第五話 失翼の鉄鳥 その三
ダストレイが話をしたいということで、バンボとランムリアは、近くの空き家の一室へと連れてこられた。
ダストレイは他の革命軍の者たちを全員外に出して、一人でバンボたちと部屋に残った。
「俺は、ダストレイ・テンバー。革命軍の頭をやっている」
名乗ったダストレイを見るバンボの目は、酷く冷たい。
バンボはダストレイたちが革命軍であることを知ると、途端にその態度を豹変させた。
何故なら、彼にとって革命軍は――――
「どの面提げて、俺の前に出てきた」
恩人であるフジナミと友人のラスターを騙し、利用した、憎むべき存在に他ならず。
空気を震わせるようなバンボの怒りは、ランムリアにもダストレイにも恐怖をもたらした。
「この間、助けてもらった礼をするためだ」
「知らない話だ。そもそも、どうやって俺達を探し出した?ビジョウより早くお前らに見つかるとはな」
「今は、ビジョウの捜索は俺達に攪乱されっぱなしだ。世界の何処にそいつがいるのかも分かっていないビジョウ共と違って、革命軍の総力を持ってすれば、お前たちを見つけ出すのは不可能なことじゃない」
バンボがダストレイを睨む。
ダストレイは、自分が目の前にいるこの青年と闘っても、決して勝てはしないと分かっていた。
装甲車でビジョウと戦ったダストレイだからこそ、粛清会場でビジョウを相手に、あれだけ立ち回れたバンボの実力をよく理解できた。
――――不本意だが、俺とこいつとでは、積み重ねてきた物が違いすぎる。だが……。
――――もし、こいつを俺の手駒にできれば――――
「あの……」
場の沈黙を破ったのは、ランムリア。
バンボの後ろに、隠れるようにして立っていたランムリアは、ダストレイに言った。
「あなた……、前に私を騙して連れて行こうとした人ですよね……?」
「そうなんですか?いつ?」
「あの時です。ほら、あなたが私をお……、ビジョウ……、の所から連れ出してくれた……」
ダストレイの背に冷や汗が伝った。
ランムリアの言葉に、確かにバンボの怒りが一層増したことを、ダストレイは肌で感じ取っていた。
「そ、そうだ!あの時、お前が俺を助けてくれたんだ!覚えてるだろう!?装甲車から投げ飛ばされた俺を、お前が受け止めたんだ!」
「……。ああ、あぁー、あれか。なるほどね……」
バンボはようやく思い出したらしく、ダストレイはこの機に乗じて口を速めた。
そして。
「思い出したか!?そう、そうだよ!だから俺はその礼に情報操作をして、お前に協力したんだ!そこの女がビジョウの捜査網から逃れやすくなるように――――」
「だからどうした!!」
ダストレイは、バンボの逆鱗に触れたのである。
「てめえは人を騙した!!そして死なせた!!忘れてんじゃねえだろうな!!てめえらに銃弾作らされて、死んだ人のことを!!ラスターを囮に使ったことも!!」
目を血走らせ、胸と脳が焼き付くような怒りのままに、バンボが叫ぶ。
今までにないくらいのバンボの感情の発露に、ランムリアは怯えた。バンボがランムリアを指差すと、それにも彼女は体をびくつかせて。
「その上、この人まで騙そうとしやがったのか!!おい!?そんなやつが俺に恩着せがましく、礼をしただなんだと抜かしてんのか!!?」
バンボが突然、ダストレイを殴りつけた。
殴られた勢いで、ダストレイの体が、部屋に積まれていた木箱にぶつかった。崩れた木箱の山が、ダストレイの体を打つ。
ダストレイが口や頭から血を流すのも構わずに、バンボは彼を殴り続けた。
フジナミの死に際のことを思い出して。
傷だらけになったラスターのことを思い出して。
「どうせてめえの目的なんてのは、俺に助けられて潰れた面子を取り戻そうだとか、仲間に入れていいように使ってやろうとか、そんな所だろうが!!見え透いてんだよ!!」
バンボに胸の内を見透かされ、歯ぎしりするダストレイが、足を振るわせながら立ち上がる。
バンボはダストレイから目を逸らさず、冷たい視線を向け続けていた。
バンボを見上げたダストレイは、自分を見下ろすバンボに対して、徐々に苛立ち始め、終いには喚くように怒鳴った。
「……、お前の言う通りだ。そうだ!そうだよ!!俺はお前に助けられたせいで、面子が丸つぶれだ!!組織ん中じゃ、今はお前の話題で持ちきりだよ!組織にはお前が必要だの!俺だけじゃビジョウには勝てねえだの!そんな話ばっかだ!!」
