第五話 失翼の鉄鳥 その四
バンボは地下室から、地上の民家の中へ出た。
革命軍の人員は皆、地下倉庫に既に避難している。
何故、バンボが地下室から出てきたのかと言えば、噂話でしかないはずのダツエバの存在を確かめたかったのもあるが、それ以前に――――
「バンボ。本当に行くんですか?」
「ええ。もし、そんな化け物がいるなら、放ってはおけません」
――――本当にそんな怪物が存在するのなら、ランムリア様にも危険が及ぶ可能性がある。
バンボは今後のグアラザ自治領での潜伏のためにも、ダツエバの存在を確かめておきたいと、そう思っていた。
地下室の出口で、バンボはランムリアにほとぼりが冷めるまで地下に隠れているように諭した。
「おいおいおい。ダツエバなんて実際にいる訳ねえって。見間違えかなんかだろ?」
メクターはバンボにそう言ったが、すぐに、先程ダツエバのことを伝えに来た男が言い返した。
「本当だよ!本当に出たんだ!俺も見たんだ、この目で!頼むよ、あいつをなんとかしてくれ!!あんた、非天の男なんだろ!?」
「ああ。だから、もう少し落ち着け」
その男のただならぬ様子に、皆が嫌な緊張感に包まれた。
皆、心の表面では怪物の実在を信じてはいなかったが、その奥では確かな不安を感じていたのである。
バンボが民家から出て行こうとすると、ランムリアが彼に呼びかけようとした。
「バンボ!気を付け――――」
「お気を付けて!バンボさん!」
しかし、言葉の途中で、ランムリアはフィラメルに押し退けられてしまう。ランムリアはむっとした顔でフィラメルを睨んだ。
その時ランムリアに向けられた、フィラメルの得意気な視線が、ランムリアに燃え盛る苛立ちをもたらす。
「ああ……、ええー……、ありがとうございます。すぐに戻ってきます。ランムリア様」
けれど、バンボがランムリアの名前を呼んだことで、ランムリアは一転して、勝ち誇った顔をフィラメルに向けた。
フィラメルとランムリアが熱く視線をぶつけるのに困惑しつつ、バンボはアーカーシャを被る。
アーカーシャから吹き出すリアライズシステムの輝きが、バンボの髪を白く染め、バンボはローブの下から各種武装を取り出し、装備した。
「おお!!」
「きゃああああ!!すごい!すごい!!」
「すげえ!本物だよ!!」
革命軍の面々が歓声を上げる。
ダツエバの話で身を凍らせた恐怖は何処へやら、えらいはしゃぎようであった。
バンボはそれを放って、民家の扉を開けた。
外に出たバンボがまず感じたことは、異常なまでの静寂。
皆逃げ去ったせいか、嫌に静かな街中を、バンボは歩く。
「どうだ、アーカーシャ。何かいるか?」
「周囲二百メートルには反応がありません。しかし、依然警戒は必要です」
時が止まったかのように思える街は、バンボに骨身に染み入る異常さを感じさせた。
バンボにとって、こんな風に昼間から誰もいない静かな大通りを歩くのは初めてだったし、これまで在り得なかった光景であるはずだ。
青く澄み渡る空からも、鳥の鳴き声一つ聞こえてこない。
それから、バンボは地面に落ちている衣服を見つけた。
ボロボロに引き裂かれた衣服は、多量の血で濡れていた。その服を着ていたであろう誰かの体は、何処を見渡しても見つからない。
バンボは得体の知れぬ不安が、己の中に生まれるのを感じた。本当に、何かとんでもないことが起こっているのだと、理解せざるを得なかった。
そして、バンボが静寂に耐えられなくなり、アーカーシャに話しかけようとした時だ。
「マスター。巨大な熱源反応を確認しました。こちらに来ます」
アーカーシャの声に反応し、バンボがホルスターの銃に手を掛けた。
静寂から一転して、轟音が大通りに並ぶ建物の向こうから鳴り響く。
建物の壁が崩れる音。壺や木箱が潰れる音。
そして、悲しみを叫ぶような奇声が聞こえてきて。
アーカーシャが仮面の裏の画面に映すレーダーに、赤く巨大な点が現れた。
それは、バンボの正面の建物の向こう側に、“何か”がいることを示していた。
そして、音が一瞬止んで。
辺りが暗くなったことにバンボが気付き、頭上を見上げると――――
バンボは、建物の上に落下してくる、巨大な怪物の姿を見た。
体中の血管が膨張し、浮き出た真紅の体。頭部には鋭く、歪に尖る一本の角。
人間のような二本の腕と脚を持ち、殆ど抜け落ちた金色の髪を持っていた。
目は潰れて塞がっており、肥大化した鼻で周囲を探り、人を容易く丸のみにできそうな大きさの口からは、不揃いで尖った歯が見えている。
その歯と口元は、多量の血で濡れていた。
「なんだ……、こいつは……」
唖然とするバンボへと、怪物が悲鳴の如き叫び声を上げた。
――――こいつが、ダツエバなのか?
