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非天  作者: 山中一郎
1/42

1-1  これはこの世のことならず

 その男、天に非ず。


「どうした?これで終わりか?」


 高い塔の上に、男が二人。


 一人は坊主頭に法衣姿の、人に非ざる力を持った、世界を統べる男。ビジョウ・グアラザ。


 一人は黒い仮面を被り、顔を隠したローブ姿の男。バンボ・ソラキ。


 ビジョウの前に倒れるバンボは、己がビジョウの足下にも及ばぬ存在であることを知った。


「俺に一つでも傷を付けてみろ。そうでないなら、この街にいる全員が死ぬぞ」


 バンボの傷だらけの体を動かすのは、脳裏に浮かぶ両親の姿と、彼を育ててくれた恩師の姿。

 両親も恩師も、既に死んだ。


 ビジョウによって、殺された。


 バンボはナイフを構え、ビジョウに切りかかる。ビジョウはそれを笑いながらかわし、バンボの腹に蹴りを入れた。バンボはその衝撃に再度倒れ、今度こそ力尽きた。

 笑う声が響いていた。

 バンボが意識を失うと、鉄屑の街には、雪のように見える微小な機械が降り注ぎ、その街にいた全ての人々の命を奪った。


「お前たちに自由はない!ははっ!例えお前たち人間が束になってかかろうと、俺には決して敵わない!」


 バンボが次に目を覚ました時、半壊した街には、死人の姿だけが在った。

 ビジョウの姿は既に、その街から消え去っていた。

 バンボはビジョウが直接統治するグアラザ自治領を目指し、荒野に出た。

 満たされるはずのない復讐心を胸に秘め。

 己がどうすればいいのかも分からずに。

 バンボ・ソラキ。二十歳を迎えた荒野の星空の下。

 もうじきに、彼の青春が終わろうとしていた。




 これは、バンボ・ソラキが、ビジョウ・グアラザへの復讐を果たすまでの物語。







非天






 宇宙の何処かに在るその惑星は、荒野が何処までも広がっていた。

 人が生きるには過酷な世界だ。

 世界に恵みを与える一本の大樹がなければ、人の世が栄えることはなかったであろうその惑星には、各地に点在する街がある。

 そして、その内の一つ。最も大きなその街に、彼はいた。


「おい、バンボ。起きな」


 頭を本の表紙で叩かれて、バンボ・ソラキはその目を開けた。

 陰になった店の中に、午後の陽気が心地よく一筋差して。店番を申し付けられていたにも関わらず、ついつい居眠りをしてしまったバンボは、寝ぼけた顔で店主の男を見やった。

 バンボの顔はお世辞にも端麗とは言えないが、頬に付いた机の跡が、それに輪をかけて間抜けに見えさせる。


「いつものおつかい、頼めるかい?」


「んぁ……。あ、ええ。勿論」


 開けっ放しのドアは、大きさがばらばらの木材を、無理矢理に縄で固定して作られている。壁は土造り。所々穴が開き、どう見てもガタがきている建物だった。

 外に出て、バンボは入口の上に取り付けられた大きな看板を見上げた。

 “フジナミ鉄工房”。

 日本語で書かれた看板は真っ青な空の下、堂々とその店の存在を示す。


「待ち合わせ場所はいつもと同じ、街の西口にある川だ。桟橋で釣りをしている男にこれを届けてくれ。しっかり金も貰ってきてくれよ」


「分かりました。そんじゃ、行ってきます」


 店の外で、バンボは店主から、風呂敷に包まれた荷物を受けとった。底の深い、三十センチ四方のそれを軽々と持ち上げ、使いに出ようと歩み出す。


「おう、バンボ。ついでに昼飯も持ってきな!」


 バンボに店主が景気よく投げ渡したのは、大きな葉に包まれた、貴重な米で作った握り飯であった。


「いつもすんません。頂きます」


 早速貰った握り飯を食べて見せながら、バンボは店主に見送られて街へと繰り出した。


「あっちぃー……」


 じりじりとローブに照りつける陽の暑さを感じつつ、水をこまめに飲みながら目的地へ向かう。

 一つの雲も混じらぬ青空に、乾いた土の黄色の街並みが良く映える。広大な荒野に囲まれ広がるこの街は、土と砂に覆われていた。瓦礫や鉄屑、腐った木材が散乱する、猥雑で雑多な街だ。

