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フラグを立てろ  作者: 遊楽
4月 出会いイベント
5/18

繰り上げイベント『名前』



評価、感想、お気に入り登録本当にありがとうございます。更新ごとに主人公の性格が歪んでいく……。







 否が応でも新学期は始まる。



 過剰なほど心配する優孝に大丈夫を連呼して、新しい制服に身を包む。優孝がわたしのことを心配してくれるならいっそ倒れたいくらいだ、と酷いことを考えてみたりする。


 鏡に映る真新しい制服に身を包んだ少女。相変わらずの悪役フェイスではあるけれど、プロポーションは完璧。顔だって性格の悪さがにじみ出ていることを除けば、かなり整っているほうなのだ。きつそうな目つきにばかり視線がいくけれど。



 「瑛莉、準備はできた? 本当に具合は大丈夫?」


 「大丈夫よ。昨日は本当に気分が悪くなっただけだもの。もう元気よ」



 ならいいけど、と渋い顔をする優孝に笑ってみせる。


 娘が高校に入学したことを把握しているかすら怪しい両親に代わり、学校のもの一式を取りそろえてくれたのは優孝だった。入学祝いにと新しいペンケースをプレゼントしてくれたのも優孝。高校生だからとメイクの道具を揃えてくれたのも優孝。ありがとうと告げるたびに優孝が言うのはいつもの台詞。


 『大丈夫だよ、瑛莉。瑛莉が嫌だと思うものは、僕が全部排除してあげる。瑛莉は学校生活を楽しみにしておいで』


 ――こうしてまた、わたしは優孝に依存していく。





 「いいかい、具合が悪くなったらすぐに保健室に行くこと。それから、」


 「すぐに優孝に連絡すること。そう何度も言わなくたって分かっているわ」



 お金持ちらしく送迎の車に乗り学校へ向かう途中、優孝が口にするのは同じことばかり。嬉しさを押し隠して、うんざりと顔をしかめてみせれば心配なんだよと頭を撫でられた。



 「ああ、それから。天王寺三晴にあまり近づいてはいけないよ。いい人そうな顔をして、何をするか分かったものじゃないから」



 顔をしかめてされた忠告にそりゃそうだ、と内心大きく頷く。


 どこの世界にヒロインをめった刺しにして微笑む「いい人」がいるのだ。しかもあの男の場合、恐ろしいのはそれが愛情表現であると信じて疑わないところだ。「これで僕しか見えなくなったね?」と死体を抱きしめるバッドエンドのスチルは狂気に満ち溢れていた。……わたしは別に死にたいわけじゃないのだ。


 けれど、わたしは女王様らしく「どうして?」と無邪気を装って首を傾げた。



 「わたしを保健室まで運んでくれたわ。とても親切な方じゃない」


 「また瑛莉は……。騙されてはいけないよ。腹の中では何を考えているのかわからないんだから」



 心地いい心配に、わかったわと表向き素直に頷いた。



――――――

――――



 わたしはAクラス、お姫様はCクラス。本来なら関わり合いになりようがない相手だが、残念ながらシナリオを進める上でどうしてもわたしは彼女と関わる必要がある。


 その理由が『VSイベント』である。一定の条件を満たすと発生するこのイベントは、攻略対象がヒロインを取り合うのではなく、ヒロインが攻略対象を取り合うというさすがあなきみな特殊イベントだ。このイベントで攻略対象が女王様ヒロイン(わたし)を選ばなければ逆ハーエンドを迎えることができない。面倒なことにこのイベントが発生しなければ逆ハーエンドが消滅してしまうのだ。



 この『VSイベント』が発生する攻略対象キャラは2人。つまり、女王様ルートで1人、お姫様ルートで1人だ。お姫様ルートで発生するのはもちろん女王様命の千条優孝、女王様ルートで発生するのが幼馴染、井芹透いせりとおるの『VSイベント』だ。


