独白『鳥籠のお姫様』
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優孝視点のお話。お姫様との出会いイベントについてもちらりと触れています。
千条の家に引き取られたのは僕が6歳の時だった。分家の分家の分家の分家、というもはや血のつながりすら危うい三影の家から引き取られ、今日からここがおまえの家なのだと教え込まれた。頭の悪い彼らには考えもつかなかっただろうけど、この養子縁組がいかに千条の家に影響を与え、僕が一体どういう立場として扱われることになるのか、幼いながらに僕は理解していた。そして、それと同時に辟易していた。
どうしてこんなに世の中はつまらないのだろう。
今後一切三影との関わりを禁じられた代わりに手に入れたのは最上級の教育とあたたかみのない家庭だった。小学校の低レベルな授業より余程身になる教育を受けられたことだけは感謝してもいい。けれど、その対価として与えられた僕の外面と能力にしか興味のない新しい両親やさすが優孝様と馬鹿の1つ覚えのように褒められる生活にうんざりするのはすぐのことだった。
足し算も掛け算も、漢字も英語も一通りのことは一度説明されればすぐに理解できた。ほんの少し真似するだけで、大抵のことは自分のものにできた。夢中になれるものなんて1つもなくて、世の中はこんなものなのだと6歳にして悟っていた。
そんな世界が変わったのは僕が8歳、妹が6歳の誕生日を迎えた日だった。降り出した雨が涙に見えたのか、中庭で暇を潰していた僕に駆け寄って来た小さな少女のたった一言で、あっけないほど簡単に無色だった僕の世界に色がついた。
それまで2つ離れた血のつながらない妹のことはただそこにいるという認識しかなかった。年下の子どもを相手にするのは苦手だったし、金髪に赤い瞳という、本家の血筋を如実に表した妹はお世辞にも利口とは言えず、僕の目にはどちらかと言えば愚かな部類に映った。
女である彼女に本家どころか分家の者までもが期待などしていないのに未だ愛されていると信じている女の子。どれだけ悪戯をしようと、上手に似顔絵を描こうと両親が振り向いてくれるはずもないのに無駄な努力を諦めない女の子。その報われぬ必死さを滑稽だとさえ思っていた。
けれど。
「瑛莉? 瑛莉? ……寝てしまったのか」
委員会の顔合わせを終え、乗り込んだ迎えの車の中でいつになく顔を青ざめさせていたお姫様は眠ってしまったらしい。こくりこくりと揺れる頭を自分の肩にもたれかけさせてやりながら、ぼくは瞳の閉じられた端正な顔を眺める。
世の中なんてどうでもいいと冷めたことを思っていた僕に、生きる意味を与えてくれたお姫様。僕がこの世界を生きようと思えるただ1つの理由。
愛されたいと泣く幼い瑛莉に君には僕だけだと植え付けて、瑛莉が嫌がる全てのことを排除して、瑛莉が生きやすい世界を整えた。涙を流せば泣き止むまで抱きしめてやり、独りは嫌だと寂しがれば何も言わず隣に寄り添った。そうして僕がいないと生きられないように大切に大切に世界と隔離した。愚かな小鳥は羽根を切られ、鳥籠に閉じ込められたことにも気付かずに「優孝、優孝」と僕を求めてくれる。
高校に入学してからの彼女が少し不安定なことには気付いていた。その理由がたぶん「相原妃花」にあるだろうことにも。
あの学園では珍しく一般家庭から入学してきた相原妃花と瑛莉に何か接点があるとは思えないけれど、瑛莉は彼女をとても警戒しているようだった。
相原妃花という少女はたしかに女の子らしいを絵に描いたような容姿をしている。そして、きっとその内面も僕なんかが想像もつかないほど清らかにちがいない。
『どうして、そんなウソの笑みを貼り付けているんですか』
そんな台詞が浴びせられたのは、入学式の日、講堂の場所がわからないと言う彼女に、会長補佐としての仮面を貼り付けて案内していたときのことだった。こちらを真っ直ぐに見つめそんなことを言うものだから、笑いそうになるのをこらえるのに必死だった。長い時間をかけて馴染ませてきたからまさか完璧なはずの微笑みを指摘されるとは思ってもいなかったけれど、それでもその質問は陳腐すぎる。
