第四話 幕開け - 最後の青春 - その二
まだ朝方であるにも関わらず、扉も窓も閉め切った薄暗い部屋の中。向かい合って椅子に腰かける男が二人。
一人は頬に深い傷を持ち、手足を縛り、口に布を咥えさせられた幼い女の子を傍らに連れていた。
もう一人の男は、この星では珍しい肉付きの良い小太りの男である。背後に三名の護衛を付けた、いわゆる“隠れ富豪”だ。
ビジョウに資産を奪われ、貧しい者に貶められるのが常であるこの世界では、如何にビジョウの目を掻い潜るかが豊かに生きる鍵となる。人脈を使った情報操作から、人殺しによる口封じまで、あらゆる手を使って隠れ富豪は己の金の足跡を消していく。
グアラザ自治領の各所で見つかる地下空洞の中から様々な機械や武器を地上へ持ち帰る、ビジョウに禁じられた“発掘行為”によって富を築いたこの富豪も、また身の隠し方に長けていた。
「うーん……、その顔じゃあ……、出せて五十万ってとこかなぁ」
「それはそれは、殺生な。あなた程のお方が何を仰います。これでもなかなかの上玉です故、せめて六十万は頂きたいと存じます」
頬傷の男の哀願に、隠れ富豪の男が鼻で笑う。
「下らん。お前、余所でもそうやって値段を吊り上げているそうじゃないか。ん?俺にはいくら払わせるつもりだ?」
頬傷の男の目つきが変わる。媚びへつらう物から、苛立ちを含んだ物へ。
「いえいえ。私は苦労して調達した“商品”に適した額を支払って頂きたいだけですので」
「はっ。気分で変わる値段に適したも糞もない。次のお前の台詞を当ててやろう。“他にもお客はいらっしゃいますので失礼します”、だ。ほら、言ってみろ」
「いやぁ、敵いませんね。それでは、これで失礼します。“他にもお客はいらっしゃいますので”」
そして、頬傷の男が席を立つと同時に、発砲音が鳴り響いた。
部屋に立ち込める硝煙は、隠れ富豪の男の護衛が撃った銃口から、暗闇へと流れ出していた。
撃たれたのは、“商品”である女の子だった。胸部を撃ちぬかれ、口に詰められた布越しに悲鳴を上げた後、床に倒れて女の子は絶命してしまった。
「お前みたいに生意気な商人風情が、俺は大嫌いでね。精々、頑張って稼ぎたまえ」
隠れ富豪の言葉を受けても、頬傷の男は微笑みを絶やさず小さくお辞儀をして、部屋の外に続く廊下の角を曲がって行った。
その姿が見えなくなると、隠れ富豪の男とその護衛たちは、小馬鹿にした笑い声を漏らした。
「見たか?噂の“頬傷”ですら、俺の前では犬っころのように従順だ。人攫いの薄汚い商人風情が、粋がりやがって」
下卑た声で笑っている彼らは気が付かない。部屋の外。廊下を曲がった先で、頬傷の男が銃を構えたことに。
何故なら、見えないのだから。廊下の曲がり角の先は壁に遮られて、頬傷の男にも富豪の男にも、互いを視認することはできないのだから。
なのに、頬傷の男は、廊下の壁に銃口を向けて引き金を引いた。
何発も、何発も銃弾は撃ち放たれて、頬傷の男は銃を降ろした。
頬傷の男は、一体何を撃ったのか。彼は確かに壁に向けて銃を撃ったのに、何故か、彼に見える廊下の壁の何処にも弾痕は見当たらない。
「やれやれ。今夜はしこたま酒と女で楽しもうと思ってたのに。また、“仕入れ”から始めなきゃならん。今度はもっと程度の低い客をあたるか」
そう呟いて、頬傷の男は廊下の扉を開けて外に出た。
誰もいなくなった廊下の奥、曲がり角の先にある部屋には、女の子の死体が置かれたままになっていた。誰にも片付けられることなく、床に倒れたままで。
その死体を片付けるはずだった隠れ富豪の護衛たちも、その隠れ富豪の男さえも。
同じように力無く床に倒れて、全身の銃痕から血を流し、絶命していたのだった。
「あ、ほら、見て!バンボ!鳩がたくさん!」
空を飛んで行く鳩を見て、ランムリアはバンボに外へ行きたいと言い出した。ビジョウが捜索の手を広げているに違いないこの状況で外に出るのをバンボは渋ったが、ランムリアの生い立ちを考えるとどうにも彼女が不憫に思えて、ついついこうして外に出てきてしまった。
ランムリアにはバンボが買ってきたローブを着せて、フードで顔を隠させた。念の為、アーカーシャには周囲に不審な者が近づけばすぐに振動で伝えるように言っておいた。
アーカーシャの有する機能の一つ。周囲二百メートル程度までを感知する人感センサーを使って、怪しい人影を探らせているのである。赤外線やら超音波やらを利用しているのだとアーカーシャは言うが、バンボには良く理解できなかった。
できることならいち早く、ランムリアを連れてグアラザ自治領から出るべきであると考えるバンボが今後のことに頭を痛めるのも知らず、ランムリアは水場に集まる鳩を見てはしゃいでいる。
先程、ここに来る前にランムリアが言っていたことを、バンボは思い出す。
「バンボは……、お父様のこと……、どう思っていますか?」
