回想イベント『僕の存在意義』もしくは出会いイベント『本当の笑顔』
いかに、嫌な主人公にならないかが課題。
ある日突然、わたしは気付いた。この世界は乙女ゲームの世界、そのものであるということに。
6歳の誕生日、誰に祝ってもらえずともきっと優しい義兄(男の子が生まれなかった両親が跡継ぎとして引き取った遠い遠い親戚の子)なら祝ってくれるはず、と義兄を探して中庭へ。そこで母の趣味で植えられた大量の薔薇に囲まれて涙を流す義兄を目にして唐突に思い出した。
このシーンはあないきの攻略対象の1人、千条優孝の回想シーンで見ることができるスチルだ。養子という立場に悩み1人中庭で佇んでいたところを、義妹の瑛莉にとある一言を言われて彼は立派なシスコンと化す。優孝ルートの根幹ともいえる、大切なシーン。
あれやこれやと頭の中を舞い踊る知識に半分意識を朦朧とさせながら、当時6歳のわたしが思ったことは、このシーンをぶち壊すわけにはいかないというただそれだけのことだった。
幼い瑛莉が優孝に何を言ったのかはこのシーンでもその他のシーンでも明かされず、ファンの間で様々な二次創作がされていた。何を言ったにせよ、当時すでにひねくれていた義兄が「僕は義妹のその一言で、生きる意味を取り戻した」とまで言っているのだから、余程である。一体幼女に何を言われれば「生きる意味」とやらを取り戻せるのか。
さて、まだ前世の記憶を思い出したばかりで、混乱状態にあった幼いわたしがなにを言ったのか。実は本人であるわたしもさっぱり覚えていない。ただ、今現在、優孝は立派なシスコンと化しているのでたぶん「正解」をいったのだと思われる。グッジョブ、幼き日のわたし。
この世界があないきの世界でわたしがヒロインの1人であると気付いてから、わたしがしたこと。それはゲームの千条瑛莉にできる限り近づくことだった。
といっても、このときすでに6歳。ほとんど千条瑛莉としての自我は形成されていたし、することと言ったら引っ込み思案だったのを徐々に社交的に変えていったくらいだけど。
6歳のわたしはとにかく後ろ向きで、派手な外見のせいでクラスの中心にはいたけれど友だちと呼べる子は1人もいないという状態だった。他人とどうやって接していけばいいのかわからなかったのだ。そして、キャアキャアと子どもらしい騒がしさを馬鹿らしいと思い込んで遠ざけた。
ただ、幼いわたしに友だちがいなかったのは何もそんな性格のせいだけではない。悪役にありがちな取り巻きと呼べる存在すらできなかったのには、もっと別の理由がある。
千条家は何百年と続く名家中の名家。親に言われたのか仲良くなろうと近寄ってくる子はいたけれど、それもほんの数人。家が成金だとかそんな程度の家格の低い子ばかり。あとはまるで腫れ物のようにわたしを扱う子がほとんどだった。
それは、全て千条家が完全なる男系一族であるせいだ。跡を継げるのは男のみ。家の力を強めるために他家に嫁ぐことが役目とされた。ある程度の階級に位置する家なら誰でも知っている、時代遅れな一族、それが千条家だった。
ここまで言えばおわかりいただけるだろうか。正真正銘、わたしは「いらない子」だった。家柄というものを昔ほど重視しなくなった現代において結婚による家どうしのつながりはさほど重視されなくなった。必要なのは跡継ぎの男であり、嫁ぐことしかできない女はお呼びじゃなかったのだ。
父も、父の実家も、果てには母の実家までもが母に「さあ、次は男を」迫ったせいで、母は完全な娘嫌いと化した。いつまでたっても生まれない跡継ぎに初めのうちはわたしを蝶よ花よと可愛がっていた父たちも、次第に興味をなくしていった。そこに遠いとはいえ親戚筋の男の子が引き取られ、唐突にあっけなくわたしへの愛は絶たれた。
