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非天  作者: 山中一郎
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第四話  幕開け  - 最後の青春 -     その一

「くそっ!」


 グアラザ自治領中央塔。主であるビジョウ・グアラザのいない塔の中を、荒らしまわる一人の男がいた。

 苛立ち、近くにある物を片っ端から蹴り飛ばし、投げ飛ばし。男は、コッパー・ジョウは頭を掻き毟り、怒りを放つ。


「くそっ!くそくそくそぉぁあああ!!!」


 コッパーは部屋中に設置された機械を、素手で叩き壊して暴れ回る。何かを探して、それを見つけられない怒りのままに。


「何処だ!?何処に隠しやがった!!ビジョウ!ビジョウ!!」


「な、何だお前は!?誰か来てくれ!!」


 騒音を聞きつけ、塔内を警備する兵がコッパーの存在に気が付いた。すると、コッパーは瞬きする間もなくその場から消え去ってしまった。


「消えた……?」


 兵が部屋中を見渡しても、何処にもコッパーの姿はなかった。まるで、幻であったかのように、兵の目の前からコッパーが消えてしまったのだ。

 しかし、荒らされた塔の内部の惨状は、コッパーが確かにこの場に存在していたことを証明していた。

 一方、当のコッパーは塔の屋上にいた。


「ふざけやがって!ふざけやがって!!あぁああああああああああああ!!!」


 グアラザ自治領を一望できる高さの場所。塔に纏わりついて大きく育った、皆が“お地蔵様”と呼び崇める大木すら見下ろせるその場所で、コッパーは発狂して喉を鳴らす。


「まあ、いいか」


 そして、その怒りはあっさりと消え去った。直前とは一変して、落ち着きを取り戻した彼の様子は至って異常だ。


「とりあえず、単純にしまい込まれている訳じゃないと分かっただけでも良しとしよう。ここにあるのは間違いないんだからな」


 塔の屋上から見ても、地平線に届く程の広さのグアラザ自治領。

 コッパーは黄金色の双眸で、自治領を囲む、微かに見える荒野を望む。グアラザ自治領の西口がある方角を向いて。

 人に非ざる視力を以て、コッパーは西口から領内に入ってこようとするビジョウ・グアラザの姿を捉えた。

 怒りに満ち満ちたビジョウの顔を見るや、コッパーは気分良さ気に、にやりと笑う。


「さあ、おいとましようか。そろそろ、あのクズの御帰宅だ」


 コッパーはグアラザ自治領の街並みの一角に目を向け、笑い混じりに言った。


「非天の男。お前が手に入れた物は、どうだい?」








 一言で言えば、俺は、バンボ・ソラキはびびっていた。


「……」


 ケアン・ランスヘルム。

 俺やフライエさんは、ランムリア様とも呼んでいた。

 今、俺の目の前に座るこの人は、あのビジョウ・グアラザの娘であり、この世界で二番目に偉いお人である。

 仇の娘であり、恩人が救おうとしていた人であり、俺にとっても守るべき人であり、なにより――――


「これ、虫の声……、ですよね?地上では、夜は虫の声が聞こえるんですね」


 想像以上に、可愛らしかった。

 フライエさんから何度か話に聞いてはいたが、正直ここまでとは思っていなかったのだ。せいぜいそこいらに歩いているような、粗悪な化粧で顔を整えた女子に毛が生えた程度のものを想像していたのに。


「あの……」


 侮っていた。

 あのビジョウの娘がこんな美人な訳がないと。食う物が違えば人間ここまで差のある成長をするのかと、仕様もない納得の仕方をしてしまう位に衝撃を受けていた。


「その仮面、外してくれないんですか?」


「え?」


 言われてようやく、俺は仮面を付けたままでいることに気が付いた。

 ビジョウの下からランムリア様を連れ去って、グアラザ自治領の街に入った後、何処に逃げるかを考えた。その結果、グアラザ自治領を出て、ビジョウが所有する物より遥かに劣悪な車で、隠れる場所のない荒野を何日も行くよりは、このまま街に身を潜めた方が安全であろうという考えに至ったのだ。

 そうして方針が定まると、夜になる前に空き家を探して、ここに隠れた。

 その間、ずっと仮面を付けたままであったということか。そういえば、何かアーカーシャがごちゃごちゃ言う声が聞こえていたような気もする。


「マスター。私に返事を下さらないのなら、いい加減こちらにも考えがあります」


 アーカーシャを無視して仮面を取ろうと手を掛けて、俺はふとその手を止めた。

 さっきは流れに任せて仮面を取ったが、俺の顔を改めてランムリア様が見たら、もしかすると、幻滅されてしまうのでは?


