シナリオ外『知らない物語』もしくは出会いイベント『寂しがり』
そうそううまくは進まない。
ぼんやりと性的表現があります。苦手な方はご注意ください。
ようやく高校生活に慣れ始めた4月の終わり。
一応もう出会ってはいるものの、起こるかもしれない佐子島瑞月との出会いイベントのために、放課後わたしは屋上へと向かっていた。
屋上で女子生徒を組み敷く佐子島瑞月に、冷笑を浴びせる出会いイベント。もう副生徒会で出会っている以上出会いイベントとは呼べないかもしれないが、佐子島瑞月の「陰」の部分を目撃しなければシナリオが進まないのでたぶんこのイベントは発生するだろうと踏んでいる。優等生の仮面をかぶっている、という事実を知るのがこのイベントの一番の目的であるからだ。
問題はお姫様が屋上にやってこないかどうかだった。ゲームではお姫様ルートであれば女王様が出会いイベントをこなすべく動くということはなかったが、こればっかりは分からない。今までの様子からして彼女はシナリオ通りに動いているようだし、もしかしたら今回も屋上へやって来るかもしれない。他のイベントはともかく、屋上でなければ発生しないこのイベントはたぶん今日かぎりのものだ。佐子島瑞月が一度人に見つかった場所でもう一度同じことをするような馬鹿をするとは思えない。
ぎい、と思い音を立てる扉を開ける。
本来なら開いていないはずのその扉は、佐子島瑞月が会長特権というよく分からない特権で先生から鍵を預かっているために開いている。これも優等生の仮面のおかげか。外からは鍵が閉められないので密会場所には向かないように思われるが、「屋上の鍵は開いていない」という生徒間の共通認識が誰も屋上に近寄らせない。
話し声が聞こえる方へと足を向ける。どうせここにいるのは佐子島瑞月とそのお相手だ。躊躇う必要はない。
「……何をしているんです?」
貯水タンクの陰で折り重なる男女に、そう声をかけた。
1人はもちろん佐子島瑞月、もう1人は2年生で美人と有名な先輩だ。なるほど、清楚系と騒がれていたが、佐子島瑞月に選ばれたところを見るとずいぶんと都合のいい女扱いをされているらしい。
「やだっ」
はだけた制服の前を掻き合わせ、女の先輩が横を駆け抜けていく。それを横目で見送って、目の前で飄々と少し乱れた制服を直す男に視線を戻した。
「生徒会長ともあろう方が、こんなところで一体何を?」
『さあ? なんだと思う?』
「…………君には関係ないよね?」
「……え?」
予想した台詞とは違う言葉が返ってきて、言葉につまる。
おかしい、おかしい、おかしい。4月の終わり、放課後の屋上。何も間違っていないはずなのに、こいつはどうしてシナリオ通りの台詞を吐かない?
「僕がここで何をしていようと君には関係のないことだ。違う?」
見られたくない姿を見られたはずなのに飄々としているのはゲームと同じ。けれど、その口調が明らかに違う。ゲームの時は、もっと女王様に興味を持っていた。『誰にも言いませんよ。わたしに利益があるわけでもなさそうですし』そう答えた女王様に、少しではあれ好意を抱いていた。
「……関係なくはありませんよ。あの完璧な生徒会長がこんなところで女子生徒を襲っていた、だなんて学校の風紀に関わります」
「襲っていた? 人聞きが悪いな。合意の上だよ」
「合意の上だとしてもです。彼女が逃げたことから言っても、愛情表現ではなかったようですし。……汚らわしい」
シナリオ通りの台詞。ただ見下して、笑うだけ。それに佐子島瑞月は『どっちが汚らわしいんだよ』と言葉だけ残して屋上を去る。それだけのシーンだったはずだ。
なのに。
「誰が、汚らわしいって?」
「…………っ」
胸倉を掴まれ、貯水タンクに押し付けられる。足の間に無理矢理足をねじ込まれ、ダンっとつかれた手がわたしとヤツとの距離を縮めた。
緑色の瞳が、わたしを見つめる。
「おまえも大して変わらないくせに、人には立派にお説教? 笑わせてくれる」
感情を映さぬ瞳は凪いだまま。声にだけありたっけの憎しみを乗せて、目の前の男が低く唸る。
…………この男は、一体、誰……?
わたしは、こんなシナリオ知らない。こんな男知らない。こんなセリフ知らない。
「ねえ、もう一度言ってみなよ? 誰が、汚らわしいって?」
「ぐっ……」
掴まれた首が苦しい。憎しみしか感じさせない声が突き刺さる。
「僕は、君みたいな人間が、大っ嫌いだ」
向けられるはずのない、完全な拒絶にわたしは呼吸の仕方を忘れる。
そんな、そんなはずはない。なんの間違いもなくイベントを起こしているはず。第一、この男とまともに接するのはこれが初めてだ。副生徒会の時にちょっかいをかけてきたのはこいつだし、わたしが拒絶されるようなこと、ないはずだ。だから、大嫌いだなんて、そんな言葉を浴びせられるはず、ないのに。
「わっ」
可愛らしい悲鳴に目を向ける。
こちらを見て目を丸くしているのは、お姫様――相原妃花だ。
イベントが発生してしまう、と頭では理解しているのに体が動かない。阻止しなければ、わたしはもっと見放されてしまうかもしれないのに。
「なっ、何してるんですかっ」
少し顔を赤らめて。シナリオ通りの台詞は、少し上ずっていた。
「さあ? なんだと思う?」
…………そして、この男が返したのもまたシナリオ通り。
「なんでもいいですっ! 学校でこういうこと、良くないと思います!」
「こういうことって? ちゃんと言葉にしてみてよ」
「そっ、こういうことはこういうことですっ! その、女の人に迫るようなことっ」
一分の狂いもなく物語は進む。わたしの時とは、違って。
「なあに、それなら君が相手してくれるの?」
「しっ、しませんっ! そういうことは好きな人とするものですっ」
「好きな人、ねえ?」
向けられた背は、ようやく息を吸い込み咳き込んだわたしを気にもかけない。
顔を見なくても分かる。この男は、いつもの笑みを貼り付けて首を傾げるのだ。そうして、その瞳をお姫様が覗き込み。
「……先輩、寂しいんですか?」
「…………え?」
そんな台詞を吐く。
「人に触れてると安心しますもんね。でも、そういう触れ方はよくないですよ? ええっと、順序があると思うんです」
――――ああ。
「順序?」
「そうです! その人のことをよく知って、好きになって、それからです! そうやって何も知らないうちから手を出そうとするから、余計に寂しくなるんですよ?」
「……ふぅん」
――――どうしてうまくいかないんだろう。
「それじゃあ、君がその順序とやらを教えてくれるの?」
「わたしですか? いやだ、先輩。もっと先輩に相応しい人がいますよ?」
可愛らしいお姫様にはどうやったってかなわないということなのか。
それとも、わたしが紛い物であるせいなのか。
「……どうかな」
「え?」
「いや、なんでも? 君、副生徒会にいたよね。ええっと、たしか、」
「相原妃花です!」
「そう、相原さん。これからよろしくね?」
「はいっ、こちらこそっ」
4月の青空の下。お姫様と佐子島瑞月の出会いイベントが、成功した。
4月は終了です。続いて5月に入ります。瑛莉ちゃん苦難の日々。