「黙れ!!」
またもバンボの拳を受けて、ダストレイは床に倒れた。
「バンボ!バンボ!!もうやめて、やめてください……」
ダストレイを殴り殺してしまいそうなバンボを、ランムリアが泣きそうになりながら、止めに入った。
ランムリアの潤んだ瞳を見て、バンボは少しだけ落ち着きを取り戻した。バンボは自分がランムリアを恐がらせていると気が付いて、ダストレイに向ける怒りを押し殺す。
ダストレイは息を掠らせながら立ち上がろうとしたが、途中でよろけて、木箱の山に身を落とした。
バンボに殴られて、すっかり腫れたダストレイの目は床に向けられて、彼の発する声も弱り切っていた。
「俺は、革命軍の頭として、お前に詫びる必要がある……。みんなの前でお前に命を助けられたからには、お前には相応の礼をしなけりゃ、俺の立場はねえ……」
「なら、死ね。俺がお前の下につくと思うか?」
「……、思わんさ。思わんよ。だから――――」
ダストレイは脱力し、大きく深呼吸してから、言った。
「俺は……、革命軍は、これからはお前の力になると約束する。お前が必要とする物を提供する。情報でも、武器でも……」
ダストレイは屈辱に打ち震えていた。
取るに足らないと思っていた非天の男に、ここまで屈することになると、かつてのダストレイにはどうして予想できただろうか。
「部下に無駄に働かせてまで、お前は自分の立場を守りたい訳だ」
「ぐ……」
バンボの指摘がダストレイの胸を抉る。
ダストレイが十数年かけて築き上げてきた、革命軍という組織。その頭首という立場は、彼にとって手放すには余りにも惜しい物であった。
ダストレイは、早くこの時間が過ぎることを祈り続けた。
一方のバンボは、悩んだ。
現状、情報が足りないのは確かである。いずれランムリアを街の外に逃がすとしても、革命軍の力を借りられれば、遥かにやりやすくなる。手持ちの弾薬も、底を尽きかけている。
バンボはダストレイが無性に気に食わなかったが、今後のことを考え、彼の提案を受け入れることにした。
「いいだろう。その話に乗ってやる。だが、条件はつけさせてもらう」
「……、なんだ……?」
「謝ってもらう。お前のせいで死んでいった俺の恩人と、今は別の街にいるラスターに。それから、この人にも」
謝ってどうこうなる物でもないが。バンボは、ダストレイにそうさせなくては気が済まなかった。
ダストレイは力の抜けきった瞳のままで、答えた。
「……、分かった……。必ず、謝ろう……」
グアラザ自治領北部のとある場所で、この惑星では滅多に発生しない地震が起こった。
そこにいた皆が、人生で初めての地震を体感したのだ。
得体の知れない地震という現象に、皆が落ち着きを失くし、狼狽えていた。
けれど、本当の恐怖は、その後にやって来た。
今度は、街中に悲鳴の如き咆哮が鳴り渡った。
およそ人の物とは思えぬその声に、街を行く人々は震えあがった。
人々の恐怖は心の中で増幅されていき、次第に皆がどよめき始めると、咆哮の主はその姿を現した。
建物の屋上に這い上がって来た、巨大な怪物を、皆が見た。
その姿を見た人々の顔はまず初めに、信じようがない現実離れした物を見る、気の抜けた表情を見せた。そして、その表情はみるみるうちに青ざめて。
怪物が開いた口の中に、赤い血をまき散らす、咀嚼された“何か”を見て、人々は絶叫し、走り出したのであった。
革命軍の協力を取りつけて、まずバンボがしたことは、弾薬の調達であった。
既に残り十発を切っていた銃弾をどう手に入れるか、バンボも悩んでいた所で。ビジョウの兵から奪おうにも、銃の口径と弾のサイズが合わず、使い慣れた銃を手放すか、危険を冒して、何処か弾薬庫に忍び込まなくてはならなかった。
武器と弾薬を売ってくれるという革命軍の男の下へ向かったバンボは、そこで久しい顔を見ることになる。
「まさか、あんたがあの御高名な非天の男だったとはな」
「もう、怒る気もしない。てめえらが人を馬鹿にした連中だってのは、よく分かった」
その人物は、フジナミが存命の頃、バンボがフジナミの使いで商品の受け渡しをするときに、いつも会っていた男だった。
グアラザ自治領西口の桟橋で、釣りをしていたあの男である。
「知り合いなんですか?」
「ええ。まあ、何度か会ったくらいですが」