その異様さに、バンボは気を取られてしまった。
建物の上にいるダツエバの腕が伸長し、巨大な手でバンボの体を掴む。
「なに!?」
ダツエバの太く筋張った腕が確かに長く伸びたのを、バンボは見た。目の錯覚などではなく、確かに腕の長さが変わったのだ。
バンボを掴むダツエバの手は、容赦なくバンボの体を握り絞める。骨が軋む痛みと、肺を圧迫される苦しさで、バンボが悲鳴を上げた。
バンボを目の前に持ってきたダツエバは、巨大な鼻で彼の臭いを嗅ぐ。
「――――ン……。――――アン……」
バンボはダツエバが何か声を発しているのに気が付いたが、構わずに。
体を拘束するダツエバの手から逃れようとバンボは身をよじるが、ダツエバの力は人間の物を遥かに超えている。
どうあがいても力だけでは逃れられないと分かり、バンボは手だけを動かして、腰に差しているナイフを掴んだ。
そして、バンボはナイフのスイッチを入れて振動させると、手首だけを動かしてなんとかダツエバの手を切った。
ダツエバが叫び声を上げ、バンボを放り投げる。その時、ダツエバは微かに一言、バンボに理解できる言葉を発した。
「――――ケアン――――」
ガン・ウィンチを使って、地上に無事着地したバンボは、ダツエバが呼んだ名前を頭の中で反芻する。
「……、今、あいつ……」
バンボが困惑の眼差しをダツエバに向けると、バンボは空から聞こえてくる大気を裂く異音を聞いた。
バンボの耳を叩くような発砲音が響き渡ると、地面と建物、そしてダツエバの体を、空から降り注ぐ巨大な銃弾が抉っていった。
ダツエバは悲鳴を上げて建物から飛び降り、転げまわった後、地面に両手を突き刺して穴を掘り始めた。
凄まじい速度で掘った大きな穴へと、ダツエバが潜っていく。
どうやら、ダツエバは地下に存在する空間を掘り当てたらしい。
「おい、アーカーシャ!あれ、ランムリア様がいる所じゃないだろうな!?」
「いえ、あれは別の巨大な地下空洞のようです」
「逃げる気かよ!!」
地下へと降りていくダツエバを、バンボが銃で撃つ。弾はダツエバの背中に当たったが、バンボの銃弾では、ダツエバの体に対してあまりに小さすぎた。ダツエバには、拳銃程度では有効打と成り得ない。
結局、ダツエバには真っ暗な地下空洞へと逃げ去られてしまった。
だが、バンボは警戒を解かず、今度は空を見上げた。
すると、そこには――――
「おいおい……、なんなんだ?今日は……」
――――あれは、何だ。空を飛ぶ鋼鉄の塊。ダツエバを空から撃った、あれはまるで――――
それは一機の戦闘機。青空の中を駆ける、翼を持たぬ戦闘機。
――――まるで、翼を失った、鳥のような――――
失翼の鉄鳥。
バンボの目に映るのは、ダツエバに劣らぬ異様な存在であった。
「これはまた、懐かしい物を見つけてきたじゃないか」
グアラザ自治領中央塔の自室にて、ビジョウ・グアラザがぼそりと零す。
窓から見える空の向こうへと飛び立って行く一機の戦闘機を見た時、ビジョウの目は驚きと郷愁に見開いた。
「いつ以来だ、あれを見るのは。あいつから貰った後、すぐに倉庫の奥にしまいこんだきり、すっかり忘れていた。あったな、あんなおもちゃも」
ビジョウは地平線の向こうで怪物と戦っているであろう、その戦闘機の名前を思い出す。
「フリューゲル。実に幼稚な名前だ。確かにそいつなら、スペシメンを倒すことくらいはできるだろう。なるほど。面白い」
椅子に腰かけ、ビジョウは笑う。
