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フラグを立てろ  作者: 遊楽
4月 出会いイベント
12/18

バッドエンド『愛されたい』



10話の少し後のお話です。


バッドエンド迎えたわけではないのでご安心ください。あないきの個別エンディングについての説明が少し入ります。






 「ねえ、瑛莉。喜んでくれるかい」



 母お気に入りの趣味の悪い薔薇園で、一緒に紅茶を飲んでいた優孝が唐突に言う。



 「なあに? なにかいいことでもあったの?」



 紅茶のカップに手を伸ばしていた手を止め首を傾げれば、もちろんと優孝はどこか暗い笑みを浮かべる。



 「おいで」


 「先輩っ!」


 「…………、…………え?」



 優孝に促され駆け寄ってきたのはまるでお姫様みたいな女の子。ピンクベージュの髪がさらりと風に揺れ、こちらに向けられた満面の笑みにわたしの思考は止まる。


 相原、妃花。



 「僕、この子と付き合うことにしたんだ。ねえ、瑛莉。喜んでくれるだろう?」



 このことつきあうことにしたんだ。


 このこと、つきあうことに、したんだ。…………このこと、つきあう?


 優孝の言う言葉の意味が理解できない。この人は何を言っているのだろう。隣にお姫様を立たせたりして。おかしい、そこはわたしが立つべき場所だ。決して彼女の場所ではないはずだ。



 「優孝? いやだ、冗談はやめてよ。ねえ、ゆた、」



 伸ばした手は届くことなく。


 優孝の形のいい唇が、お姫様のやわらかい唇を奪う。



 「ふあっ……んっ、やぁ、先輩ったら、んっ、人前ですよ?」


 「人前だって嫌いじゃないくせに」


 「やあっ、ふっ、んっ…………」



 醜いわたしは、見つめ合い、優しいキスを交わす彼らから目を離すこともできずに。



 「いやあああああああああああっ」



 わたしの世界は―――――――







 「瑛莉? 瑛莉? どうしたの?」



 ぱちりと目を開けるとこちらを覗く紅茶色の瞳と目が合う。



 「…………ゆたか」


 「うん。どうしたの、瑛莉。嫌な夢を見た?」



 ゆっくりと視線を巡らせれば、まだ学校からの帰りの車の中のようだ。窓の外を流れる景色がそろそろ屋敷へ到着することを告げている。



 「わた、し」


 「今日は委員会の顔合わせもあったから疲れていたんだね。眠ってしまったから起こさないでいたんだけど」



 大丈夫? と額にかかる前髪を指先でかき分けられて、目を閉じる。ひんやりと冷たい手が心地よかった。



 「ずいぶん魘されていたね。そんなに怖い夢だった?」



 ――とても、とてもこわいゆめ。ゆたかがはなれていってしまう。あのこのことがすきなんだって、そういって、わたしをおいていってしまう。そうして、わたしはまたひとりぼっち。


 …………あれは、ほんとうにゆめだった?



 「ゆたか……」



 ぎゅっともたれかかる優孝の制服を握りしめれば、何も言わず頭を撫でてくれる。



 「大丈夫だよ、瑛莉。それが夢の中の出来事だって、瑛莉が嫌だと思うものは僕が全部排除してあげる。怖いことはなにもないよ」



 いつものように囁く優孝に、わたしはいっそう縋りつく。息を大きく吸い込めば、慣れ親しんだ優孝の匂いが広がってほんの少し安心する。


 そうだ、夢。ひどいひどい悪夢だ。



 わたしは、あのシーンを知っている。あれは、優孝ルートのバッドエンドの1つだ。


 あないきでは各攻略対象キャラに2つのバッドエンドが用意されている。そのうちの1つは言ってしまえば、主人公もしくは攻略対象自信が死んでしまうエンドだが、もう1つのバッドエンドはお姫様ルートなら女王様が、女王様ルートならお姫様が攻略対象キャラと結ばれるエンディングである。好感度が低いままエンディングを迎えるとこのバッドエンドを見ることになる。


 このバッドエンドでは、それまで散々ヤンデレの餌食にされていたというのに、エンディングで彼らはころっとあっけないほど簡単に鞍替えをする。シナリオ途中でヤンデレてはいるものの他エンディングに比べればあっさりしているこのバッドエンドは、けれどファンの間では人気が高かった。その理由がキャストロールの後に、おまけ的に挟まれる攻略対象キャラクターの独白シナリオだ。