「……?」


 首を傾げるランムリア様は、こちらをじっと見つめている。

 このまま取らずにいる訳にもいくまい。失礼でもある。

 ランムリア様は俺の顔をどう評価するだろう。落ち着いて見れば、俺の顔が平均以下の容姿であることに落胆するのではないだろうか。

 生まれてこの方、一度も女性に好意を持たれたことのなかった俺の顔を、この人に見せてしまって良いのか。かつてサントリデロにいた頃、欠片も実らなかった初恋の相手は、俺の顔を“カス”と評し、一笑に伏した。

 つまりは、俺はランムリア様に自分の顔を見せたくないと言うのが、正直な所であった。


「この女性に、マスターの身体的コンプレックスを教えます。マスターの乳輪に定期的に毛が――――」


 それでも、やはり顔を隠したままでは失礼に違いない。

 そもそもランムリア様が、俺にそんな期待をしていないことを祈って。

 俺は、仮面を外した。


「その……、お見せする程の顔でも……」


 つい顔を傾けて、ランムリア様から見えないようにしてしまう。

 ランムリア様はどんな顔をしているのか。気になるけど、俺は目を向けることができなくて。


「やっと、お会いできましたね」


 けど、ランムリア様の一言は、俺が想像していた物とはかけ離れた物だった。


「え?あ、そ……、そうですね」


 ランムリア様が立ち上がり、俺の手を握る。蝋燭の灯りで照らされたランムリア様の笑顔は、眩しいくらいに明るく輝いて見えた。


「あなたのこと、なんて呼んだらいいですか?」


「ぼ、僕ですか……?え……、まあ、普通に呼び捨てで……。あっ」


 そこまで言って、気付いた。

 そうか。ランムリア様は俺の名前を知らないのか。端末でやりとりしていた手紙でも、俺の名前は隠していたから。


「そうか……。僕は、バンボ。バンボ・ソラキです。バンボと呼んでください」


「バンボ」


「は、はい」


「バンボ!」


「……、なんですか?」


「可愛い名前ですね!」


 本当に、本当に可愛らしい笑顔でそう言われて。俺は顔が赤くなるのが恥ずかしくて、慌ててランムリア様から離れた。


「今夜はもう遅いですから!そろそろお休みになられた方が……!」


 そう言って俺が手渡した二枚の布を受け取って、ランムリア様はきょとんと首を傾げる。「これは何ですか?」と、聞いてくる。


「え……、布団ですよ。布団」


 いくらか間を置いて、ランムリア様が二枚の布と俺の顔に視線を往復させる。


「これが……、布団……」


 ああ、そうか。

 ランムリア様が戸惑うのも無理はない。ランムリア様はビジョウの塔では、何不自由なく生活していたのだ。きっと布団にしても、相当良質な物を使っていたに違いない。


「あ、あの、お気に召さないのでしたら、もっと良いものを探してきますが……」


 ランムリア様は物憂げに布を何度も弄って、やがて、心を決めたように言った。


「いえ、大丈夫です。ありがとう。使わせて頂きますね、これ」


 そう言ったは良いものの、ランムリア様は二枚の布をどう使えばいいのか分からず、こちらに困った視線を向けてきた。

 一枚を床に敷いて、もう一枚を体に巻くと良いと教えてあげると、ランムリア様はようやく合点したらしく。

 ランムリア様は布に包まり横になろうとした所で、俺に尋ねてきた。


「あなたは何もいらないんですか……?」


「ええ。まあ、僕は布団はいらないので」


 単に、二枚しか布が見つからなかっただけなのだが。貧しい生活に不慣れなこの人には、それでも辛いに違いない。そう思って、遠慮したのだ。