そのフリューゲルが、今、誰と相対しているのかも知らずに。
「アンリ・ソラキ。お前は、その偽りの翼でどこまで飛べる」
「おい、アーカーシャ。あれはなんだ。なんで鉄の塊が、鳥みたいに飛んでるんだ」
「あれは戦闘機という物です。マスター。と言っても、あれは特殊な形状をしていますが」
リアライズシステムを纏い滞空する戦闘機、フリューゲルはバンボに機体前部に備えられた二門の銃口を向ける。
アンリはフリューゲルのコクピットのモニターで、非天の男の姿を捉えた。
――――こいつが、例の非天の男。
アンリは仮面を被った怪しげな非天の男を眺めまわし、あることを決めた。
「非天の男。大人しく投降しろ。武器を捨て、仮面を外せ」
変声機越しのアンリの声は、本人の物よりも老けた声となって、バンボの耳に届いた。
「おい、しゃべったぞ。生きてんのか?」
「いえ、恐らく搭乗者が喋っているのかと」
「搭乗者?誰か乗ってんのか?あれに?」
全く話を聞かないバンボに、焦れたアンリはコクピットのレバーを引いた。
すると、フリューゲルの側面部に収納されていた左右二対の棒が展開される。棒には歯車状の刃が並んでおり、上下から隙間なくかみ合わされている。
そして、その棒の周囲に噴き出たリアライズシステムが急速に回転し始め、二本の重力の渦を作り上げた。
重力の渦で全てを引き込み、歯車の刃でありとあらゆる物を引き潰す、破砕機である。
「死なない程度に痛めつけてやろう。捕まえるのはそれからだ」
――――当然、ビジョウに渡しはしない。俺が直接尋問して、ケアン様の居場所をこいつから聞き出す。
アンリはフリューゲルを操り、バンボの傍の建物を狙い、破砕機を当てに迫った。
迫るフリューゲルの破砕機を画面に捉えたアーカーシャが、その兵器の詳細を語りだす。誰にも知られることなく、今まで世界中から隠されてきたはずの、フリューゲルの武装の詳細を。
「“Tempest Edge”(テンペストエッジ)。リアライズシステムで作られた重力の渦と鋼の刃で、対象を完全に破壊します。非常に危険です。回避行動を取ってください」
「もう取ってるよ!!」
バンボが轟音を立てるフリューゲルから、距離を取るため走り出す。フリューゲルはテンペストエッジで建物を粉砕しながら、逃げるバンボを追ってくる。
「逃げても無駄だ!!」
建物の崩壊に伴う砂埃が、走るバンボを包み込む。バンボはその中で、銃を撃つ。
銃口に付けられた機械に跳弾機能を付与されたバウンド弾が、建物の壁を跳ね、フリューゲルの右側面に数発着弾した。
「伏兵!?」
アンリが機体を右に向け、機銃を放つ。しかし、そこには当然誰もいない。
アンリが動揺している隙に、バンボは脇道へ隠れ、そこに吊るされている大きな旗を見つけた。
戦闘機一つ包めてしまえそうなほどに大きなそれを見上げ、バンボはにやりと笑う。
バンボはわざとガン・ウィンチを使って、フリューゲルの目前に飛び出て行き、銃弾を当てて挑発した。
「効くかぁ!!そんなもんが!!」
アンリは煩わしそうに、機銃でバンボを撃つ。
バンボのガン・ウィンチを使った角線的な移動は、アンリにバンボの姿を捉えにくくさせたが、それでも機銃の弾はバンボの体をすれすれに飛んできた。
「ぐっ、ぬっ、おぉぉお!!」
銃弾がすぐ傍の空を切る音を聞き、バンボは焦る。
空中戦は明らかに不利だ。放たれたフリューゲルの銃弾は、建物の壁すら軽々と穿つ。
アンリは、宙を舞いながら脇道へ曲がっていくバンボを追った。
