繰り上げイベント『治療してあげよっか』
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前半はヒロイン視点、後半は攻略対象キャラ視点です。
優孝が離れていく。そんなのダメだ。また独りぼっちになってしまう。暗い場所に独りぼっち。こんなわたしが泣いたって誰も助けてなんてくれない。
今からでも追いかければ間に合うだろうか。指定された席へと向かっていた足がぴたりと止まる。
間に合うだろうか。追いかけて、縋って、行かないでと言えばきっと優孝は一緒にいてくれる。きっと仕方ないなって笑って、いつものように我がままに付き合ってくれる。でも、……でもそれで嫌われたら? 面倒だと捨てられることが何より怖い。
お姫様ヒロインは可愛かった、優しかった、素直だった、真っ直ぐだった。……女王様ヒロインとは正反対だった。
寂しがりで愛されたがりの優孝はあの子のことが好きになってしまうかもしれない。……その方がずっとお似合いだ。我がままばかりのこんな女の隣にいるよりずっと。
「うっわ、どうしたの君! 具合悪い?」
かけられた声にびくりと顔を上げる。
こちらを覗き込むのはくりっとした目が可愛らしいオレンジ色の髪の少年だ。わたしと同じくらいの目線ということは男子にしてはあまり大きい方じゃない。
「あ」
……彼も攻略対象の1人だ。天王寺三晴。女の子みたいな名前に可愛らしい顔立ちだけど、これでも3年生の先輩なのだ。「君が僕のものにならないなら殺してあげる」タイプのヤンデレ。……わたしを愛してくれるはずの人。
本来、天王寺三晴と女王様ヒロインとの出会いイベントは入学式ではなく、4月中旬。入学式にイベントが用意されているのはお姫様のみでわたしの物語の始まりはこの出会いイベントからになる。体調を崩し保健室に向かった女王様に初対面にもかかわらず「治療してあげよっか」と迫るショタ先輩。保健委員になにができるんだと盛大なツッコミを入れながら見た出会いイベント。
……この出会いはシナリオから外れている。本来、天王寺三晴が千条瑛莉を認識するのはもう少し後のことだ。
けれど、ここは現実で。わたしの高校生活は入学式から始まる、それは至極当然のこと。それならば。
――あの子に奪われるのが怖いなら、最初からわたしのものにしてしまえばいい。
「少し、気分が悪くて……」
儚げに微笑んでみせれば大丈夫ー? とゲームと同じく近づけられた顔が心配そうに歪む。
この男は基本的に他人との距離感がおかしい。何をするにもいちいち近い。これじゃその気がなくたって勘違いする。お姫様なら慌てふためくところだろうけど、おあいにく様、わたしはこの程度じゃ動揺してやらない。
浮かぶ笑みを隠すために俯けば、三晴センパイは慌ててわたしの肩に腕を回した。
「ちょっと、ほんとに大丈夫? 僕ってば保健委員だから保健室に連れてってあげよっか? 今日も保健室は開いてるから、休ませてもらえるよ」
生徒会役員でもない三晴センパイがどうして入学式にいるのかと思えばそういうことらしい。具合の悪くなった新入生のために保健室まで案内する係なのだろう。ゲームの天王寺三晴なら面倒がりそうだけど、可愛い後輩とお近づきになれるならと頼まれれば嬉々として引き受けそうでもある。
「お願いしても、いいですか?」
「もっちろん! 大丈夫? 歩ける? 保健室まではちょっと距離あるけど平気?」
余程わたしの顔色は悪いらしい。しきりに心配する三晴センパイに大丈夫ですと頷き返しながら、どうやらうまくいきそうだとざわつく心を落ち着かせる。
大丈夫。ここがゲームでないのなら。シナリオが早まったって何の問題もないはずだ。
――――――
――――
顔色悪く立ち尽くすその少女に声をかけたのはまったくの偶然。けれど、保健室まで連れていく役を買って出たのは優しさでもなんでもない、ただおもしろそうだったからだ。
ほんと面倒なだけの役を引き受けただけあった。久しぶりにいいモノを見つけた。
あの会長補佐お気に入りの妹チャン。珍しく会長補佐が女を連れて歩いていると思ったら、あのゲロ甘な視線、連れている子は間違いなく会長補佐が溺愛していると噂の妹チャンだ。あの会長補佐が溺愛とか眉唾モノだと思っていたんだけど、とんでもない。これは本物だ。
毛先だけがウェーブした金髪に意志の強そうな赤い瞳。整った顔はしているけれどきつい印象を与える顔は、優しげな王子様タイプの会長補佐とは似ても似つかない。