「これ、どうぞ」


「え?」


 ランムリア様が差し出したのは、自分が包まっていた布だった。


「いえ、大丈夫ですから!本当に!」


「でも、それじゃあなたも寝辛いでしょう?私だって、大丈夫です。折角二つあるんですから、二人で使いましょう?」


 本当に、この人があのビジョウの娘だと言うのか。こんな心優しい人が、あの糞野郎の血を引いていると言うのか。


「……。いえ、そのお気持ちだけで充分です。僕は本当にこのままで大丈夫ですから、ランムリア様がお使い下さい」


「そうですか……。じゃあ……」


 ようやく横になったランムリア様は、慣れない寝心地に何度も体をよじっていた。

 やがて、ランムリア様はなんとか落ち着く体勢を見つけると、こちらに目を向けて、言った。


「バンボ。その……、お義母様は、今どちらに?」


 ある意味、俺が最も恐れていた質問だった。

 ランムリア様はずっと気になっていたのだろう。よく、手紙でフライエさんに会いたがっていたこの人にとって、塔の外に出てまずしたかったことは、間違いなくあの人に会うことだったはずで。


「え……、ああ……、今はまだ……、この街に来ていないので……」


 けれど、俺は嘘を吐く。今まで通り、その場しのぎの嘘を。

 真実を伝える勇気も、これまでの嘘を謝る勇気も、俺にはなくて。


「そうなんですか……。お義母様と会うのは久しぶりだから、楽しみ」


 そう言って笑うランムリア様は、本当にあの人のことが好きだったのだと、そう思って。

 酷く、胸が痛んだ。俺はこの人に酷いことをしているのだと、実感した。


「バンボ」


「どうしました?」


「本当に、ありがとう。おやすみなさい」


 恐らく、布団のことだけでなく、ビジョウの下から連れ出したことに対しても、ランムリア様はお礼を言ってくれているのだろう。


「どういたしまして。おやすみなさい」


 俺の返事に、ランムリア様は嬉しそうに笑顔を見せた。その笑顔がまた、どういう訳か、この世の物とは思えぬ可愛らしさで。

 これからビジョウの追っ手から逃げるために、考えなくてはならないことは山ほどある。だが、今日は途方もなく疲れてしまった。とりあえずは、休んでおかなくてはならない。

 しかし、布に包まれて眠るランムリア様を横に、床に座って壁に背を預けて眠ろうとしたものの。胸がやたら強く脈打つあまり、結局俺は、一晩中寝付けなかった。







第四話  幕開け -最後の青春-







 響く足音は耳慣れぬ、靴裏が床に吸着するかのような独特の音を立てる。

 アンリ・ソラキには、金属で形作られた塔の中は、外の土だらけの景色とはまるで別世界に思えた。外から見れば他の建物と同じ土造りにしか見えないのに、塔の中に入ってみれば、どうしてこうも異様な光景が広がっているのか。

 この塔に、アンリ・ソラキという人間の全てが飲み込まれていく、アンリはそんな気さえした。

 天井に瞬く灯りは松明の炎ではなく、この塔の中だけで作られている“電気”という物を使った照明だ。

 ――――かつて、あの滅びたサントリデロ工業都市でも電気が作られていたというが、今やあの街は崩壊して見る影もない。

 ――――潰したのだ。奴が。

 ――――ビジョウ・グアラザが。

 アンリが足を止めると、廊下の奥へと響いて行く足音も聞こえなくなった。鋼鉄の扉の前でアンリの耳を圧迫する静寂は、目の前の扉の向こうにいるあの男に感じる、彼の恐怖か。それとも、怒りか。