その質問は、バンボにとって非常に答えづらい物で。バンボはランムリアにそれを尋ねられてからしばらくの間、口を開けなかった。
それでも、何も答えずにいる訳にはいかず。
「僕は……、ビジョウが間違っていると思っています。あいつのやっていることは――――」
けれど、バンボは返答の途中で口を閉じた。
ランムリアがバンボの返答を聞いているうちに俯いてしまったのを見て、バンボはその話をする勇気を失くした。
ランムリアがこれから本当の世界を知っていくことを考えると、彼女の心にこれ以上の傷を付けるのは、躊躇われた。
バンボは思い出すのを止めて、今、目の前ではしゃぐランムリアを見た。
鳩を見るや元気を取り戻したランムリアは、果たして本当に心の底から笑っているのだろうか。
ランムリアが喜んでいるのは確かであろう。しかし、ランムリア自身にも気付かないくらいの心の奥底で、彼女の心は悲鳴を上げているのかもしれない。
「すごいですね!初めて私、こんな近くで見ました!鳩を!!」
「おお……。そんなに喜んでもらえるとは……」
鳩の群れに突っ込んで、見事に一羽残らず逃げられたランムリアが、バンボの下に戻ってくる。
興奮の余り鼻息荒く、目を見開いている彼女にバンボも悪い気はしなかったが、やはり目立ち過ぎである。
それに、バンボはランムリアの服に多数付着している白い物体が気になった。
「ランムリア様……、その……、服が少し汚れてるんで……」
「え?何処ですか?」
ランムリアのフードの所にいくつも付いている白い物は、間違いなく鳥の糞。
ランムリアは思い切りそれに手を触れて、顔を引きつらせた。
「買い換えますか……」
バンボが新しい服を買ってくるまで、空き家でバンボを待つことになったランムリアは、彼の仮面を持たされていた。
鼻の上のあたりから緩やかに角ばった表面に手を当てると、ひんやり冷たくて。ランムリアにはその仮面が鉄でできているように見えるのに、それは不思議と軽かった。
バンボから仮面を受け取った時、これは何かと仮面を眺めまわしているうちに、仮面から女性の声がして、ランムリアは悲鳴を上げた。
ランムリアは、バンボがその仮面は言葉を話すのだと説明するのを、まるで現実味のない心地で聞いて、その仮面が彼女に危険を知らせてくれるとまで言われて、ランムリアはいよいよ訳が分からなくなった。
一人になった空き家の外から聞こえてくる喧騒が、ランムリアの耳に届く。窓から外を見てみると、街を行く人ごみの横で楽しそうにはしゃぐ子供たちがいた。何やら石を積んで山を作っているらしい。
「あれはなにをやっているんだろう」と、微笑ましい想いに浸るランムリアが子供たちの汚れた服に気が付いた。
それに、よく見てみれば、子供たちの体は皆、痩せ細っているようで。
ランムリアは、ぱっと窓から離れて床に座る。
バンボがメールに書いていたことは、本当だったのだ。塔の外に出てからまだ一日も経っていないのに、何処を見ても酷く汚れていて、苦しみ倒れる人が散見された。
目を逸らそうとも、逸らす先にも別の苦しみが待ち構えている有様に、ランムリアは外の惨状を受け入れざるを得なかった。
父がどうして自分に嘘を吐いていたのか、ランムリアには分からなくて。頭を揺さぶられるかのような動揺に襲われて。
信じていたものが崩れていく恐怖に、ランムリアは己の体を抱きかかえた。
「どうかなさいましたか?」
「え?」
仮面のアーカーシャに尋ねられて、ランムリアは顔を上げる。仮面の裏側には液晶画面とスピーカーと思しき穴が開いていた。アーカーシャの声は、そのスピーカーから聞こえてくる物で。
「顔色がお悪いようです。マスターにあなたの話相手となるように言われています。何かお悩みなら、お話し下さい」
「いえ……、大丈夫です。ありがとう。あなたは……、えっと、中に誰か入ってる?あれ?」
厚さ十ミリに満たない仮面を弄くるランムリアは、改めて混乱しながらアーカーシャに応対する。
「別の場所から通信を行っている訳でも、中に小さな人間が入っている訳でもありません。私は人工知能ですので。ようするに、話す機械なのです」
「話す機械!?すごい!外にはあなたのような方もいらっしゃるんですね!」
「それはどうでしょう。私以外の人工知能を見かけたことはありませんし、そういった情報も一切ありません。私は珍しい希少な物なのです。ランムリア。あなたからもマスターに言ってやってください。あのお方は、私を度々無視するのです」
「そうなんですか?なんでそんな酷いことをするんでしょう」
「さっぱり分かりません。あの人は機械使いの荒いお方。私は哀れな機械なのです」
そこまで話すと、アーカーシャが突然震えだした。手の中でぶるぶると振動する仮面に驚いたランムリアは、危険が迫っているのかと慌てだす。
「誰か来たんですか!?」
「ええ。マスターが家の外まで来ています。至急、この会話を中止する必要があります」
「あ、なんだ……」
――――バンボは、危ない人扱いなんだ。
