シナリオ外『阻止』もしくは出会いイベント『お昼を一緒に』
三晴センパイはベッドから起きあがったわたしを見てあれー? と大きな瞳をさらに大きく見開いた。
「入学式の瑛莉チャンじゃん! どしたの、また具合悪いの?」
「はい、少し気分が悪くて……先輩はどうされたんですか」
あ、俺ー? と少し長い制服の袖をパタパタと振りながら三晴センパイは茶目っ気たっぷりに笑う。
「今日は購買でご飯買おうと思ってたんだけど、前の時間が長引いて売り切れちゃってさー。知ってるー? このガッコ、購買の弁当人気でさーすぐ売り切れちゃうんだよー」
一般家庭からの生徒はもちろんいるが、この学園はお金持ちの家の子どもが多い。金ばかりをかけた私立の名門校であるからか、おいしいと評判の購買の弁当は毎日争奪戦になるほどの人気ぶりだ。授業が終わると同時に行かなくては買えないし、時代遅れなほど年功序列を気にするこの学園では1年生はもちろん手にすることができない代物だ。わたしは優孝がお弁当を作ってくれるからいいけれど、お弁当に馴染みのない上流階級の生徒たちは各々登校途中に買うなどして対策をしている。
「知ってます。おいしいって評判なので気になってるんです。3年生になったら少し頑張って買いに行こうと思っていて」
「あーそうか、1年生のうちは暗黙のりょーかいってやつだもんねぇ。あー! にしてもおなかへった! センセに貰おうと思ってたのに当てが外れちゃったなー」
先輩の視線の先には外出中という保険医不在を知らせるプレート。その下に小さく緊急時の連絡先が書いてある。
「先輩、お昼ないんですか?」
「そゆことになるねぇ」
腹ペコで午後の授業受けるのかーとわたしが使うベッドの傍まで椅子を引っ張って来て先輩は笑う。
「それなら、わたしのお弁当いかがですか。気分が悪くて食べられそうになくて……」
「え、いいの?」
「はい、先輩さえ良ければ。残して帰ると優孝がうるさいんです」
持ってきてあったお弁当を差し出せば、ラッキーとばかりに三晴センパイは瞳を輝かせる。
「ほんとにいいの? 瑛莉チャンのご飯でしょ?」
そう言いながらもいそいそと割り箸を探し出す三晴センパイに苦笑しながら頷いてみせる。
「はい、食欲ありませんから」
嘘だ、お腹はぺこぺこである。だが、こんなこともあろうかと事前に家から持ってきたパンをカバンの中に忍ばせてあるので問題はない。
「じゃ、遠慮なくー。いっただきまーす」
今日のお弁当のメインはハンバーグだ。栄養バランスを考えて、なんて言って優孝が作ってくれることになっているのだけれど、今日はこのイベントのために朝から自分でお弁当を作って来たのだ。やり慣れていないことをしたから、あまりハンバーグの形はよくないし、優孝と比べれば綺麗につまってもいないけれどなかなかうまくできたと思っている。朝、優孝に渡したら大げさなほど褒めてくれたし。
「意外だなー、瑛莉チャンってお弁当のイメージない」
「そうですか?」
三晴センパイは口をもぐもぐと動かしながら、先輩の手には少し小さい箸にぶすりとウインナーを突き刺す。
「だって瑛莉チャンてあの《・・》千条家のご令嬢デショ? 手作りのお弁当持参とは思わなかった」
「ゆた、……兄がいつも持って行っているので、あまり違和感はなかったんですけど。おかしいですか?」
「えー別におかしくはないよ? でもほら、瑛莉チャンはさ、」
三晴センパイがなんと言おうとしたのか、最後まで聞くことはできなかった。
「失礼しまーす!」
予想通り、お姫様が元気よく保健室の扉を開けたからである。その手にはなにやら大きな包みが握られている。十中八九お弁当だろう。一体どうして彼女がお弁当を持って保健室にやって来たのかは理解できないにしても。
「あー、先生いないよー? 具合悪そうじゃないし、怪我人?」
「え、あ、はい! 紙で指切っちゃって絆創膏貰おうと思ったんですけど……」
お姫様は三晴センパイの言葉に答えながら、ちらりとこちらを見る。井芹のイベントで顔は合わせているし、委員会も同じ。一応頭を下げれば、少し間を置いて慌てたように頭を下げた。