どうやら噂は本当だったらしい、と未だ青い顔をしながら隣を歩く少女に目をやる。
いわく、千条家の長男は親戚筋からの貰われ子。本来家を継ぐべきは本家の血を継ぐ長女、瑛莉。まあ、男が継ぐことを第一に考えるあの家が瑛莉を当主に据えることはまずないだろうが。
顔だちを見る限り、ここまで似ていなければ血のつながりがないことは明白だ。千条の家は巧妙に隠してきたのだろうが、こうも似ていなければすぐにバレてもおかしくない。よくもここまで隠してこれたものだと感心して、……思い直す。
よくもここまで巧妙に手を回したものだ、あの似非王子が。
大方、妹は本当の兄と慕っているのだろう。その関係を崩したくないがために、一体どれだけうまく立ち回ったのやら。
全てに優しい顔をして、その実何にも興味のない学園の『王子サマ』。何にも執着せず一体なんのために生きているのかと思っていたが、そんな身近に執着するモノがあったとは。
きっとあの男のことだから、気付かれぬよう慎重に、まるで真綿で包むように捕えてきたのだろう。その上、鍵までかけてしまいこんで。
まるで蜘蛛だ。捕えられたと獲物が気付いたときにはもう遅い。後はもう食べられるしか運命は残されていない。
「先輩? 先輩、どうかしましたか?」
呼びかけられていたらしい、慌てて笑顔で取り繕い保健室のドアを開けてやる。保険医は不在、来る途中でけが人がいるとメールを送った甲斐があった。
「ごめんね、保健室だと薬は出せないんだけど。お水飲む?」
「いえ。横になってもいいですか」
「もちろん」
ベッドに潜り込み、こちらを警戒することなく瞼を閉じた少女を眺める。ただの箱入りという雰囲気でもないのに、ずいぶん警戒心が薄い。まあ、こちらとしては願ってもない機会だが。
目を閉じればいくらかきつさが和らぐが、あまり同性には好まれないだろう顔だちだ。いじめられるまではいかなくても、好んで近寄ろうとは思わないだろう。あの男が近寄らせるかどうかはまた別の問題として。
未だ掴みきれたわけではないが、噂に聞く通りの少女に見える。我がまま放題の女王様。男に色目を使う女狐。聞えてくる千条家ご令嬢の噂は驚くほどに偏っている。そんな噂を聞いた上で本人を見れば、噂の数々に納得してしまう雰囲気を持っている。
男らしくない顔だちをしている自覚はあるから、ああやってまじまじと見つめられることには慣れていたけれど、ああもはっきりと興味を示されたのは初めてだ。媚びる女は好きじゃない。抵抗してくれなければツマラナイ。
だが。
たぶん、この女、自己中心的な女王様というだけではない。そんなツマラナイ女にあの会長補佐が執着するはずもない。
「……先輩、何かご用ですか」
「え?」
どうやら見つめすぎたらしい。ぱちりと開いた赤い瞳が真っ直ぐに自分を見つめている。ぎくりと体を引いたが、その瞳の奥におもしろいものを見つけて、気を取り直した。
やはり、こうでなくっちゃおもしろくない。
「なんでもないよ、後輩チャン。なあに、眠れないほど具合が悪いの? なんなら俺が治療してあげよっか?」
唇がふれるほど近づいて囁いてやる。それに動揺した素振りは見せないが、瞳は雄弁に語る。
――モット愛シテホシイ。
ああ、これだ。あの男が絡めとられたのはこの瞳に違いない。
愛に飢え、自分だけを求める目。綺麗な言葉で言うのなら『一途な瞳』。寂しいと死んでしまうと信じている兎のような、愚かで愚かでたまらなくなる瞳。
その視線が自分に向けられているとわかっただけで、背筋にぞくりと愉悦が走った。なんて愚かなんだろう。期待に応えて愛してあげて、それから手ひどく切り離したらいったいこの瞳はどんなふうに表情を変えるのか。想像しただけでたまらない。
久しぶりに見つけた興味の対象に口元が抑えられない笑みで歪むのがわかった。
その目に俺を映している限り、お望み通りドロッドロに甘やかしてあげよう。そうして俺がいないと生きていけないようにしてあげる。だからせいぜい俺に大人しく遊ばれてよ、女王サマ?
何度か書き直してこの展開に落ち着きました。放っておくとどんどんネガティブ少女になっていくので困る。
2015.4.28 修正
なにやら三晴センパイはすでに壊れだしてる感はありますが、まだまだ序の口です。今のところはおもちゃ感覚の興味なので、今ならまだ間に合う、早く逃げろ状態。