どうしておかしくもないのに笑っているのかって、そんなの瑛莉のために決まっている。千条家の優秀な長男として完璧な姿を演じれば演じるほど、両親は瑛莉に興味を向けなくなる。そうして壊れていく瑛莉が頼るのは、唯一の味方と信じる僕だ。
人と接することに苦手意識を持つ可哀想なお姫様に代わって、僕が愛想を振りまけばあの子はもっと独りになる。ただそのためだけに身に着けた『ウソの笑み』。
そんなことを教える義理もなく、どうしてだろうね、と誤魔化すように呟けば、「いつか心からの笑みを浮かべられるといいですね」だなんていちいち面白い。『本当の笑み』なんてそんなものは未来永劫必要ない。笑顔なんて瑛莉を囲い込むためだけの方法でしかないのだから。
外面どころか内面までお綺麗な相原妃花は瑛莉のオトモダチにちょうどいいお馬鹿加減だと思ったけれど、どうやら瑛莉本人は欠片も望んでいないようだ。あのお綺麗な心に触れて、自己嫌悪に陥る瑛莉をとろけるように甘やかすなんて素敵な計画だったけれど諦めよう。使える駒にならないのなら、そろそろ切り捨てる頃だろうか。まるで仲のいい先輩のように接してこられるのは迷惑だ。
ああ、けれど。
まだ青ざめたままの瑛莉の頬にそっと指先を滑らせる。
僕からすればただの迷惑でも、愛されたがりの瑛莉からすれば相原妃花は僕を奪おうとする邪魔者にすぎない。今日の委員会で少し親しげな様子を見せつけてみれば、可哀想なくらい顔を青ざめさせていた。ぎゅっと握りしめられた手がその必死さを浮き彫りにする。
――ああ、本当になんて可愛いんだろう。心配しなくても、僕は瑛莉の傍を離れたりしないのに。けれどあんな顔をしてくれるなら、適度に相原妃花を利用してやってもいいかもしれない。だってあの表情は、あの拳は、瑛莉が僕のことを思ってくれているなによりの証だ。それが失われるのは惜しい。
けれど、佐子島が瑛莉に興味を持ったのは誤算だった。あの男が僕より歪んでいることには気付いていたから、できるだけ瑛莉から遠ざけようと思っていたのに帰り際何かを話していた。その上、これみよがしに名前を呼ばれたりして。
泣きそうな瑛莉の顔を見るのは大好きだけれど、それは僕のために泣く場合に限る。あんな男のために瑛莉の感情が動くのは許せない。佐子島には近づくなと言い含めておかなくては。
「ねえ、お姫様」
手触りのいい金色の髪を撫でてやれば、むずがるように瞼を震わせ瑛莉は深い眠りに落ちていく。
なんて愚かなお姫様。安心して身を任せ切っている男が、目を塞ぎ、耳を塞ぎ、手足を絡めとっていると気付きもしない。まあ気が付いたところで逃がしてやる気はさらさらないけれど。鳥籠の鍵はとっくの昔に捨ててしまった。
「早く、僕のところまで落ちてきてくれればいいのに」
気丈に振る舞うくせに泣き虫。ツンと顎を上げながらも嫌われない距離を見極めていて。甘やかしすぎたのか少し我がままで傲慢だけれど、僕が少しでもため息を吐こうものなら全てを投げ出して縋ってくれる。独りぼっちが大嫌いで、誰よりも愛されたがり。僕がいないと何もできない甘ったれで、そのくせ全てを僕に預けてはくれない駆け引き上手で愚かなお姫様。
早く僕のところまで落ちてきてくれれば、嫌というほど愛してあげるのに。独りになんかさせないのに。いつになったら君は、僕だけのために生きてくれるんだろう。
ねえ、お姫様?
我がまま放題な女王様も、優孝にとっては大事な大事な「お姫様」というお話でした。優孝は王道を突き進めば妃花に夢中になりそうですが、たぶん彼女に優孝の手綱はとれない。むしろ、優孝が手綱を握らせない。
すでに攻略完了しているような感じですが、まだまだ序の口。……三晴センパイのときと同じことを言っているような気もします。