よくもまあ、ぐれなかったものだと自分を褒めてやりたい。初めから無関心なら無関心を貫いてくれればいいものを、中途半端に愛情を与えられたものだから自分が捨てられたという感覚はより明確だった。
そこで泣き暮らし、縋りつける可愛げがわたしにあればよかったのだが、残念ながら「女王様」たる資質をもったわたしにそんな可愛げの持ち合わせはなく。人の顔色をうかがうくせに、無駄にプライドの高い女が出来上がったというわけである。
寂しがりやの高慢ちき。
自分でも面倒くさいと思う。わたしが他人だったら、絶対に友だちになんてなりたくない。
そんなわたしがなにを目指しているのかと言われれば、それはただ1つ、前世でもお気に入りだった退廃エンドである。
理由は至極簡単。ただ、あのエンディングが好きだったというだけ。彼らにドロドロに甘やかされて生きていたから、という欲望丸出しの理由だ。
逆ハーに興味がない? そんなこと口が裂けても言えない。男の子たちが他でもないわたしのことだけを愛してくれるのだ、そのためならどんな努力も惜しまない。孤独なんてくそくらえだ。
「瑛莉? どうしたの、なにか考え事?」
藤咲学園の入学式。本来なら在校生である優孝は出席する必要はないのだけれど、会長補佐という役割をもつ我が優秀なお兄様はその立場を存分に生かしてわたしと共に入学式にやって来ていた。
いわく、瑛莉を1人にするとすぐに悪い虫が付くから、だそうだ。女王様らしく、虫なんて嫌だわ、ちゃんとわたしを守ってね、とすっとぼけたことを言っておいた。
「ううん、なんでもないわ。優孝、生徒会の仕事に行かなくても平気なの?」
「大丈夫。会長は優秀だからね、僕がいなくても問題ないよ」
ならなぜ来たんだ、というツッコミは不要である。なぜなら、瑛莉のナイトよろしくやって来た優孝とお姫様ヒロイン、相原妃花の出会いイベントが入学式にあるのだ。……もちろん、そのイベントを潰すべく優孝の腕を引っ掴んでいるわけだが。
女王様ヒロインがことごとく邪道を突き進むなら、お姫様ヒロインはことごとく王道を突き進む。つまり、シナリオも王道そのもの。ベッタベタすぎて逆に珍しいくらいの王道だ。
入学式だというのに遅刻寸前で校門に駈け込んで来た妃花。そこに瑛莉を入学式の会場である講堂へ送り届けた優孝が現れる。講堂までの道案内を頼む妃花に、表向き王子な優孝は快く引き受ける。だがしかし、その道中「どうして、そんなウソの笑みを貼り付けているんですか」というヒロインじゃなければ何様な台詞をぶっ放すというありきたりな出会いイベント。
このイベントを経て、僕は瑛莉のために生きすぎていた、と改心した優孝は本当の笑みを探すべく妃花との恋に落ちていく……。
わたしからすれば冗談じゃないイベントだ。ウソの笑みがなんだ、それで人間関係うまくいくならいいじゃないか。そんなくだらない指摘で、わたしの優孝を奪わないでいただきたい。
そんなわけで、出会いイベントを潰すべく、なんとしてでもお兄様に張り付いていたい。それが無理でも、とにかく「僕は間違っていた!」となるのだけは避けたい。
優孝はお姫様ルートでも中盤までは瑛莉命なので、出会いイベントくらいで問題はないと思うが念には念を。そもそも出会わなければ始まらないのだから、出会わないにこしたことはない。
「ここが、講堂だよ。瑛莉はAクラスだから一番前の列だ。わかるかい?」
「ええ、わかるわ。……ねえ、優孝。やっぱり1人じゃ心細いわ。ぎりぎりまで一緒にいてくれない?」
「僕はかまわないけれど……せっかく友だちができるチャンスじゃないか。瑛莉なら大丈夫だよ、行っておいで」
直球で引き留めてみたが不発。