 女王様ヒロインに女王様命な優孝がいるように、お姫様にも小さな頃から一緒にいた幼馴染がいる。それが井芹透である。ここまで言えばお分かりいただけるだろう。つまり井芹透のお姫様に対する執着をわたしのものへとすり替えなければならないのだ。


 この井芹透という男、なにが厄介かって滅多に学校に来ない不良であるが故に女王様がイベントを起こすのが難しいのだ。お姫様は会いに行こうと思えば会いに行ける距離に井芹透がいるからいいが、女王様が家を訪ねようものなら「なにしに来たこのアマ」と凄まれ、殴られ、攻略不可になるという鬼畜仕様。ランダムにやって来る登校日をひたすら待たなければ出会いイベントすら起こせない。


 だがそんな悠長なことも言っていられない。「俺がお前を好きなんだから、お前も俺を好きでいろ」タイプのヤンデレな彼を攻略しないことには逆ハーエンドは望めない。そのためには一刻も早く出会いイベントを起こし、次のイベントにつなげる必要がある。


 幸い、昨日の三晴センパイの件でイベントを繰り上げて発生させることができることがわかっている。


 となれば、絶対に登校してくる今日この日に出会いイベントを起こすしかない。入学式翌日は、入学式に参加しなかったことを知ったお姫様が無理矢理井芹透を引っ張ってくるのだ。ヤツもこの段階では、お姫様には強く出れないので大人しく引っ張ってこられる。確実に出会いイベントを起こせるのは今日しかない。


 原作ではこの段階で女王様ルートは開始していなかったからイベントは起こせなかったが、ここは現実。いくらでも繰り上げてイベントを起こすことができる。


 そんなわけで、意味もなくCクラス前の廊下をうろつく。あまり行ったり来たりすると不自然だから、用事があるふりをして休み時間の度にCクラス前を通りがかった。ここでお姫様と絡めなければ出会いイベントが発生しない。


 どうやらCクラスは次の時間、校庭に移動するらしい。まだ授業は始まっていないから、大方記念撮影でもするんだろう。ざわざわと出てくる生徒たちを少し離れた場所から注意深く見つめながらタイミングを計る。


 少しずつ、ざわめきが遠のく。まだだ、まだ、もう少し……。



 「もうっ! 透ってば、早く校庭行こうよ! もうみんな行っちゃったよ?」



 あの可愛らしい声に答える不愛想な声が聞こえて、がらりと教室のドアが開く。……今だ。


 軽く走り出して、痛くない程度の強さで出てきたお姫様とぶつかる。きゃっとこれまた可愛らしい悲鳴を上げたお姫様を抱き留めて、井芹透が鋭くこちらを睨み付けた。



 「…………っ」



 思っていたより数倍は強いその眼差しに息を飲む。


 怯むな、怯むな。このイベントをこなさなきゃ、この人はわたしを愛さない。



 「危ねぇだろうが」



 低い声ですごむ井芹透にこちらも強く視線を返す。



 「ああ? んだよ、その目は。おまえがぶつかったんだろうが。なんか言うことねぇのかよ」


 「と、透っ! わたしは大丈夫だから、もう行こう?」



 焦った顔で井芹透を促すお姫様に、わたしは薄く笑みを刷く。そうはさせない。



 「なによ。そっちが急に出てきたんじゃない。廊下は人が通るところよ。確認してから出てきてくれなきゃ危ないじゃない」


 「ああ? 妃花が悪いってのかよ」


 「別に誰が悪いとかそういう話をしてるんじゃないわ。わたしも走っていたのはいけなかったのだし。ただわたしだけの責任じゃないって言っているのよ」



 嘘っぱちである。わたしがぶつかろうと思って走って来たんだから、全面的にわたしに否がある。だけど、その事実を知っているのはわたしだけ。重要なのは井芹透に千条瑛莉という存在を強く印象付けることだ。