「仕事でね。で、何が欲しいんだ?武器の類の管理は俺がしてるんだ。リーダーから聞いてるよ、これからはあんたに必要な物を提供してやれってさ。あんた、どんな手を使ったんだ?あのリーダーに、そんな滅茶苦茶な要求をよく通せたな」
「そのリーダーからの提案だよ。死にたくないから俺に協力してくれるんだとさ。俺が欲しいのは銃弾だ。あと、一応他の武器も見せてくれ」
男はぎょっとしてバンボを見た。そして、頭にかぶった傘の傾きを手で直しながら言った。
「いやいや……、どうやら、上の方ではいろいろあったみたいだな。細かいことは聞かんでおこう。俺のことは、メクターと呼んでくれ。よろしく」
「バンボ・ソラキだ。あまり例の呼び方はするな。それでこの人が――――」
「ランムリアです。そのままランムリアとお呼びください」
「これはこれは、御丁寧にどうも、お嬢さん。さて、銃弾と武器か。ついてきな。武器庫まで案内しよう」
そうして、バンボとランムリアが連れてこられたのは、なんてことのない普通の民家であった。この何処に武器がしまわれているのかと思えば、メクターは床の隠し扉を開け、バンボたちに地下室への階段を降りるように促した。
地下室は地上の建物と同等の広さを持っており、そこには武器や弾薬が入った木箱が、人が歩ける程度の間隔を開けて大量に置かれていた。
「あんたの銃を見せてみな。銃に合った弾を用意してやろう」
「はいよ」
バンボから銃を受け取ると、メクターはその重さと大きさに驚いた。
「おおっと……、これは……。あんた、こんなでかいのを普段から使ってんのかい」
「師匠の形見の一つだ。ずっとそれを使ってきた」
「師匠?へえ、あんたを鍛えたようなやつだ。相当おっかない人だったんだろうな」
銃を囲んで話を続けるバンボとメクターの会話に入れず、ランムリアは退屈そうに木箱にもたれかかった。
ランムリアは先ほどの、怒ったバンボの様子を思い出す。
いつも優しいバンボの見せた、鬼気迫る表情は、ランムリアの胸に恐怖を刻んだ。それはもう、泣いてしまいそうなほどに。
――――バンボは何故、あんなに怒ったんでしょうか。
――――話を聞いていた感じだと、バンボは私以外の人のことも何か言っていた。誰なんでしょう。バンボにとって……、大切な人?
ランムリアは、自分がバンボのことを何も知らないのだと、そう思って。真剣に銃器を品定めするバンボを、離れて見つめていた。
「あ、あの……」
「はい!?」
突然、誰かに話しかけられたランムリアは驚いて、声の主を見た。
ランムリアと同じくらいの歳の、黒い髪の麗しい少女であった。
遠慮がちに話しかけてきたその少女に、ランムリアもおどおどした調子で受け答えた。
「えっと、どうかしましたか……?」
「あの、あそこにいるのは、ひょっとして、非天様ですか?」
――――非天“様”?
ランムリアには一瞬、それが誰を指すのか分からなかったが、すぐにバンボのことだと勘付いた。
しかし、誰かも分からない相手に、バンボの素性を明かすべきではないと、ランムリアは判断した。
「さ、さあ……?どうなんでしょう……」
「ふーん……。じゃあ、直接聞いてみます。ありがとう」
少女は素っ気なくそう言って、バンボの方へと駆けて行った。
「あの、あなたがあの非天様ですか?」
「はい?」
少女の質問にバンボも驚いていたが、彼が答えを返す前に、メクターが答えてしまった。
「ああ、そうだよ。これから革命軍はこいつの協力をすることになったんだ」
「わあ!そうなんですか!?素敵!私、フィラメルっていいます。あなたの名前を教えて頂けませんか?私、ずっとあなたに会いたくて……、だから革命軍に入ったんです!」
「はあ……。バンボ・ソラキです……、よろしく……」
フィラメルは、バンボの手を取った。
バンボが照れるのを見るや、ランムリアは目を険しくさせた。
「お名前でお呼びしてもよろしいですか?バンボ様」
「いや、さん付けか呼び捨てでいいですよ……」
「元気な人だな」とだけ思っていたランムリアだったが、フィラメルとバンボの話す様を見ているうちに――――
「私のこと、覚えてらっしゃいませんか?ほら、前に西口で、私の馬車を兵士から取り返してくれたじゃないですか!」
――――なんで、そんなに強く、バンボの手を握る必要があるの?