そして、フリューゲルが脇道へと入った途端、フリューゲルのメインカメラが旗に覆われ、画面が暗闇に変わったことで、アンリの操縦の手元が狂う。
勢いのままに脇道に入ってきたフリューゲルの機動も狂い、建物に突っ込んだ後、数秒動きを止めたのをバンボは見逃さない。
バンボはフリューゲルへと飛びつき、フリューゲルの側面に付けられていた取っ手に掴まった。
再び空へと舞いあがるフリューゲルに振り落されないようふんばりながら、バンボはフリューゲルに超振動するナイフ、ヴィブロブレードを突き刺した。
「離れろ!!コソ泥の負け犬が!!」
ヴィブロブレードが機体を切り刻む前に、アンリはフリューゲルを高速で横に回転させ、バンボを振り払った。
宙に弾き飛ばされたバンボはガン・ウィンチで体勢を整え、フリューゲルへ再び跳びつこうとしたが、フリューゲルの機動力は凄まじく、バンボは到底追いつけない。
「くそったれ!もうちょいで中身を抉り出せそうだったのに!!」
広場に着地したバンボは、フリューゲルの機銃から逃れるために走った。
「くそったれが!!コソ泥が、調子に乗りやがって!!」
アンリがコクピットのとあるレバーを力任せに引いた。
フリューゲルの後部に収納されていたストックレスアンカーが、ワイヤーを曳きながら飛び出し、バンボの近くにあった、作りかけで材木が剥き出しの建物にその爪を引っかけた。
「潰れろ!!死なない程度になぁッ!!」
アンリが足でアクセルペダルを踏み込む。
すると、フリューゲルはそれに呼応してジェットを吹き出し、アンカーを引っ張り、建物を倒壊させた。
「頭上から落下物有り。緊急回避してください。マスター」
倒壊した建物の材木が、バンボの頭上から降りかかる。
アーカーシャの忠告のお蔭で、バンボは間一髪、ガン・ウィンチを使って前方へ飛ぶことで、落下してくる材木から逃れた。
「あっぶねえ!!」
広場に面した建物へ入ったバンボは、フリューゲルの機銃を警戒して、建物の奥へと隠れた。
「マスター。今の戦闘機が使っていたワイヤーは、マスターのガン・ウィンチと全く同じ物でした」
「へえ、そうかい。さて、どうするかね……」
銃に弾を込め直しながら次の手を考えていたバンボだったが、何処かで何かが爆発する音を聞くと共に、すぐに自身に更なる危険が迫っていることを知る。
「周囲の温度が急激に上昇しています。付近で火事が起きている可能性があります。マスター」
「火事ぃ!?」
バンボは外に出ると、建物の周囲に炎が高く燃えさかっているのを見た。
骨組みに木材を使っているとはいえ、街の建物は殆どが土で作られている。それにも関わらず、激しく立ち上がる炎に疑問を持ちながら、バンボは建物の中に急いで戻った。
「なんで燃えてんだよ!!くそっ、あっちい!!」
「恐らく、あの戦闘機が焼夷弾を落としたのだと推測されます。着弾点の周囲に燃える物がなくても、弾に仕込まれている燃料でしばらくの間燃え続けます」
「訳のわからん物を次から次へと……」
――――どうする。どうする。空に上がれば、あのくそでかい銃に狙い撃ちにされる。だが、このまま建物の中にいれば、炎で蒸し焼きだ。
「……、くそっ……!」
逃げ場のないバンボは、壁に寄りかかって、目をつむった。
「もう一度言おう、非天の男。投降しろ。武器を捨て、こちらの指示に従え」
外から聞こえてくる声は、変声機越しのアンリの声。バンボはそれが実の弟の声であるとも知らずに、焦る気持ちを深呼吸で落ち着けながら聞いていた。