 トタンで作られたバラックや、木と土でできた家々が連なる中、砂埃が鬱陶しい道をバンボは歩く。

 そこかしこを歩く警備兵が厳しく取り締まるおかげで、表立った犯罪は少ないが、それでも治安は良いとは言えない。

 歩く人が往来を埋め尽くし、歩くのも一苦労な中を、バンボは荷物を抱え分け入っていく。ここでは盗みも喧嘩も珍しいことではない。気を抜けばすれ違いざまに荷物を掴み取られ、その強盗の姿を見つける前に人混みの中に逃げられてしまうのだ。

 店の中では微かだった日差しも、表に出れば肌を焼く。

 バンボは捲っていた袖を戻し、金色の髪が生える頭にフードを被せた。バンボと同じく、街行く人々は皆一様に麻生地のローブを着ている。

 ベルトでローブの端を脇に止め、前が開かないようにして。紐で首本の隙間を閉める。そうすれば、風に巻き上がった砂が、ローブの内側に着ている服の中に入ってこない。足には布を巻いた上に、牛皮でできた靴を履く。ベルトには、革製のポーチと、羊の胃袋で作った水筒を提げて。

 バンボは大通りを抜けて脇道に入った。裏路地から隣の通りに出れば、歩く人もまばらになって歩きやすい。

 ぶらぶらと西口へ向かうバンボの後をつける人影があった。建物と建物の隙間から覗くその人影は、バンボの姿を確認すると暗闇に姿を隠し、引き続きバンボの後を追った。






 スラム街西口。街全体から見た街の入口の一つ。

 石を積み重ねて作られた堀に囲まれるこの街では、人や物の出入りが厳しく管理される。

 バンボがそこに着くと、馬車が一台、検問にあっていた。

 一様に制服を着た兵士たちは馬車を囲み、積まれた荷物に良い様にいちゃもんをつける。


「おいおいなんだぁ、この野菜はぁ?砂がついてるじゃねえかよ!こんな物を持ち込む気かぁ!?」


「そんな……。それはいつもお店の方で拭いて……」


 珍しくもない光景だ。

 街を監視する兵たちの中には、権力と暴力を笠に着て、好き勝手やる者もいる。

 被害者に逆らう術はなく。今、こうして絡まれた彼女らもまた、どうすることもできずに助けを願うのみ。

 それを横目にバンボは、検問所の傍らを流れる泥川に向かって歩いて行く。

 水の流れ出る源から遠く離れたここでは、川の水も少なくて。底には泥が溜まり、表面に薄く水が流れるだけの川には、狭苦しそうに魚が泳ぐ。

 そんな河原で、釣りをする男が一人。

 泥から顔を出す、間抜け面の魚の正面に、針につけた餌をちらつかせ、食らいついた所を釣り上げる。釣った魚のえらに、植物のつるを通す男の隣にバンボは座り、風呂敷に包まれた荷物を掲げた。


「フジナミ鉄工房でーす」


「ああ。ごくろうさん」


 釣竿を置いた男は、バンボから受け取った荷物の中身を確かめた。

 風呂敷には木箱が包まれていて、その中身は大量の釘とネジであった。


「毎日毎日、クソ暑い中やってくるね。大変だろう?」


「まあ、仕事ですから」


 男はバンボや周りを歩く人から見えないように、箱の中のそれらをかき分けた。そして、箱の底の方に敷き詰められた、釘でもネジでもない何かを確認すると、男は小さく笑った。


「なかなかいい仕事をするねぇ。まともに金属をここまで加工できるやつはそういない」


「はは、伝えときますよ。フジナミさんにね」


「ほら、お代だ。くすねるなよ?」


「しませんよ。そんなこと」


 男から渡された布袋の口を開けると、中には万札が詰められていた。

 日本円だ。相当な額である。

 バンボは生唾を飲み、袋をそっと閉じた。


「それじゃあな。まあ、あれだ。元気でやんな」


「……?ええ。それじゃあ」


 バンボが男と別れ、帰ろうとした時だった。

 先程、検問を受けていた馬車の方から、悲鳴が上がったのをバンボは聞いた。

 見れば、馬車に乗っていた人たちが、無理矢理兵士に外に引っ張り出され、積荷ごと馬車を奪われそうになっていて。


 バンボはその横を、知らぬ顔で通り過ぎて行った。


 非道な行いに喚く、馬車の持ち主を蹴りつける兵士たちは、この街を治めるあの男に従う悪漢共だ。自分が特別な存在であると増長した、弱き者から公然と略奪を行う飼いならされた犬共だ。

