分がまだ、エメルダに名乗っていなかったことに気が付いて。


「ご……、ごめんなさい!私、そういえばまだ名前を……」


「ああ。大丈夫。ランムリアさん、でしょ?メクターさんが教えてくれたの」


「そうなんですか?でも、ほんとにごめんなさい……」


 バンボが不安に感じたのは、メクターの口の軽さである。

 簡単にランムリアの名前を教えたあの男に、ちょっとした苛立ちを覚えつつ、バンボは水で喉を潤した。

 エメルダが部屋の中を珍し気に眺めている間に、ランムリアはバンボに近寄って、耳元で小声で尋ねた。


「エメルダさんは、私のこと御存知ないんですか?」


 バンボは寸刻、どういうことかと悩んだが、すぐに合点してランムリアに小声で答えた。


「ええ。ランムリア様のことを知っているのは、僕とフライエさんだけです」


 何やら耳元でささやき合う二人を、じーっと眺めるエメルダに気付き、バンボとランムリアは慌てて離れた。

 エメルダはにやにやしながら、顔を赤くするバンボを意地悪く見つめる。


「あら楽しそう。何話してたの?」


「いや、別に。それで?お前は何をしに来た訳?」


「ん?何って、遊びに来たの」


「なんで?」


「なんでって……。折角またバンボに会えたのに……、そんな言い方……」


 そう言ってしおらしく落ち込んでしまったエメルダに、ランムリアが同情する。


「そうですよ、バンボ。エメルダさんはバンボに会いに来てくれたんですから。もっと明るくしましょう?」


「……、はい」


「ほら、やっぱりそういうのが好きなんだ」


「違う!」


 そんなバンボとエメルダのやりとりで、本当に二人は仲が良いのだとランムリアには分かって。

 自分の知らないバンボを知っているエメルダに少し妬きつつも、微笑ましい二人を見て、ランムリアは楽しそうに笑った。













「壁画?」


「そう、壁画。ランムリア様が見たいって言うから」


 エメルダはバンボに買ってもらった水飴を舐めながら、バンボに聞き直した。

 グアラザ自治領北区。そこのとある大通りを、バンボたちは歩いている。

 所々に大樹の根が地表に突き出て、地面に点々と生い茂る草木が目立つ場所だ。

 削った木の棒に塗された水飴を上手く食べられず、口の周りから水飴の糸を引かせて、半泣きになっているランムリアは言った。


「ダツエバ様のお話を知りたくてバンボに聞いたら、お話を描いた壁画があるから見に行こうっていうことになったんです」


「ダツエバ?ああ……、あの変な怪物の噂話?」


「噂話というか、お伽噺というか……。まあ、とりあえず壁画に着いてから話すか」


 バンボたちが歩いて行くと、次第に果物や野菜を売る屋台が見受けられるようになってきた。

 物が溢れる景色に興奮するランムリアは、そわそわしつつ屋台を眺めているうちに、とある野菜売りの屋台で売り子をしているフィラメルを見つけてしまった。

 思わず目が合ってしまった二人は、互いに視線をぶつけ合った後、笑顔で挨拶をした。


「こんにちわ」


「こんにちわ。店番ですか?大変そうですね。頑張ってください。それじゃ」


 さっさとその場を去ろうとするランムリアの意図に反し、フィラメルは「そうは行くか」と言わんばかりにバンボの前に出て、行く手を阻む。


「バンボさん、何処か行くんですか?」


「え、ええ。ちょっと壁画を見に……」


「壁画?じゃあ、私が案内します!この辺りはよく来るので!あ、ちょっと待っててくださいね!」


 勢いで押し切られたバンボは足を止め、結局フィラメルが一緒に来ることになってしまった。

 ランムリアは心の中で舌打ちをし、バンボの服を軽く摘まんだ。バンボは服が引っ張られるのと、ランムリアが何やら冷たい視線を向けてくるのに気付いたが、バンボとしては何故そんな目を向けられるのか分からない。