バンボの視線は忙しなく、部屋中を行き交って。
――――何かないか。何か、何か使える物は……。
そして、バンボの瞳は、床に落ちているロープを捉えた。
「繰り返す。投降しろ。武器を捨て、こちらの指示に従え」
「……」
徐々に熱がこもっていく室内で、バンボは痛みすら伴う熱さを肌に感じ、汗をたらして。
最後にもう一度、熱い空気で肺が熱くなるのも構わず、深呼吸をした後――――
「……、嫌だね」
にやりと笑い、ロープを拾って、階段を駆け上がった。
屋上にまで上がってきたバンボは、滞空するフリューゲルと対峙した。
「これが最後の忠告だ。投降しろ。天にあらぬ、非天の男」
バンボは両手を上げ、フリューゲルへと歩み寄る。
「武器を捨てろ。それ以上そのまま近寄れば、容赦なく撃つぞ」
バンボは立ち止まり、アンリはバンボから目を逸らさず、二人は互いに警戒を緩めない。
炎の熱気に包まれて、兄弟は我知らずに再会を果たした。
二人の間に、沈黙が流れた。それは、ほんの数秒のこと。
沈黙を破ったのは、バンボであった。
「てめえが誰だか知らないけどよ……。俺はさぁ――――」
バンボが、左手を更に高く上げ――――
「負けるのが、大っっっ嫌いなんだ」
指輪のはめられた親指を、大きく回した。
ガン・ウィンチから球体が射出されると、アンリはすぐに機銃を上にずらした。飛び立ったバンボの位置を読み、撃ち落とせるように、狙いを付け直そうとした。
「馬鹿が!一つ覚えなんだ――――!」
しかし。
そこに、バンボの姿はなかった。
ガン・ウィンチは確かに球体へ向けてワイヤーを巻き取ったのに。空中に上がって来たのは、フリューゲルのコクピットの画面に映ったのは――――
バンボの腕から外された、“ガン・ウィンチだけ”であった。
「なに……!?」
フェイントにかかったアンリは気付かない。
ガン・ウィンチに結ばれたロープをバンボが引っ張り、手元にガン・ウィンチを引き寄せたことに。
アンリが機体を建物の屋上に向け直した時には、もうバンボはガン・ウィンチを装着し、空へと跳び上がっていた。
「しまった!!」
バンボがフリューゲルに取り付き、取っ手を掴む。
「ロープワークのお勉強だ」
そして、バンボはその取っ手に、腕から外したガン・ウィンチのワイヤーを巻き付ける。球体を射出させたまま、ワイヤーを巻き取らずに伸ばしたまま、球体を宙に固定させることだけはせずにおいた。
バンボはフリューゲルに掴まりながら、ガン・ウィンチ本体であるガントレットとワイヤーを器用に取っ手に結んで行く。
ワイヤーを取っ手に一周させて、できた輪っかにガントレットを通す。そこから、輪にガントレットをもう二、三周させてから、結び目を締める。
ねじ結びの完成だ。
これなら、ワイヤーの結び目だけにしか力が加わらない。ガントレットに過度な力が与えられて、中の機構が壊れることもない。
フリューゲルにガン・ウィンチを取り付け終わると、バンボは建物にぶつかりながら暴れ回るフリューゲルに必死で掴まり、飛び降りる機をうかがう。
そして、フリューゲルが地上に近づいた一瞬に、バンボはフリューゲルから地上へと飛び降りた。
「あっづ!!」
ぎりぎり炎の中に落ちてしまったバンボは、叫びながら炎から跳び出でた。燃料が付着して燃えるローブを脱ぎ捨てて、大通りを走る。
「あぶねえ!ほんとあぶねえ!焼け死ぬとこだった!!」
バンボの姿を探していたアンリが、地上に降りたバンボを見つけた。