 たとえば、女王様ルートの優孝の場合。


 それまで順調にイベントも起こし(もちろん好感度不足でいくつかのイベントは発生していないが)、それなりの好感触だったはずの優孝がある日突然「この子と付き合うことにしたんだ」とお姫様を伴って女王様の前に現れる。理解できずに固まる女王様の前でにっこり微笑み優孝がお姫様に濃厚なキスを送り、エンディング。心抉ることに、事態が呑み込めていない女王様を画面の端に置き、画面中央で優孝が薄く微笑みながらお姫様にキスを送るスチルまであった。それがあの夢のシーンである。


 そして問題は独白部分だ。おまけにしては長い20分ほどの独白シナリオで、優孝がお姫様を選んだ理由が明かされる。瑛莉を自分の生きる意味であったとしたうえで、優孝の独白はこう続く。


 『僕に生きる意味をくれた瑛莉は、けれど絶対に僕を愛してはくれない』


 ファンブックでも引用されたこの言葉が優孝がお姫様へと鞍替えする一番の理由となるのだ。


 『瑛莉のためにと生きてきたけれど、それももう疲れてしまった。瑛莉は僕のことを使い勝手のいい兄としか認識していないだろう。……僕は気付いたのだ。瑛莉が僕を愛してくれないのなら、僕も他の子を愛してみればいい。名前も知らないこの女の子は僕のことを好きだと言う。きっと今度はこの子が空っぽの僕が生きていく理由になるはずだ』


 一言一句間違えていないとは言えないが、概ねこのようなことを言って優孝はお姫様にキスをするという流れになる。ここで先ほどのスチルの差分を手に入れることができ、そのスチルでは優孝は顔を青ざめさせる女王様に視線を向けながらキスを続ける。


 自己中かとツッコミを入れたファンたちはトゥルーエンドで明かされた優孝の複雑な心情を知り優孝クラスタへの道を涙ながらに進んだのだが、それはいいとして。


 絶対に返ってはこない「想い」に絶望し、優孝は女王様を見限る。そうして、存在を認識している程度だったお姫様に同じように愛情を向けていくのだ。



 ……ひどい悪夢だ。



 自分が死ぬことより何より、このエンディングだけは避けなくてはならない。他キャラクターであってもこのバッドエンドで彼らは一様にお姫様に愛を囁く。そんなのは駄目だ。もう一度孤独に戻るだなんて、絶対に嫌。



 『相原妃花です!』



 恥ずかしげにはにかんだお姫様を思い出す。


 奪わせない、絶対に。独りは怖い。とても寂しい。冷たくて、痛くて、消えてなくなってしまいたくなる。またあんな思いをするのは絶対に絶対に嫌だ。



――――――

――――



 次の日のお昼休み。シナリオ通りなら発生するであろうお姫様と三晴センパイのイベントを阻止するべくわたしは入学して早くも二度目となる保健室を訪れていた。


 奪われたくないのなら、わたしは彼女の邪魔をするべく動くしかない。彼らの心が少しだってあの子に向かないようにできるだけ彼女という存在から彼らを離さなくては。


 最近あまり体調がよくなくて、と俯いて見せればしばらく寝ていなさいとベッドに横になることを許された。


 お姫様と三晴センパイの出会いイベントもやはり保健室が発生場所となる。しかし、内容は女王様とは大きく異なる。お昼を買い損ね、仲のいい保険医(この学園の保険医はおばちゃん先生だ)にお弁当のおすそ分けを貰おうと三晴センパイが保健室にやって来る。すると保険医の先生は不在。どうしたものかと考えているところに、紙で指を切ったお姫様がやって来て、たくさん作ってきちゃったのでわたしのお弁当食べませんかと手に持つお弁当を差し出す。


 ……なんとまあ、健全なイベントであることか。わたしの時とは大違いだ。


 一体全体何をどうすれば2人分のお弁当を作ってきてしまうのか、お姫様の思考回路はよく分からない。どう考えても1人分と2人分は量が違うだろうに。


 それなら井芹にあげればいいのにと思うが、残念ながら井芹は今日登校してきていない。朝確認済みだ。あの男もあの男で、一応名門とされるこの学園に一体どうやって入学したのか。家柄が良くとも頭が伴わなければ入学できないはずなのに。そこはさすが乙女ゲームと言うべきか。


 少し用事があるからと出かけていく保険医を快く見送る。しきりに具合の悪い生徒を置いていくことを気にする保険医を、寝ればよくなるからと納得させるのに少し手こずったがここまでは予定通り。後は三晴センパイが来るかどうかである……が、待つ必要は少しもなかった。



 「おなかへったぁぁぁぁ……ってあれ、先生いないのー?」



 元気よく飛び込んできた三晴センパイに「……あら」と白々しい声を上げながら。


 あの悪夢を現実のものとしないために、わたしは弱気を隠して微笑んだ。






バッドエンド書くの楽しい。このお姫様エンドは各攻略対象ごとに様々な形で取りそろえてます。要望ありましたら、番外編するかもです。


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