優孝はゲームでも瑛莉命ではあったが、よくある「僕だけを見て」タイプのヤンデレではなく、「君のためになるのなら何でもできる」タイプのヤンデレなので、基本的にわたしがやることを制限することはない。瑛莉に友だちができクラスの中心人物になれば、遠ざかってしまったと寂しがるくせに瑛莉が望んだことならと己を押し殺すのだ。萌える。まあ、その反動でバッドエンドはみんな死んじゃえエンドだったけど。
「でも……」
さらに言い募ることは可能だが、別に我がままを言って困らせたいわけではないのだ。その上、一応建前上は優孝も会長補佐としてここに来ている。あまり引き留めてもおけない。
「大丈夫だよ、瑛莉。瑛莉が嫌だと思うものは全部僕が排除してあげる。瑛莉は学園生活を楽しんでおいで」
「……わかったわ、優孝」
いつもの台詞が出た以上、食い下がることはできない。素直に頷いて、優孝と別れた。
『瑛莉が嫌だと思うものは全部僕が排除してあげる』
これはわたしがこの世界があなきみの世界だと気付いたときからの、優孝の口癖だった。
小さい頃、前世を思い出したといってもそれはゲームの内容のみで、心が急に大人へと成長したわけじゃない。相変わらずわたしをないものとして扱う両親に未だ愛を注いでもらえると信じていた愚かなわたしは、誕生日を忘れられ、入学式を忘れられ、果てにはランドセル姿で帰って来た娘にどこへ行ってたの! と怒鳴る母親を見て、ようやく本当に「いらない子」になってしまたのだと理解した。そして、泣き喚いた。そんなわたしを抱きしめて優孝は決まってその台詞を言った。
『大丈夫だよ、瑛莉。君が嫌だと思うのは全部僕が排除してあげるからね。瑛莉はただ笑っていればいい』
大丈夫、大丈夫と頭を撫でられれば、不思議と大丈夫な気がしてきて、ゲームのキャラクターだからというわけではなく、わたしは純粋に優孝に懐いた。その当時、わたしが嫌だと思うものは全て両親に起因していたので、子どもの優孝が本当に「排除」できたわけではないけれど、それでも寂しくないようにといつも傍にいてくれる優孝は幼いわたしの支えだったのだ。
そんな優孝を、愛されて育ってきたお姫様に渡すなんて冗談じゃない。
しかし問題はお姫様ヒロインと優孝の出会いイベントである。わたしはなんとしてでも優孝を離したくない。
自分勝手? なんとでも言ってくれ。未だわたしに興味ゼロの両親たちのことはもうとっくの昔に諦めているが、優孝を失ったらわたしは本当に独りぼっちになってしまう。自慢じゃないが、優孝が思うほどわたしの対人スキルは高くない。
今から出会いイベントを阻止することは不可能だ。優孝を校門に近寄らせないうまい理由も思い浮かばない。
ここまできたら、出会いイベントの後にフォローするしかないが一体なんと言えばいいのだ。「別にウソの笑みでもいいと思う」? イベントを見ていたわけでもないのに、突然そんなことが言えるわけがない。
早い話、お姫様ヒロインの一言くらいで優孝の気持ちが傾かない、と言えるほどわたしは優孝に大切にされている自信がないのだ。シナリオから少しでも逸れないためにゲームの瑛莉に寄せてきたつもりだけど、ゲームの瑛莉だって決して性格がいいとは言えないし、はっきり言ってこんな面倒な女、現実にいたら関わりたくない。
優孝は自分を「千条家の傀儡」と卑下するけれど、あれだけの完璧超人、なにもわたしにこだわらなくても選り取り見取り、素晴らしいパートナーに巡り合うことだって可能なのだ。
「……あ、」
そこまで考えてわたしはふと気付く。
ああ、そうだ。ここは現実世界なのだ。ゲームの世界を元にした、けれど生身の人間が生きる世界。シナリオなんて存在しない三次元だ。……つまり。
――優孝はなにも相原妃花と恋をするエンディングしか用意されていないわけではないのだ。
基本的に主人公は後ろ向き。その上、甘ったれですがそれも含めて優孝は溺愛しています。
2015.4.28 修正