 「透っ、」


 「妃花は黙ってろ」



 明らかにイライラを溜める井芹透にお姫様が声をかけるけれど、井芹透は歯牙にもかけない。ばっさり切り捨てられ、しゅんと井芹透の腕の中で小さくなっている。



 「その子が黙るのはおかしいわ。むしろ黙るのはあなたの方よ、『透』さん?」


 「てめぇ、俺の名前っ、」


 「あら、その子が呼んでいたからこれが名前なのかと思って。違ったかしら?」



 ぎりり、と牙をむく井芹透を鼻で笑ってみせる。できるだけ女王様っぽく、上から目線で。対等な立場から反抗するのはわたしの役目じゃない。あくまで上から見下ろしてせせら笑う。それが千条瑛莉だ。



 「気安く名前で呼んでんじゃねぇぞ」


 「それなら、名前を教えてくださる? じゃなきゃ、なんとも呼べないわ。まあ、あなたの名前なんてどうでもいいのだけれど」


 「てっめえ!」



 一歩こちらに踏み出した井芹透から後退することで距離をとり、今度は視線に呆れを乗せる。



 「煩いわね。怒鳴ることしかできないの? わたしが黙ってと言ったら黙ってちょうだい。だいたい、わたしがぶつかったのはそっちの女の子よ。謝るにせよ、文句を言うにせよ、あなたが出てくるのはお門違いだわ」



 言えば言うほど性格の悪い女だ。印象付けるにはもってこいだけど、どう考えてもいい印象は植え付けられない。……これがシナリオなのだから、問題はないのだけれど。



 「あ、あのっ、ごめんなさいっ。わたしがよく見てなかったから! 今度から気を付けるのでっ」



 ……予定になかったお姫様に台詞にわたしは思わず目を見開く。


 ここでお姫様に台詞はなかったはずだ。妃花が謝る必要はないと噛みつく井芹透を女王様が睨み付ける流れだったはず。なのに、どうしてこの子は喋っているのだろう。ちゃんと進めないと、出会いイベントが成功しないのに。


 元の流れに戻そうと言葉を探す。互いに睨みあいながら自己紹介をするところまでがこのイベントである。どうにかして、こいつから名前を引き出さなくてはならない。



 「…………いいの、わたしも悪かったわ。次からは走らないようにする。ごめんなさい、急いでいたものだから」


 「じゃ、じゃあっ、」


 「これでいいかしら、『透』さん?」



 今にも退散しそうな勢いのお姫様に被せて井芹透を巻き込む。まだわたしの名前を告げていない。ここでイベントを終わらせるわけにはいかない。



 「……井芹だ」


 「なに?」


 「井芹透。おまえに名前で呼ぶのを許可した記憶はねぇ」


 「あら、それは悪かったわね。名前で呼ぶことに許可がいるなんて思いもしなかったものだから。わたしは、千条瑛莉。特に許可は出していないからお好きなように呼んでくれてかまわないわ」


 「千条……おまえ、千条んとこの娘か」



 井芹の家も千条までとはいかなくても古くから続く名家だ。ゲーム中もちらりと家同士のつながりをにおわせる描写があった。


 「あの」千条家の娘を前に井芹がなにを思ったのかはわからない。ただ頭からつま先までを眺めて目を細めた。……その意味は知りたくもない。


 けれど、気にせず眉を上げ、綺麗に綺麗に微笑んで見せた。ゲームの瑛莉ならそうすると思ったから。



 「あら、千条の家をご存知? それならなおさら、仲良くしましょうね井芹さん?」


 「はん、誰が」



 目を細め、高い位置から物理的にこちらを見下ろす井芹透に「つれないわね」と返してイベント終了。急ぐので、と踵を返し歩きだすわたしの背にちっと鋭い舌打ちが浴びせられるが気にしない。シナリオ通りだ。


 「透、行こう」と背後でお姫様が声を上げるのが聞こえる。ああ、と答えて2人並んで歩き出すその背を振り返る。



 ……相原妃花。誰からも愛されるお姫様。すぐにあなたのいるその場所を、わたしが奪ってあげる。






名前すら出てきていない攻略対象はあと1人……。なかなかに強烈なやつですが、たぶん次も出てこない……。




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