 バンボは馬車からいくらか離れた所で脇道に入り、ローブで隠していた物の一つを取り出した。

 超強化繊維プラスチックと多種の金属で作られたそれは、顔をすっぽり覆う大きさの、一枚の黒い仮面である。人工知能によるナビゲーションと、所有者を支援する様々なプログラムが組み込まれた、この星に存在する筈がない程の発達した技術と、科学力無しには到底作り得ない物である。

 穴一つない、屈折してなだらかに尖る稜線を描く、黒い仮面。

 その在り得ざる仮面を、陽の当たらない暗がりで、誰の目もない脇道で。

 溜息を一つ吐いてから、バンボ・ソラキはそれを被った。


「貧乏人が馬車なんて乗ってんじゃねーよ、ボケ!!」


 馬鹿笑いを高らかに、馬車を走り出させた兵士は、道行く人が馬車に引かれかけるのもお構いなしに直進する。

 馬車を奪われた貧民にできるのは、馬と車輪が上げる砂埃に巻かれて己が不幸を嘆くことだけ。


「飯っ!酒っ!金っ!あとは女だ!!!」


 馬車の進行方向には、馬車を奪われた一人の女性。

 それを見るや、兵士が走る馬車から手を伸ばす。女性を力任せに連れ去ろうと、手を目一杯に広げた所へ――――

 強烈な発砲音が鳴り響き、兵士の腕が血を弾けさせ、その体は腕に加わった衝撃に馬車から引きずり落とされた。


「貴重な弾使わせやがって、屑が」


 連れ去られようとしていた女性の前に立つ一人の青年は、浮遊する雪にも見える、白く光り輝く鱗粉を体の周りにたなびかせ。鱗粉の光で白く染まって見える髪を携えて。

 停止した馬車に銃を向ける彼は、黒く平坦な仮面をつけて、ゆらゆらと歩く。


「何だ!?何が起きた!?」


 馬車から降りてきた残りの兵士たちがその異様を見た。

 そして、驚愕した。


「こいつ、まさか……!」


 それは、悪名高き仮面の男。

 かのサントリデロ工業都市で、死の雪を呼び寄せたという重罪人。

 左腕のガン・ウィンチで自在に空を舞い、常人には扱えぬ代物の大口径回転式拳銃を撃ちこなす。

 世界を統べる男が彼に付けた呼び名は瞬く間に広がり、今では皆がその名を知る。

 曰く、その名を――――



「非天の男」



 物陰から、青年を見つめる誰かが言った。天に非ざるその名を言った。

 非天と呼ばれた彼の金色だった髪は、仮面を被った途端に白髪に変わり、体の周りには、揺らめく白の鱗粉が纏わった。

 誰が知るだろう。彼の正体、彼の本当の名を。

 彼こそ、別人と見紛う姿となった、バンボ・ソラキその人であった。


「てめえ!分かってんのか!俺達に喧嘩売るってのはよぉ!」


 兵士の一人が長剣を取り出し、バンボに切りかかる。


「ビジョウ・グアラザに喧嘩売ってんのと同じだってことがよぉ!!」


 だがしかし、兵士の振った長剣はさらりと避けられ宙を切る。避けた動作のまま、バンボに剣を持つ腕を蹴られ、長剣は地に落とされた。


「くそったれ……!ビジョウに負かされた雑魚の癖に……!」


 もう一度バンボの蹴りが炸裂する。兵士の顎を蹴り上げ、その口を黙らせる。


「むかつくんだよ。お前らみたいに人を見下してるやつらの目は、特に」


 倒れた兵の胸倉を片手で掴み、仮面の裏で青年の瞳は怒りに燃える。


「だからさぁ……」


 兵を投げ飛ばし、バンボは抑えきれぬ怒りを叫んだ。


「この俺が、ぶっ潰してやるよ!!!」


 兵士たちが一斉に飛び掛かる。

 バンボは始めに来た剣をかわし、次に来た剣を避けたついでに、手から叩き落として奪い取る。

 三人目の剣を剣で受け、いなし、体勢を崩させて顔面を殴り飛ばす。

 バンボの戦うその様は優雅な様でいて、怒りのままに粗暴な立ち回りでもあって。


「動くんじゃねえ!!」


 剣を奪われた兵士が銃を構えた。

 バンボの物より小ぶりの回転式拳銃だ。

 兵士がバンボの心臓に狙いを付けて、引き金を引こうとした瞬間。頭蓋を打ち抜かれていたのは兵士の方であった。

 目にも止まらぬ速さでバンボは腰の銃を引き抜き、先に兵士に弾を打ち込んでいた。

 残った一人は、恐れおののき、逃げようと走り出す。