アンリは笑い、機銃をバンボへと向け、叫んだ。
「馬鹿が!のこのこ見つけやすい所に降りて来たか!!」
フリューゲルの側面には、バンボに取りつけられたガントレット。そして、ガントレットからは、先端に球体を持つワイヤーが地面に向かって伸びている。
「逃がすかよ!!」
脇道に隠れたバンボを追おうと、アンリがアクセルを踏み込んだ時だった。
「――――終わりだ」
バンボは左手をぐっと握り、ガン・ウィンチの球体を宙に固定させた。
「!?」
すると、フリューゲルが球体を支点としてワイヤーに引っ張られ、振り回される振り子のように、大きく下方向に回転させられた。
フリューゲルの軌道が地面に向いたのを見るや、バンボはすぐに球体の固定を解除して。
アンリは咄嗟のことに、何が起こったのかも分からずに。
急速で前に進む力を、下方向へと向けられてしまったフリューゲルは、頭から思いっきり地面へと突き刺さった。
街中に、轟音が鳴り響く。
フリューゲルは地面に逆さまに埋まったまま、動かなくなった。
コクピットのアンリも、フリューゲルが地面に突き刺さった際の衝撃で、気を失っていた。
街中に響いた轟音と、巻き上がる砂埃に、バンボは戦いが終わったことを確信した。
機体の半分を地面に埋めたフリューゲルの前に、バンボが脇道から顔を出した。
フリューゲルは、やはりもう動く様子がない。
「俺のガン・ウィンチは、サントリデロの知り合いの特注品なんでね。本体もワイヤーの強度も世界一で――――」
バンボはそこまで言って、先ほどアーカーシャが言っていたことを思い出した。
“今の戦闘機が使っていたワイヤーは、マスターのガン・ウィンチと全く同じ物でした”
「こいつ……」
バンボはヴィブロブレードを取り出し、フリューゲルの中にいる人物を確かめようとした。
しかし、バンボの手は止まった。
懐の携帯端末が振動し、メールが届いたことをバンボに知らせたからである。
「なんだ?」
バンボが端末の画面を点けると、メールの差出人であるランムリアの名が表示されていた。
メールの内容は、バンボのいる場所にビジョウの兵が多数向かっているという旨の物だった。
バンボはその場からすぐに離れなくてはならないことを知り、物惜しげにフリューゲルの方に振り返った。
「……。まあ、いいか」
そして、そう言ってフリューゲルとアンリを残し、バンボはその場を去ったのであった。
「バンボ!無事でよか――――」
「バンボさん!!」
地下武器庫にバンボが戻ると、入口で出迎えてくれたランムリアを押し退けて、フィラメルがバンボに抱き付いた。
「御無事だったんですね!私、もう、あなたのことが心配で……」
「え……?はい……、ありがとうございます……」
「ほんとに、なんなんですか!?あなたは!」
ランムリアは、顔を真っ赤にして恥ずかしがるバンボから、フィラメルを引きはがす。
「邪魔しないでくれます!?」
「邪魔してるのはあなたじゃないですか!」
二人の女子が言い争う横で、バンボは体の疲れに深く息を吐いた。
「元気だねー、若い子たちは」
そんなバンボに水筒を渡してきたメクターは、バンボに笑顔で話しかける。
メクターはバンボが水を飲んだ後、バンボに新品のローブを手渡した。
生地を選んで丁寧に作られた、質の良い物だった。
「まあ、細かい話は後で聞かせてくれよ。どうだい?革命軍の本部で休んでくかい?あんたらになら、部屋くらい貸してくれるだろうよ」
「ああ、そうだな。少し……、疲れた……」