ほっと胸を撫で下ろし、家のドアを開けて入ってきたバンボにランムリアは「おかえりなさい」と告げる。それからランムリアは、手の中の仮面を見て笑った。
――――本当に、人間のような、不思議な機械。
ランムリアにとってアーカーシャとした会話は、今までしたことがないような会話だった。
そう、それはまるで、友達と話しているかのようで。
アーカーシャに向け、ランムリアが尋ねた。
「あなたのことは、なんて呼んだらいいですか?」
「私ですか?私のことはアーカーシャとお呼びください。ランムリア」
「あ、お前!“様”を付けろっつっただろ!ランムリア“様”!」
バンボは慌ててアーカーシャを叱る。そんな一人と一枚を見て、ランムリアは可笑しそうに笑った。
「いいんです、バンボ。そのままで。これからよろしくお願いしますね、アーカーシャ」
ランムリアとアーカーシャの仲が自分のいない間に縮まっているのに軽い動揺を得ながら、バンボはアーカーシャに呆れた視線を向けた。
当のアーカーシャは、気にしているのかいないのか。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。ランムリア」
平然とランムリアをそう呼んで、バンボの顔をひくつかせた。
「私、この街を見て回りたいんです。他の街に行けないのなら、私はいつも塔から見ていた、この街のことを知りたい。この世界が本当はどんなものなのか、知りたいんです」
初めにランムリアがそう言って、バンボとランムリアの二人はグアラザ自治領を見て回ることになった。
広大なグアラザ自治領を全て見て回るには、一体何年かかるか分からない。ビジョウの捜索の手にかからぬよう、細心の注意を払わなくてはならないとバンボにも分かっていたが、ランムリアのために力を尽くすことを決めた。
「バンボ。これはなんですか?」
ランムリアが指差すのは、地面から地上にアーチ状に突き出た木の根であった。街中の広場に不自然に地上に顔を覗かせるその根は、人の胴体と同じくらいの太さを持っていた。
「それはお地蔵様の根ですね。こうやっていろんな所に根っこが出てて、僕らはここから生活に使う水を出すんです」
バンボがナイフで根に傷を付けると、そこから水がだくだくと流れ出す。口を近づけて滴る水を飲む様をバンボが見せて、ランムリアもそれに倣って水を飲んだ。
「ちょっと生温いですね」
「はは。だから、冷たい水はお金を出さないと手に入らないんです。あと、こういう根が出てる場所には、根からいろんな植物が生えてます。それが食糧になったり、日用品の材料になったりします」
庶民の生活を説明するバンボを、ランムリアは甚く感心した様子で見ていた。彼女にとっては一つ一つが新鮮で、驚嘆させられる物だった。
ランムリアが別の場所も見たいと言って、バンボが彼女を連れて街を行く。ランムリアが着るローブの袖は、袖口のあたりが大きく広がる通常とは違う物だ。バンボが新しく買ってきた服は、最近女性の間で流行っているという“振り袖”付きのウエストの部分が締まったローブだ。
ランムリアに少しでも良い物を着せてやりたいという想いもあったが、目立たないようにするためには彼女の服装を周りに合わせる必要があった。強い太陽光を避けるため、女性は皆ローブのフードで頭を隠す。ランムリアを追っ手の目から隠すには、それが丁度良い。
「あの、バンボ」
「なんですか?」
「この服、似合いますか……?」
フードで隠れて見え辛いが、確かにランムリアは恥ずかしがっているようで。そもそも顔が殆ど隠れている時点で似合っているも糞もないような、そんな気がしながらも、バンボは答える。
「うーん……、やっぱりランムリア様には不釣り合いでしょうか……」
「えっ」
「ランムリア様が普段着ていたような物よりきっと素材もずっと悪いですし、そもそもそれは街の女性が着るような物で……」
つらつらと思う所を述べていたバンボがようやくランムリアのしょぼくれた様子に気が付いた。
何やら彼女が落ち込んでいるということまではバンボにも分かったが、しかし、何故落ち込んでいるのかが分からない。
分からないから、バンボはおろおろと狼狽えて。
寂しそうな目を向けたランムリアは、気を取り直してバンボに言った。
「ごめんなさい、なんでもないんです。ねえ、バンボ。もう少し、街のことを見て回ってもいいですか?」
「ええ……、まあ、目立たない場所になら……」
ランムリアがバンボの後ろに付いて、また二人は歩き出す。
平気な様子を見せてはいたものの、やはりランムリアはまだ気を落としているようで。バンボが度々振り向いて様子を見ると、その度に笑顔を返してはくれたが、何処か寂しそうな色も顔に浮かばせた。
ランムリアが何を考えているのか、バンボにはさっぱり分からない。
バンボは今後どうするのかを考えながら、これから先、ランムリアと上手くやっていけるのか不安に駆られるのだった。