「ねえ!お父さん!お兄ちゃん!いいでしょ!?お願い!」


「え、ああ。まあいいけど……、誰だその人たち」


 フィラメルの大声が聞こえた後、屋台の奥で荷物を運んでいた男性が表に出てきた。フィラメルの父親らしかった。


「この人が“非天の男”だよ、お父さん。あの時、私たちを助けてくれた人」


「あ、ああ……!あなたがですか!!」


 フィラメルの父親が、バンボが危機感を覚えるほどの勢いでバンボの手を掴んだ。驚いたことに、父親は泣いていた。


「あなたのお蔭で私たちは本当に救われました……。あの時、あなたが兵から馬車を取り返してくれなかったら、我々一家は皆飢え死にしておりました……」


「いや、あの」


「あなたの神々しい御姿は今でもはっきり覚えております」


「神々しい!?」


「何か我々にできることがあれば、何なりと仰って下さい。是非お礼をしたいと、毎日毎日……」


「お父さん。バンボさんが困ってるよ。そのぐらいにして」


 娘にたしなめられて、父親は慌てて、店に並べられた野菜をバンボに差し出した。


「いえ、大丈夫ですから!お礼なんていいですよ!」


「しかし、それでは私たちの気がすみません。どうかお受け取り下さい……」


「もう、お父さん。今度、私がバンボさんの所に持って行くから、今日はいいでしょ?これから出かける所なんだから」


「それは申し訳ない!では、不束ふつつかな娘ですが、どうぞよろしくお願い致します」


 何がなんだか分からない内に、バンボたちはフィラメルに引っ張られてその場を離れた。

 嵐のような親子の畳み掛けに圧倒され、バンボたちはろくに返事もできないまま、壁画の方へと案内されることになる。

 先頭を切って歩くフィラメルの後に続くバンボとランムリアは、疲れた顔で歩を進める。


「なんか、すごい親でしたね……」


「ええ……。僕も流されっぱなしでした……」


 その後ろで、エメルダはバンボの背中を見つめ、先ほど感じた疑問を唱えた。


「バンボ、“非天の男”って、何?」


「え!?ああ、それは――――」


「英雄です!!」


「は?」


 誇らしく答えるフィラメルに、バンボもランムリアも驚かされて。


「バンボさんは、あの憎きビジョウ・グアラザに立ち向かう英雄なんです!!」


「声がでかい!声がでかいですよ!!」


 不用心に高らかに語るフィラメルを、バンボが慌てて止めた。

 幸い周りに人はいなかったが、この少女には後で注意しておかなくてはならないと、バンボは決めた。


「……、バンボ。早くこの人をご家族に返しましょう」


「賛成です」


 ぼそりと言ったランムリアに答えたのは、バンボの胸元のアーカーシャだった。ランムリア以外の二人に、「アーカーシャの声が聞こえたのでは?」とバンボは焦ったが、どうやら杞憂のようで。


「へぇ……、バンボがねぇ……」


 和気藹々と騒ぐバンボたちから一歩離れた所で、エメルダはバンボに視線を向けていた。

 何処か寂しそうで、決して、それは明るい心地のする物ではなかった。












 ランムリアは目前にそびえる壁画を見上げながら、口をぽっかり空けて、その驚き様を表していた。

 その壁画には、河原で待ち構える二人の老いた鬼と、服を脱がされ、ひざまずく数人の男女が描かれていた。

 鬼が脱がした服は木の枝に掛けられ、枝をしならせている。

 鬼たちは牙と目を剥き、人に非ざる鬼の形相。跪く人々の表情は、恐怖に染まりきっている。

 様々な植物や鉱物をすり潰して作った塗料で彩色された、おどろおどろしい絵は、美しいというよりはやたらと不気味であった。

 ランムリアはその壁画から受けた感想を、そのまま口に出した。


「なんだか……、恐い絵ですね……」


「僕も初めて見た時は、気味が悪かったですね。この壁画は有名なんですよ。昔の人が、ここにあった建物の壁に描いたのがこれらしいです。今じゃもう、建物は壊れて壁だけになってますが」