 息を大きく吸って、心持ちを整える。

 ――――殺意を抑えろ。恐怖を逸らせ。冷静に、冷静に。

 心の用意をして、アンリは扉を軽く叩いた。


「入れ」


 塔の最上階から一つ下にある、この世界の中枢。ビジョウ・グアラザの座す執務室。中に入ってみると、執務室というよりは玉座に近い。

 アンリが一歩一歩上がっていく段差の先で、気怠そうに座る男は、見間違えるはずもない。

 坊主頭に、法衣姿。

 ――――ビジョウ・グアラザ。俺から全てを奪った男。


「お初にお目にかかり光栄です。領主様。アンリ・ソラキです。この度は政府補佐に任命頂き、誠に感謝しております」


 頭が警鐘を鳴らすほどのビジョウの威圧感に、アンリの体が逃げ出そうと震えだす。


「遠い所をわざわざご苦労。これから君にはこのグアラザ自治領で仕事をしてもらう」


 ビジョウの声が苛立っているように聞こえた。

 ――――昨日、何か事件があったのは気付いていたが、それが関係しているのか。ビジョウを怒らせるほどの出来事があったのなら、調べて置く必要がありそうだ。


「仕事の詳細は君の部屋に置いてある書類に記してある。話はそれだけだ。下がれ」


 ビジョウに早々に話を切り上げられ、アンリは拍子抜けすると共にほっとした。

 昨日、アンリが領内放送で切った啖呵に対しても、ビジョウは特に言及してこなかった。

 部屋を出ていく時に、気取られぬよう気を付けながら、アンリはビジョウの表情を探る。

 何時も薄ら笑いを浮かべていたビジョウの顔が、苦しみか怒りかは知らないが、確かに歪んでいるのがアンリには分かった。

 アンリは塔の中に与えられた自分の部屋に戻り、ローブのポケットから携帯端末を取り出した。

 この世界に数える程しか存在しないという、その存在そのものすら疑われる機械だ。アンリが電源を入れて画面に指を滑らせると、様々な項目が画面に並ぶ。

 かつてはそれらの機能が全て利用できたのだろう。しかし、今では特定の相手と通話する以外のことはできはしない。メールという物も、インターネットという物も、読めはしても、その意味すら彼ら人類には理解できないのだ。

 アンリが携帯端末で通話をかけた相手は、三度の呼び出し音の後、電話に出た。


「おお。どうだった?ビジョウは」


 老いた声だ。

 アンリにとって聞き慣れた、落ち着いているようで、ふざけているかのような陽気さを含んだその声を聞くと、少しだけ恐怖に強張った心が安らいだ。


「まあ、相変わらずでしたよ。何やら機嫌が悪そうでしたが。やつにはいち早く死んでもらわないと、おっかなくて仕様がない」


「はっははは。焦らず恐れず、やるべきことをやっていけい」


 ――――そうだ。恐れるな。俺はビジョウを越えなくてはならない。


「先生の方はどうですか?何か収穫はありそうですか」


 ――――家族を殺された時、ただ泣いていることしかできなかった俺だからこそ、やらなくてはならないのだ。

 ――――これは、俺を置いて何処かへ行ってしまった兄貴への、ささやかな復讐でもある。

 ――――ささやかであれど、果たさずにはいられない。


 ――――これは俺の、ビジョウと兄貴への復讐だ。


「ああ、それがなぁ。なんか今、すごいことになってるらしいぞ」


「すごいこと?」


「昨日お前が乗って来たあの装甲車、ビジョウがぶん投げて潰したらしい」


「あなたの正気を疑いたくなるくらいに、化け物染みた話ですね……」


「わしは健常だ。おかしいのはビジョウ。それからな」


「はぁ」


「ビジョウが何やら、非天の男に“何か”を持って行かれたらしい。それで可哀想な装甲車は犠牲になったということだそうだ」


 ――――非天の男。

 ――――噂には聞いている。ビジョウに挑んで返り討ちにあった、正義の味方気取りの小悪党。度々、街中で公務の妨害をする正体不明の男。

 ――――やつが、ビジョウから“何か”を持ち去った。

 ――――ビジョウの機嫌が悪かったのは、そのせいか。


「非天の男は何を奪ったのでしょう?ビジョウがそこまで怒る物があるとは聞いたことがありません」


「物とは言っていたが、人でないとも限らん」


「まさか……」


「ああ。恐らくそういうことだ」


「どうしますか、先生。このままでは……」


「まあ、こっちで探ってみるさ。お前はお前のやるべきことをやれ。“やつ”への報告も忘れずにな」


「分かりました……。それでは」


「おう。上手くやれよ」


 通話が終わり、アンリは携帯端末の電源を切った。

 アンリは己に残された問題は山積みであることを実感した。これから先どうなるのか、考えれば考えるほど、不安にならずにはいられない。


「はぁ……」


 アンリは溜息を吐いて、窓から空を見上げた。

 この塔の中は、どうにも彼にとっては息苦しい。

 アンリは窓枠に肘をつき、街並みを見渡した。

 薄汚れた街の上を鳩が一羽、飛んでいるのが見えて。なんとなく、アンリは微笑ましい気持ちになった。



乳輪に毛が生える人は実在するんですよ 例えば、僕とか

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