「私、あれからずっとあなたにお礼を言いたくて……。これ、私からの贈り物です!頑張ってくださいね!」
「あ、どうも……」
――――「頑張ってください」って、何を?あなたがバンボの何を知ってるの?
ふつふつと、ランムリアの中に湧き上がる感情は、フィラメルから手首につける飾り物をもらって、照れるバンボの顔によって更なる滾りを見せる。
そして、最後には。
「普段から着けてくれたら、嬉しいな……」
両手の指を合わせて、愛らしい仕草でバンボにそう言ったフィラメルに対し、ランムリアは「嫌い」という感覚を、はっきりと自覚したのであった。
――――何、あの人。なんか、嫌な感じがする。バンボは、ああいう人が好きなの?
顔を真っ赤にして、固まるバンボから背けられたランムリアの視線は、フィラメルの肢体に向けられた。
――――胸……、大きい……。
それから、ランムリアは自分の胸元に目をやった。彼女自身、それなりに女らしい体つきをしていると自負していたが、フィラメルの良く育った胸の膨らみを見ると、華奢な自分の体にどうしても自信を失くしてしまう。
――――バンボはいつも私と目が合うと、すぐに何処かを向いてしまいますし。バンボは私のこと……、どう思っているのでしょう……。
ランムリアが興味のない体を装って、木箱に背を預けたまま横目でバンボの方を見た。
すると、バンボも丁度、ランムリアの方を向いた所で。
思わずランムリアはバンボと目が合ってしまって、なんとなく恥ずかしくなって、慌てて顔を伏せた。
バンボとしては、熱心に話しかけてくるフィラメルからそろそろ解放されたくて、ランムリアに助けを期待していたのだが、当のランムリアには目を逸らされ、バンボは途方に暮れた。
バンボとメクターが、一向にバンボから離れる様子を見せないフィラメルにうんざりし始めた頃。
地上から、革命軍の男が慌てて階段を降りてきた。
どうしたのかと一同が思っていると、男は恐怖に染まった顔で、叫んだ。
「怪物だ!!怪物が出た!!人を食う化物だ!!逃げろ!!街のやつらみたいに、ダツエバに食われるぞ!!」
「来たか、ついに」
グアラザ自治領中央塔。
塔の中腹に位置するバルコニーにて、空を見上げていた、アンリ・ソラキは呟いた。
中央塔の中を慌ただしく駆け回る兵士の一人から、たった今、グアラザ自治領に現れた一体の怪物の話を聞くと、アンリは真っ直ぐこのバルコニーへとやって来た。
「人を食らう化物め。この世にあらぬというその力、確かめてやる」
そして、アンリは空へと右手を伸ばす。
その右手首には、腕時計のような黒い機械。
それは、とある物を呼び出す、遠隔操作機に他ならない。
「俺と――――」
アンリはその機械に付いている、いくつかのダイヤルスイッチを回し、機械を口元に近づけ―――
「お前で!」
高らかに、その名を叫んだ。
「フリューゲル!!!」
そして、その呼び声に呼応して、東の空の彼方から、アンリの方へと飛来する、“何か”が在った。
流線型の体を持ち、周囲に浮遊するリアライズシステムと、前後部のジェットエンジンで空を駆ける、一機の小さな戦闘機だ。
翼のない、後部に向けて流れるようなフォルムを形作る、黄色の装甲を取りつけられた、ずんぐりとした体のその戦闘機は、左側面のハッチを開けて、バルコニーへと急速に近づいていく。
その戦闘機、フリューゲルが、バルコニーより少し下の場所を通るとき、アンリはバルコニーから飛び降りて、そのままフリューゲルが開けたハッチから、中のコクピットに乗り込んだ。
「行くぞ、フリューゲル!待ちに待った時が来た!!」
そして、ハッチが閉まるとアンリは操縦桿を強く握り、フリューゲルを操って、怪物が現れたという場所へ飛んだ。