バンボはローブを着て、メクターについて行こうとした。
けれど、フィラメルと言い争っていたランムリアが、バンボの所へやって来て。
「ほら!バンボ!もう行きましょう!!今日の泊まる場所を探さないと!」
そう言ってバンボの手を引っ張るランムリアに、バンボとメクターは小さく、疲れた笑みを溢した。
「行くのか?」
「ああ。この人が言うんじゃ、仕方ない」
「二度と来ません!こんなとこ!」
バンボとランムリアは外に出て、大通りを歩いた。
夕暮れの中、むすっとしながらバンボの前を歩くランムリアに、バンボが尋ねた。
「いいんですか?革命軍の本部ってなると、結構快適な部屋だったかもしれませんよ?」
「いいんです」
ランムリアは振り返り、じっとバンボの瞳を見つめて、言った。
「私は、あなたと二人でいたいんです」
訴えかけるようなランムリアの様子に、バンボは何かこそばゆい心地に顔を赤らめて。
「……。そうですか」
橙色の世界に彩られた、ランムリアの潤んだ瞳に、バンボは思った。
――――きっと、この人のためになら、俺はなんだってしてしまうんだろう。
バンボはランムリアの横に並んだ。前でも後ろでもなく、ランムリアの横で、バンボは彼女の歩幅に合わせてゆっくり歩く。
――――いい加減に、話さないといけないな。俺が吐いている嘘を、全部、この人に。きっと、いずれは知られてしまうに違いないのだから。
今日の宿を探すため、バンボはランムリアと街を行く。
二人並んで、同じ景色を見つめながら。
――――例え、それであなたが、俺を嫌いになってしまうのだとしても。
夕暮れは黒ずみ、じきに、夜が来る。
街中の大通り、地面に突き刺さった戦闘機が一機。
夕暮れの暗がりに目を覚ましたアンリは、ギアを下げ、アクセルを踏み込んだ。
フリューゲルがリアライズシステムとジェットを吹き出し、横に激しく回転する。地面を抉り、やがて機体は地面から解放された。
「あの野郎……!非天の男……、絶対に許さねえ……!!」
アンリはフリューゲルを駆り、中央塔のバルコニーへと戻った。フリューゲルのハッチを開け、バルコニーに降りたアンリは、滞空して指示を待つフリューゲルに話しかけた。
「すまない、フリューゲル。俺が未熟なばかりに……」
アンリがフリューゲルの機体に付いた傷を撫でる。労わるように優しく、穏やかな面持ちで。
「さあ、行け。先生の所で直してもらってこい。次は、もっと上手くやるよ」
アンリが手でフリューゲルを軽く叩くと、フリューゲルはハッチを閉め、空の彼方へと飛んで行った。
アンリはフリューゲルを見送って、その姿が見えなくなると――――
「……、くそっ!!」
唇を強く噛み、悔しさのあまりに、拳を壁に叩きつけた。
東の空へと飛んで行くフリューゲルを荒野から見上げる、一人の少女がいた。
荒野を渡るにしては軽装に過ぎる、何一つ荷物を持たぬその少女は、空を駆ける鉄鳥を、虚ろな眼差しで見上げていた。
「鳥……?」
グアラザ自治領の南方から歩いてきたと思しきその少女は、油と土で汚れきった黒い布をローブ替わりにして、体も顔も隠していた。
「懐かしい……。よく、あの子と追いかけたっけ」
顔を隠す布の下からちらりと見えた少女の口元は、ほんの少しだけ、笑っていた。
「もう、死んじゃったかなぁ……。バンボのやつ」
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第五話 完