 バンボは近くにあった手頃な大きさの石を拾い上げ、思い切り兵士の後頭部に投げつけた。重い音を立てて兵士に直撃した石は、兵士の体と共に地面に転がった。

 ほんの、十数秒の出来事。

 バンボの手によって、その場にいた兵士たちは皆、地に伏すこととなったのであった。

 騒ぎを聞いた十数人の兵が、遠方から駆けつけてくるのが見えた。

 これ以上、雑魚の相手をするのは流石に面倒だ。

 バンボは倒れた兵士の懐を探り、じゃらりと金の音を立てる小袋を取り出した。


「たったこんだけかい?まあ、貰ってくがね」


 それを自分の懐に入れ、その場を立ち去ろうとするバンボに、あわやさらわれる所であった女が尋ねた。


「あ、あの……、このお礼は必ず……」


「いらないよ」


「いえ、しかし……」


「さっさと行けよ。またやつらに難癖つけられたいのか?」


「どうかお名前だけでも……」


 バンボは名前を尋ねられると立ち止まり、何を思うのか少しの間を置いたけれど。


「……」


 結局何も答えぬまま、バンボはもうすぐ傍にまでやって来ていた兵たちから、踵を返し逃げ出した。

 走りながら左手を高く掲げ、そのまま指輪の付いた親指を左回りにぐりんと回す。

 すると、左腕の前腕内側にベルトで取り付けたガントレット、ガン・ウィンチから、ワイヤーを曳きながら、白光する鱗粉を纏った球体が射出された。

 次に、左手をぐっと握ると、球体は空中にぴたりと止まり、浮かんだままに固定された。

 そして、親指を右回りに回すと、ガントレットに急速にワイヤーが引かれ、空中の球体に向けバンボの体が持ち上げられる。

 完全に巻き取られてしまう前にもう一度手を握ると、球体の固定が解除され、その身は宙に投げ出される。

 そうしたらまた球体を射出し、落下運動が始まる前に同じことを繰り返す。

 非天の男は、こうして自在に空を飛ぶ。

 地面から十メートル近い高さの建物の上に飛び乗って。兵士たちが地面を必死で走るのを尻目に、バンボは再び悠々と宙を舞う。

 素早い動きに無駄はない。

 蜘蛛の糸のように細いワイヤーを射出し、巻き取り、屋上を蹴って、自由自在に街を駆ける。

 ある程度離れた所で、バンボは人気のない路地裏に降り立った。

 そして、バンボが仮面を外すと、彼の髪の色が白から金へ。色水に白布を浸す様に色が変わって。

 体の周りを浮遊していた鱗粉も、跡形もなく消え去った。

 仮面と指輪、左腕のガン・ウィンチと、ベルトのホルスターにしまった銃をローブの下に戻し、バンボは何食わぬ顔で路地裏から表通りの雑踏に混ざった。


「おっさん。それ一個くれ」


 大通りに並ぶいくつもの露店の中にりんご売りを見つけ、バンボは三枚の百円玉を渡し、りんごを一つ受け取った。


「おい!この辺りで仮面を被った白髪の男を見なかったか!?」


 そんなバンボとりんご売りに、どうしたことか息を切らせた兵士が尋ねた。


「はあ、どうかね。おっさん、見たかい?」


「知らないよ」


 りんご売りは一枚の大きな広葉で自分を扇ぎながら、かいだるそうに答えた。

 慌ただしく去って行く兵士の背中を見送り、バンボの口がにやりと歪む。

 雑踏の中へと入って行きながら、彼は兵士から拝借した金で買った、赤く熟したりんごをかじった。

 人が行き交う街中で、ふと見上げたバンボの視線の先には、街の中心に立つ巨大な塔と、さらにその塔を体内に取り込まんとするように生える大樹があった。

 この星を治める男。この星に存在する全ての街に支配の根を張る男。

 ビジョウ・グアラザの座す塔がそこにあった。

 人々が“お地蔵様”と呼び崇める、荒野に恵みを与える大樹を携え、天高くそびえ立ち。青空を埋め尽くさんと視界を覆う。

 ここはグアラザ自治領。

 バンボが復讐を誓った男が直々に支配する街である。

 今、この街で。

 バンボ・ソラキ青年の最後の青春が、その幕を開けようとしていた。





第一話 これはこの世のことならず



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