シナリオ外『どうか、どうか、』
少し間が空きましたが、新章です。
女王様鬱回。
『君みたいな人間が、大っ嫌いだ』
違う、違う、違う、違う、違う!
間違ってる、間違ってる、間違っていなくてはならない。わたしは愛される存在のはずだ。選択肢さえ間違わなければ、それは約束された未来のはずだ。
『君みたいな人間が、大っ嫌いだ』
だから、そんなのは嘘っぱちだ。そんなことあってはならないはずだ。ねえ、そうでしょう? だってわたしは、ヒロインなんだから。
「瑛莉、瑛莉。大丈夫だよ、ほら、目を開けて。もう夢はおしまいだ」
優孝の優しい声にようやくわたしは悪夢から解放される。
ぐっしょりと嫌な汗をかいたわたしの額に優孝の冷たい掌が当てられた。その冷たさにようやく息をつく。
……いやな、ゆめ。
「怖かったね。もう大丈夫。朝が来たよ。悪い夢はおしまい」
「…………ゆたか」
「うん。大丈夫だよ、瑛莉」
「ゆたか、ゆたか、ゆたか」
ぎゅうと抱き着けば、優孝はしっかりとわたしを抱きしめ返してくれる。それにひどく安心した。
月は変わり、ゴールデンウィークの真っ最中。連休ではあるがまだ出会いイベントしか発生していないこの時期、あるとすれば優孝のランダムイベントくらいでわたしがすることは何もない。
ひたすら家に籠り、悪夢に魘されるようになったわたしをどう思っているのかはわからないが、最近は朝ずいぶん早い時間に優孝がわたしを起こしてくれるようになっていた。よほどひどい顔をしているのか、この連休に入ってから優孝はいつにも増してわたしにべったりだ。
「優孝、優孝は、どこにもいかない?」
「いかないよ。どうしたんだい、急に」
「ほんとうに?」
「もちろん。ずっと瑛莉の傍にいてあげる」
約束、と小指を絡める優孝にまた縋りつく。このぬくもりは、まだわたしを裏切らない。
そうして安心はするのに、まだ満たされない。
足りない、足りない、足りない。
まるで幼い子どものように内側で誰かが叫ぶ。
足りない、まだ足りない。もっともっとわたしを愛して。
優孝も、三晴も、透も、匡一も、……瑞月も。みんな、みんなわたしを愛して。わたしだけを。
こんなわたしを、どうか。
「さあ、瑛莉。朝食にしよう。今日は僕がカフェオレを作ってあげる。うんと甘いやつ。瑛莉好きだろう」
「好き」
「ね。ほら、下に行こう? それから、そうだな……この前買ったワンピースを着て映画に行こう。どう? 楽しそうだろう?」
「……ええ、そうね」
甘やかされることが心地いい。心配されると、愛されてるって感じられる。それだけで、わたしは生きていける。
そうだ、あの男だって、わたしに愛を囁くはずだ。
お姫様とあの男の出会いイベントは発生してしまったけれど、きっと問題はない。だって憎しみであれ、あの男がわたしに感情を向けたことに違いはないんだもの。それはきっと好意に変わるはずだ。そうしてドロドロに愛してくれるはず。
『君みたいな人間が、大っ嫌いだ』
あれはきっと何かの間違い。だからシナリオを修正しないと。
わたしが、嫌われるはず、ないんだから。
たぶん、弱った瑛莉を散々甘やかしながら、お兄様は内心黒い笑みを浮かべてます。困った子。