「へぇー……」


 バンボの話を聞きながら、ランムリアは興味深げに壁画を眺めまわしていた。

 バンボが振り向くと、エメルダも呆けた顔で壁画を見上げていた。

 エメルダはグアラザ自治領に来たことがなかったのだから、当然のことだと思われた。

 エメルダが組織を抜けて何処かに消えてからも、彼女の言う通り、本当にずっとサントリデロにいたのならば。

 壁画に手を置き、フィラメルがバンボに続いて、説明をした。


脱衣婆ダツエバ様は、死んだ人の衣服をはぎ取って、懸衣翁ケンエオウっていう老人に、衣領樹えりょうじゅという木の枝にその衣服をかけさせるんです」


 得意気に話すフィラメルに、ランムリアが鬱陶しそうな顔を向けた。

 話が長くなりそうだったが、バンボは楽なので、フィラメルにそのまま説明してもらうことにした。


「そもそも、そこに描かれている川は三途の川といって、この世とあの世を分ける川なんです。死んだ人はこの川を渡るとき、善人は橋を、ちょっと悪い人は浅瀬を、悪い人は深い上に流れが速い場所を行かなくてはならなくて、この三つの道が“三途の川”の名前の由来になっています」


 ランムリアがバンボにちらりと視線を寄越した。

 「まだ続くんですか?」と言わんばかりの顔だった。


「つまり、悪い人ほどずぶ濡れになるんです。脱衣婆様たちは衣領樹に服をかけたとき、その枝のしなり具合でその人がどれだけ悪い人か測ると言われています」


 うんざりした様子のランムリアとは対照的に、エメルダは感心しているようだった。


「詳しいんだ」


「ふふふ。そうでしょう?お父さんがよく私に教えてくれたんです。ずっと昔から伝わるお話らしいですよ」


 バンボは壁画に手を付いて、脱衣婆の絵を指し示しながら、ランムリアに付け足した。


「この脱衣婆の、人の衣服をはぎ取るという所が例の怪物と共通しているので、やつはダツエバと呼ばれるようになったという訳です」


「そういうことだったんですか……」


「まあ、ついこの間まで、あんなのが実在してるとは思いませんでしたが……」


 今日ここに来ることになったのは、単にランムリアが行きたいと言ったからではない。この壁画の話を出したバンボ自身も、改めてこの壁画を見直したいと思っていたのであった。

 あの怪物がなんだったのか、バンボは、その正体の手がかりを求めていた。


「ねえ、そろそろ行かない?私、お腹空いちゃった」


 段々とエメルダは飽きてきたらしく、壁画を見渡すバンボたちにそう言った。


「また食べるのかぁ?お前、食ってばっかだな。革命軍のやつらに朝飯もらってきたんだろ?その上、俺たちの金でりんごも水飴も食いやがって」


「えー、いいでしょ?またおごってよ。まだお給料もらえるのしばらく先みたいだし」


「こっちも金に限りがあるんだよ。小遣いくらいもらってるだろ。それで買え」


「けち」


「けちじゃない。アホが」


 バンボが最後にフジナミから貰った給料にも、限りがある。

 バンボはランムリアに色々と世話をしながらも、金の計算を忘れずにしてきた。

 いくら久しぶりに旧知の人と会ったといえど、無闇に散在するという訳にはいかない。

 バンボとエメルダが話す後ろで、フィラメルはランムリアにぼそりと言った。


「なんか険悪なようで、仲良いですよね、あの二人」


 フィラメルははっきりとは言わなかったが、確かに機嫌を損ねているようで。

 その時、ランムリアは初めてフィラメルと気が合ったと感じた。




美味しいよね お祭りの屋台で売ってる水飴

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