「絆創膏ね、はいはい。僕ってば保健委員だから治療してあげちゃう」
お弁当を自分の座っていた椅子の上に置き、ゲーム通りの台詞を言って三晴センパイが席を立つ。違いは、三晴センパイがお腹を空かせているわけではないというその事実のみ。
「この紙に名前書いてくれる? あとクラスね」
「あ、はい」
差し出された保健室利用者記入用紙にお姫様が名前を書き込むところまでまったく一緒。ここで、その紙を覗き込んだ三晴センパイが、
「へえ、妃花チャンって言うんだ」
「え? あ、はい!」
「可愛い名前だね。君にぴったり!」
その距離の近さに顔を赤らめながらありがとうございますとお姫様が微笑む。
――全てはシナリオ通り。このイベントでは異分子であるわたしはまるで関係ないとばかりに会話は進む。
「先輩はここで何してたんですか? 保健委員ってことは、委員会のお仕事ですか?」
「うん? ああ、お昼買い損ねちゃって。せんせに貰おうと思ったんだけど、当てが外れちゃってねー」
「え、じゃあ、先輩お昼ないんですか?」
一語一句狂わぬシナリオ通りの台詞。可愛いお姫様と、人懐っこい笑みを浮かべる三晴センパイ。それから、部外者なわたし。部外者がいるくらいじゃ、イベントの進行に支障はないらしい。
瞼の裏に浮かぶのは、三晴センパイルートのお姫様エンドだ。
『ねえ、瑛莉チャン』
『見て見て、この子可愛いでしょう?』
『僕のこと好きなんだってさ。だから、僕この子と付き合ってみようかと思って』
『ほら、キスするだけでこんなに赤くなるんだよ。可愛いでしょう?』
『ねえ、瑛莉チャン。正反対のお姫様に僕を盗られて、どんな気分? ねえ、苦しい? それとも悲しい? ねえ、教えてよ。どんな気分?』
まるで恋する女の子そのものなお姫様の写真をわたしの頭の上からばら撒いて。
女の子みたいな顔だちの、三晴センパイが、まるで悪魔みたいに、笑う、嗤う、哂う、わらう。
そうして、―――――――
「瑛莉チャン? おーい」
ひらひらと顔の前で手を振られて、ぱちりと瞬きする。同時にあの忌まわしいバッドエンドスチルが瞼の裏からぼんやりと消える。
こちらを心配そうにのぞき込むのは三晴センパイと、……お姫様。
「すみません。ぼうっとしてました」
「大丈夫-? また具合悪いの?」
「……また?」
お姫様が小さく怪訝そうに呟く。
「入学式の時も真っ青な顔しててねー、保健室まで連れて来てあげたんだよね。ね?」
「はい。本当にありがとうございました」
「いーの、いーの! これも委員会のお仕事ですってね? ……それに面白いものも見つけたし」
最後に付け足された言葉の意味が分からず眉を寄せる。
「おもしろいもの?」
「なんでもなぁい! 具合悪いならセンセ呼ぼうか?」
「……いえ。大丈夫です」
首を振って断る。嫌なことを思い出したけれど、別に具合が悪いわけではない。
「あ、先輩! お昼ないんでしたら、わたし、」
「三晴先輩」
お姫様の台詞にかぶせて口を開く。
「お弁当のハンバーグ、食べてみてください。自信作なんです」
「え? あれ、」
きょとんとしてこちらを見るお姫様に、意識して笑顔を作る。できる限りあくどい笑みがいい。純粋無垢なお姫様が口を開くことを躊躇するくらいの悪役の笑い方が。
この人はわたしのものだ。お姫様には渡さない。
「ハンバーグ? じゃあ瑛莉チャンあーんってしてくれる?」
「いいですよ?」
あーんだろうが口移しだろうがなんだってやろう。それで、この人がわたしを見てくれるなら。
「……へえ? いいんだ?」
三晴センパイの楽しげな笑みに頷き返して、お弁当の歪なハンバーグに箸を伸ばす。
「はい、先輩。あーん?」
今度はお姫様を置き去りに、彼女のイベントは幕を閉じた。
イベント阻止成功。
三晴センパイのバッドエンド、微妙に入ってましたがいかがでしたでしょうか。基本的にこのエンドは一応ルートに入る程度には好感度があるので、彼らも女王様に好意らしきものは抱いています。それ故の凶行。




